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scene 22 守人の記憶 act 2

 バーンとわかれた後、三人は走り続けた。


「バーンは大丈夫……、ですよね?」

 今まで一言も誰も話さなかったが、ルミナが無言の空気を打ち破るかのようにぼそっと喋る。バーンを気にしている事は明白だった。


「……あの人間の事が好きなのか?」

「はい、あの人の事が大切です」


「……大丈夫だ」


 サマエルは少し小さな声で躊躇いながらも答えた。はっきり無理と言わなかったのは彼女なりの優しさであろうか。


 全員はバーンの最後を悟っていた、しかし万が一ひょっとしたら何か奇跡が起きてバーンが生き残るかもしれない。あの人は危ない時でもいつも戻ってきてくれたから……。

 ルミナはそう考えバーンの無事を強く祈った。



「……ここは?」

 しばらく走った先、さっきと似たような広間に出る。また何かの気配に気づき、先ほどと同様にサマエルの無言の静止の後、二人は走るのをやめて警戒した。


「ルシフェル様の言うとおりね、やっぱり来たわ」

 突然、何も無いところから声が聞こえた直後、煙のように女の悪魔が現れる。

「リリス!」

 リリスの姿を見た瞬間、セレーネはレナやレインの事を、あの残酷な描写をフラッシュバックする。


「あら、いつかのお嬢ちゃんね。元気そうね」

 リリスは半分小馬鹿にするように、セレーネに向かって笑顔で手を振る。

 そんな態度にセレーネは一層厳しい表情と眼差しを向ける。


 でもあの時とは違うんだ、サマエル様もいるし、私だってあの時よりは頑張れるから、もうあんな事は繰り返させないんだから!


 そのやり取りの最中、ルミナは静かに前に出ていく。


「……ここは私にまかせて」

「私のお相手は、あなたかしら?」

 頬に人差し指を当てて意外そうな顔でルミナを見つめている。てっきりまとめて来るものだと思っていたようだ。


「セレーネ、行こう……」

 サマエルはそっとセレーネの手を引き再び奥の通路へ走っていった。

 手を引かれ、ルミナの方を見つつ無言でセレーネもついていく。



 二人はあっという間に奥へ向かい、姿が見えなくなる。その様子を確認したルミナは無言で姫袖をめくり、そっと琥珀色の腕輪を外した。


 ずっと怖がっていた。自分でも抑えられない、私の中から何かが溢れでて止まらなくなりそうで……、それでもやるしかない。

 今は目の前の大悪魔を倒して、バーンを救って、皆を助けて、私は……。


 ルミナの意識が遠くなるにつれ、想像を絶する閃光がルミナの胸から溢れ出した。


「フフ、綺麗ねあなた……、どうめちゃくちゃにしようかしら……」

 リリスは閃光にも怯む事無く、不敵な笑みをしながらゆっくりとルミナに迫る。






 二人は黙々と走った。


 もう二人しかいないのだ。ルミナお姉ちゃんもバーンもきっと強いんだろう。でも、悪魔のそれもとびきりの力を持った大悪魔に向かったんだ。きっと無事ではないよね……。

 私が何も言わなきゃ、あの二人はあの町で暮らせたはずなのに、これじゃあ、私があの二人を殺した事になっちゃう……。

 セレーネの中に不安と自分自身への猜疑心が蝕んでいった。


 セレーネが考えている最中、黒い石で出来た大きな扉が目の前にたちはだかる。


「ここだね……」

 サマエルが巨大な扉を押しゆっくりとあけた。本来ならこの扉の先には、ルシフェルとセラフィム様がいるはずだったが。


「残念だったな! ルシフェル様はこの奥だ!」


 現れたのは大悪魔の一人、かつてセラフィムにその命を奪われかけられたアズモデウスであった。不意の攻撃はセレーネに向かってきたが、サマエルはその攻撃を瞬時で看破、その身に受ける形でセレーネの盾となった。


「ぐっ……」

 アズモデウスの不意打ちはサマエルの移動の要であった足を直撃、サマエルはそのまま膝をつく。

「サマエル様!」


 セレーネは心配そうに近づいた。攻撃を受けたサマエルの足からは黒いもやのようなものが出ており、立とうと試みるが、まるで地面と一体化した様に足が言う事を聞かない。


「セレーネ! なにしてるんだい! 早く! セラフィム様のとこへ行きな!」

 うずくまりながらもセレーネを説得しようとした。しかしセレーネは泣きそうになりながらだだをこね、その場から離れようとしなかった。


 このままでは二人とも大悪魔の餌食になってしまう。何を躊躇っているんだ、もう私は動けない。せめてセレーネだけは……!

 そう悟ったサマエルはセレーネの頭に手を当てる。

「サマエル様ぁ~!」

「じれったいね! 瞬転の光、テレポート!」

 サマエルが素早く天空術を詠唱すると、セレーネは一筋の光となってアズモデウスの背後にある扉の先へと向かって行った。


「……あたしも年貢の納め時かねぇ」


「さてと、終わりとしようかね、さらばだ大天使よ!」

 勝利を確信したアズモデウスの無慈悲な攻撃がサマエルに襲いかかる。





 セレーネを包む光がおさまると、どこかの部屋の前に立っていた。

 そこがどこかは解らない。勿論行った事もない。しかし、セレーネの大切な人が扉を隔てた先にいる事は感覚で解っていた。


「みんなぁ……」

 セレーネは顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうだった。何故ならもう彼女以外誰も居なかったからである。



「みんな頑張っているから、私も頑張らないと!」



 皆が私の為に頑張ってくれた、きっと皆無事で生きててくれる。セラフィム様を取り戻したら皆も救出して、また街に戻って……、明るい未来である事を強く祈り、部屋の扉を力一杯開ける。



「セラフィム様ぁーー!」

 部屋にはセラフィムとルシフェルが戦っていた。


 しかし、そこにはセレーネの期待と希望を大きく裏切る光景が広がっていた。


 セラフィムは疲労困憊で深く傷ついているのに対し、ルシフェルはまるで無傷、かつ消耗も全くしていない。


「セレーネ!」

 セレーネの存在に気づいたセラフィムは、よろめきながらもセレーネの方へ歩み寄ってきた。

 何故、あの子がここにいるの?

 どうして……。ここにいては危ない、早くなんとかしないと……。


「どうして来たの? せめてあなただけは、平穏な生活を送って欲しかった……」


「……だってぇ」

「だってじゃない! これは地上の戦闘とはわけが違うのよ! どうして素直に言うことを聞いてくれないの?」


「だって……、だってぇ……、セラフィム様ぁとはもう離れたくないもん!」


 涙が流れるのを必至にこらえて、服の裾を強く握り締めながら強く言い返した。


「もう嫌だよ。セラフィム様ぁ……、私のそばにいてよ! 私を一人にしないでー! セラフィム様ぁ~寂しいよお、離れないでよお……、ふえ~ん!」


 泣くのを我慢していたセレーネだったが、思いをすべてぶつけると同時に大泣きしてしまった。その様子はまるで、今まで水を溜めてた瓶があふれて、中の水が大量にこぼれるようだった。目からはたくさんの涙を流し大声で泣きじゃくった。


 セラフィムはそんなセレーネの言動に心が揺らぐ。


 元々、私一人で魔界へ乗り込み大悪魔やルシフェルを倒す事は不可能なことである。それでも放置しておけば天界からの追跡と悪魔からの侵略、両方の脅威に晒されてしまう。それを食い止めたかった。

 それは他の誰の為でもなく、セレーネの為、あの子が平穏な生活を送ってくれれば、私があの子の運命を大きく変えてしまった。その責任を取るための行動だった。

 私がこの子と離れないで、二つの脅威から守る方法、そんな方法あるのかどうかも解らないが、それを探すべきだったのかもしれない。でも今は、ただこの子の気持ちに答えてあげたい……。


 セラフィムはセレーネをぎゅっと強く抱きしめた。


「ごめんね……、セレーネに寂しい思いさせちゃってごめんね。もう大丈夫だよ。ずっと一緒だよ、一緒に地上へ帰ろうね」

 セラフィムは軽くセレーネに向かって微笑み、それに対してセレーネは何も言わず首を上下に一度だけ振った。セレーネの笑顔を確認したセラフィムはセレーネを自分の体の後方へと離し、剣を取り構える。


「私は熾天使セラフィム! ルシフェル! あなたには負けない!」


「……互いを愛する気持ち、やはりお前は違ったようだ。それならばお前に用はない。セラフィムとやら、消えてもらうか」

 光を吸い込むような、漆黒の鉱石で作られた剣を一振りしたのち、切っ先をセラフィムに向けた。

「はぁっ!」

 セラフィムは羽を広げ高く飛び上がり、そのまま勢いに任せて空中から攻撃を仕掛ける。


「甘い」

 しかし、ルシフェルはいとも容易くすんなりと回避してしまった。

 攻撃を回避されたセラフィムは次に床を強く踏み、そのまま重心をルシフェルの方へ向け勢いよく突撃した。


「正面から突っ込むとは……、愚かな、切り捨てるまで」

 セラフィムが突っ込む絶妙なタイミングを見計らってルシフェルが剣を振り下ろしたが、斬られるぎりぎりでセラフィムは消えてしまった。


「……後ろか?」

 そのまま流れるように剣を後ろに振るがそこにもいなかった。一瞬だがセラフィムを見失ってしまったのだ。


「願わくは、汚れし魂に永遠の安息を……」


 その一瞬の隙をセラフィムは見逃さなかった。セラフィムはルシフェルの頭上で、天空術の詠唱に入る。


「無駄な事を、私にカタストロフィは通じんぞ!」

「滅亡の破光、カタストロフィ!」

 セラフィムが左手に渾身をこめた光エネルギーを、全身のバネを使い勢いよく解き放った。


 放ったタイミングに合わせ、ルシフェルがカタストロフィを破る天空術を発射したその時、セラフィムは指を鳴らす。すると、セラフィムの放った光エネルギーがルシフェルの天空術に中和されることなくルシフェルへと降り注ぎ炸裂していく。


「なんだと?」

「セラフィム様ぁ、すごい……」

 後ろで見ていたセレーネはセラフィムの力に驚いていた。恐らく渾身の一撃であったのだろう。セラフィムは息を切らしながら床へとふらふらになりながら戻ってきた。




 しかし現実は思い通りにいかず、光の炸裂がおさまるとそこには無傷のルシフェルが立っていた。

「……ここまでやるとは、見事だと認めよう」

「そんなぁ~」

 遠巻きに見ていたセレーネはがっかりした。やったと思っていたのに、全くの徒労に終わっていた。この一撃も通じないのであらば……。


 セラフィムは決断を迫られていた。そして激しく後悔する。


 私が居なくなればセレーネは追って来るだろう。今のセレーネがどうやって魔界へと来れたのかは不明だが、それでも来る可能性が無いわけではなかったし、それを考えてないわけでもなかった。


 でも認識が甘かった。セレーネは見事に魔界へ到達し、今私が最後を迎える戦いを見守っている。


 ここで私が死んだらどうなる?

 一緒に命を奪われてしまうの?


 もう力は残っていない。目の前の敵はあまりにも強大で絶対であった。倒す事は勿論、逃げる事すら叶わないだろう。


「ん?」

 セラフィムはふと、セレーネの方を向いた。目線があったセレーネは不思議そうに首をかしげていた。


 その時、セラフィムは閃いた。だがしかし、これでは数年前のあの時と同じ。

 それでも、私の大事なセレーネが生き延びるにはこの方法しかもう無い……。


 セラフィムは再びルシフェルの方を見た。そこには無言で構えるルシフェルがいた。そしてその姿から、自身ではもうどうしようもないと言う事を悟った。


 セラフィムはある決断し、ゆっくりとセレーネに近づき、突然セレーネに目を閉じるように促した。

「セレーネ、目を閉じて……」

「う、うん……」

 セレーネも何がなんだか解らないまま目を閉じる。

 目をつぶった事を確認したセラフィムは、セレーネの額に手のひらをかざし集中する。


 ルシフェルに背を向け、隙だらけの状態なのに、ルシフェルは攻撃してこなかったのは何故だろうか。


「ほえ~、あったかい……」

 セレーネは昔にもしてもらった、少し懐かしいあの感覚が蘇った。そして直感した。

 私が天界追放される時にして貰った感覚、それは恐らく天使の力を授ける儀式なのだろう。


「はい、目を開けていいよ」

 セラフィムの言葉にセレーネは目をゆっくりとあける。

 なにがおこったのかまったくわからないセレーネであったが、次のセラフィムの言葉の後、確信した。



「強く生きなさい、せめてあなただけは……」


 あの時の様に、セラフィム様は私一人で生きていけるように力を……。

 つまり、セラフィム様……!


「これで、よし……」

 なにかを確認したセラフィムはルシフェルの方を向き、再び戦闘体制をとる。


「そろそろ終わりにしよう……」

 ルシフェルも同様に何かを確認した後、高速で天空術を詠唱する。

「メギドの滅光!」

「その力は! 何故あなたが?」

 セレーネは驚愕した。何故ミカエルにしか使えないはずの天空術が使えるのか。

 その最中、ルシフェルが力を解き放つと白と黒のオーラが交互に周囲を満たす。


 セラフィムはその様子を何の抵抗もせずただ黙ってみていた。


「死ねぇ! セラフィム! ハイブレイク!」

「セラフィム様ぁあ!」

 セレーネが叫んだ瞬間、ルシフェルは手のひらを地面に勢いよくつける。すると、白と黒のオーラが膨張し大爆発を引き起こした。


「ごめんねセレーネ、もう一緒に居れそうに無い……」


 セラフィムはとっさにセレーネを抱きかかえ、自らが盾となってセレーネをかばった。爆発は瞬く間に二人を飲みこんてしまった。




 爆発がおさまり、周囲は妙な静寂が訪れる。


「うーん、セラフィム様ぁ……?」

 倒れていたセレーネは起き上がり周りを見回したが、セラフィムがいない。


「あ……」

 再び辺りを確認すると、少し離れたところにぼろぼろのセラフィムが倒れていた。


「セラフィム様ぁ!」

 セレーネは急いでセラフィムに駆け寄る。

「セラフィム様ぁ! しっかりしてよお!」

 必死にセラフィムの体を揺すってみるが全く反応がない。セラフィムの表情には生気はなく、ぐったりしている。


「そんな、セラフィム様ぁ……?」

 どんなに声をかけても、どんなに体を揺すっても反応が返ってくる事は無い。


「あきらめろ、今この天使の命運は尽きた」

 そう一言、あまりに非情な現実を少女に突きつけ、ルシフェルがそのまま立ち去った。


「いやあ、セラフィム様ぁ!」


「一人にしないでよお!」


「うう、嫌だよ……」


 セレーネはセラフィムの亡骸に顔を伏せて泣き続けた。


「セレーネを牢獄に入れておけ、セラフィムの亡骸は私が始末する。」

 ルシフェルは使い魔を呼びだすと命令を下し、奥の部屋へと消えてしまった。





「ここに入ってろ!」

 セレーネは放り投げられる様に、使い魔に無理やり牢獄へと叩き込まれてしまう。


「なんで……セラフィム様ぁ……」

 何度も何度も、ただ涙を流し続けるしかできなかった。

 セレーネは大切な人の壮絶なる最後を、まだ心の中では現実として受け止め切れなかった。


 しばらく経つと、セレーネの入れられた牢獄の鉄格子のむこうにルシフェルがあらわれる。

「ひどいよお、セラフィム様ぁを返してよお……」

 その姿を見たセレーネは、鉄格子を強く握りしめながら泣き崩れる。


「……無力だな。大切な者の為に何も出来ない。結局泣き寝入りか?」


 その言葉を聞き、なすすべのないセレーネはふたたび大泣きした。


「泣いても今のお前を救う者は誰もいない。だから自分で立ちあがれ。」


 ルシフェルのこの一言は、セレーネを大きく変えた。

 

 そうだ、泣いたって何もならないんだ。

 折角セラフィム様が力をくれた。それは私に生きろと言う事なんだ。

 ならば生きてやる。たとえ何があったとしても私は生き抜いていやる。そしてこんな目にあわせた天使達、悪魔達を同じ目にあわせてやる!


 悲しみは、やがて怒りへと、心の中の復讐の炎が激しく燃え上がっていく。


「うう、あなたは絶対に許さない……。必ず、セラフィム様の仇はとってやる! ルシフェル! そして、死地へと追いやった天使達、全員皆殺しにしてやる!」


 握った拳を震わせ、セレーネはこれからの生きる理由を心に刻む。

 セレーネは叫んだ、その表情は今までの甘えん坊のそれとは違う、大事なものを無残に奪われた者の悪魔じみた、憎しみと執念に満ちた子供には似合わない、酷く険しく醜い表情だった。


 そんな表情にも、ルシフェルは冷徹な眼差しでセレーネを見下した後、牢獄からさっていった。


 大切な人がいなくなり、一人悲しさと絶望と、そして復讐心にとりつかれる。


 しかし、追い打ちをかけるように酷い事がこの場におきる事を彼女はまだ知らない。





セレーネ幼女期編、完結。

次回、セレーネ少女期編、開始。

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