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scene 1 始まりの記憶 act 1

 天使と少女の出会いから五年が経った。


「せらふぃむさまぁ~!」

 少女の元気な声が白磁の広間に響く。その声に気づき反応した天使達は入り口の方を見る。

 しばらくすると、白いワンピースを着た小柄な少女が笑顔でセミロングの金髪をなびかせて元気よく走ってきた。


 ここは天界。天使達が住まう世界。

 天界は天上の世界、すなわち空の上の遥か彼方にあると言われているが、本来地上とは全く異なる次元に存在している。

 全体的に円形になっている天使達の居城は、中心には生命の樹と呼ばれる大きな大木があり、それをとり囲むように石造りの神殿が建っている。外円には、石造りの町並みが広がっており、ここが天使達の休息の場となっている。町は無機物だけではなく、所々に草木が覆い茂っている。

 天界の統率は高位天使達が行っており、それらがいる部屋は生命の樹に近い場所にある。

 神殿の中も磨かれた石で出来ており、天井がとても高い。

 そして最も生命の樹に近い部屋、神殿の中の主の間と呼ばれる広間には多くの高位天使がおり、そこには天界を統治する天使達の長ともいえる天使が座っている。


「どうしたの? セレーネ」

「さまえるさまにね。教えてもらったゆみやがとばせるようになったんだよぉ!」

 少女は目を輝かせて、セラフィムが喜んでくれる事を期待しつつ、自分が頑張った事を報告した。


 いっぱいがんばったんだ、きっとセラフィム様もよろこんでくれるよね。そしたらたくさんほめられるかも? うふふー。


「頑張ったね。えらいわね」

 セラフィムは少女の頑張りを認め、そっと微笑み頭を優しくなでた。少女もとても嬉しそうに笑顔を返す。


 少女が望んでいる事は、私には良く解っていた。だからいっぱい褒めてあげよう。

 あんな事がありながらも私をここまで慕ってくれるなんて……。

 セラフィムの胸の中がほっこりとする、穏やかな感覚に満たされていく。


「もっと強く、賢くおなりなさい。頑張りなさい、セレーネ」

「うん!」

 セレーネは喜びながら広間から元気よく走り去る。

 セラフィムはそんな無邪気で愛らしい様子を優しい笑顔で見送った。


 この子だけはせめて、何としても強く生きて欲しい。何者にも負けない強いきらめきを宿した子、私のかけがえの無い存在……。


「……気に入らないな」

 広間にいる、高位天使の一人がつぶやく。彼は人間であるセレーネを差別し、忌み嫌っていた。

 不快な一言は、セラフィムの暖かい気持ちに水を差す。

「ツァドキエル……」


 彼の考えは一貫してセレーネを地上へ堕落させる事。セレーネを心から嫌う存在。

 そんな彼の嫌悪感を露にする言動に私は困っていた。彼がきっかけとなりセレーネ追放論が広まれば、ここでは過ごせなくなってしまう。


「もう耐えれねぇ! 何故我々崇高なる主の使いが下賎な人間と共にいなければならないのだ?」

「人間は私たち天使と悪魔の戦いに巻き込まれた犠牲者です、なんらかの償いが必要かと私は思うのです。それに、あの子は私を母親みたいに慕ってくれている……」

「はぁ? なんだその答えは! ったく、これ以上あんな汚らわしい生き物といるのは耐えられん!」


 何故そこまで言われなければならないの?

 あの子が何をしたの言うの?

 ……天使とはそこまで偉い存在なの?

 目に余る発言は私の我慢の限界を超えようしていた。恐らく、私の不快感と怒りは顔にも出ていただろう。


 するとその時、この様子を黙って見ていた別の高位天使が口を開く。

「ツァドキエルよ。それは言いすぎなのではないのか? セラフィム様が大切になさっているお方だ。そこまで言う権利はお前には無い。」

 顔をこわばらせながら、厳格な態度ではっきりと言い放った。その発言と態度にセラフィムは、ほっと胸を撫で下ろした。

「ちっ、どいつもこいつも……」


 何故だ、いつまであんな下賎なる者と一緒に居なければならない!

 どうして解らないのだ!

 我々は主の崇高なる力を受けた高貴なる存在なのだぞ?

 ……なのに忌々しい奴め、許せぬ。

 だが、私の掲げた追放論は確実に広まりつつあり、他の者の賛同もある。もう少しだ、もう少しでこの不愉快な思いとも別れられる事が出来る。

 今は耐えねば……、クソッ!


 ツァドキエルは舌打ちをし、苦い表情でその場を去っていった。



「ありがとう……、ケルビム」

 私はケルビムの対応に感謝しつつ、笑顔でお礼をする。

 高位天使で、私の次に実力のあるケルビムが味方になってくれれば心強いけれども……。

「……セラフィム様」

 しかしケルビムはそんな表情とは対極で、厳しい表情のままセラフィムの方を向いている。


「ツァドキエルの考え方は神の使いとしての一般的なもの、他の天使達の中でそう思うものは日に日に増えております。確かに、かつての反乱で多くの人間の犠牲者を出しました。ですが、天界は我々の世界です。不用意に人間を入れてはなりません。」


 セラフィムは言葉を返さず、ただ黙って聞いていた。

 その言い分に間違いは無く、天使達の基本的な思考である事は十分解っていた為、セラフィムは何も反論が出来なかったのである。


「ツァドキエルのような者が増えてくれば、かつての大戦のように内乱が起きてしまい、他の命を犠牲にしてしまいかねないのです。早めに対処したほうがよろしいかと……」

 表情は憂いを残し、厳しい面持ちをままケルビムは静かにその場を去っていった。


 ツァドキエルの様に不満を露にする事はしなかったがケルビムも同様の考えを持っている事はセラフィムに十分伝わっていた、さらにセレーネ追放論に同調する天使が日に日に増えてきているのも知っていた。

     

「このままでは、セレーネがここに居れなくなってしまう……」

 しかし、私はセレーネと離れる気は少しも無い。

 万が一、セレーネが追放されるならば、私も共に堕天して地上で静かに暮らせばいい。あの子だけは守る、ずっと側に居るとそう心に誓ったのだから。




 高位天使達のやり取りの最中、セレーネはセラフィムに自身の成果を告げた後、天界の神殿の外にあるあまり天使がいない広場で一人の高位天使から、天使達が使う光を自由に操る力、天空術(ディバイニティフォース)を今日も高位天使から教わっていた。


 セラフィムの考えで、人間であるセレーネは天空術を二年間練習してきたが、元々は天使しか使えないとされる不思議な力。まだ成功したことは無い。


「違う!そうじゃないよ!」

 勇ましい女性の声が広場に響く。腕を組み、厳しい表情でセレーネに的確な指示を与える。

「だってぇ……、サマエル様……」

 厳しい声を浴びせられ、さらに失敗ばかりで弱気になり、今にもセレーネは泣きだしそうだった。

「だってじゃない! さあ、もう一度!」


 言い訳は無用。人間だからって手加減や妥協をするつもりも無い。出来るまでやらせる。それが私の考えであり、セラフィム様からの願いだ。……嫌われるのはこの際仕方ない。


 セレーネは促され、必死に練習を続けるがもちろん上手くいかない。

 何度やっても出来ないイライラとモヤモヤ、劣等感、挫折感が募り、セレーネの心の器がそれら感情によって満たされ溢れた瞬間。

「ふえーーん!」

 ついにセレーネは泣き出してしまった。


「だってぜんぜんできないんだもん! なんどやっても上手くできないもん! まねっこしてもだめだし! なんでそんなに怒るの? わたしの事嫌いなの? ふえーん!」


 いつもよりも甲高い大声でサマエルに心の叫びを訴えながら、泣きじゃくって涙をぬぐうこともしない為、瞳からたくさんの涙がこぼれ出す。


「……頑張りな。セレーネならきっと出来るから。」

 天空術を教えていた天使サマエルは、セレーネの頭をなで優しく慰めてくれた。


 基本的に甘やかさず厳しく指導するようにとセラフィムから言われていたが、このまま厳しくして嫌になってしまったら元も子もないため、優しくなだめたのである。

 しかし、天使の世界で過ごしていたとはいえ、はたして人の子にこの術を扱うことが出来るのだろうか?セラフィム様は何を思っているのだろうかと、ふと考えた。


「ひっく、ひっく……」

 セレーネは泣きながらもうなずき、再び練習を始めた。

 目を閉じ、気持ちを落ち着かせ、精神を集中させて行く。

 泣いて昂っていた気持ちが落ち着いたのか、まるで眠っているかような静寂がセレーネの周囲を覆っていく。

 風が二度ほど軽く吹いた後、セレーネを目を見開き精神を解き放つ。


「ディバイニティスパーク!」

 少女が両手を前にかざし、練習していた天空術の名を叫ぶ。

 すると、僅かに離れた空間に一瞬火花を伴う爆発が生じた。


「凄いじゃないか! よく頑張った!」

 セレーネに天空術を教えていた天使が駆け寄り、セレーネの髪がくしゃくしゃになるほど撫で回した。


 まさか人間の子が天空術を使えるなんて。

 一体この子は何者なんだい?私も正直諦めかけていたのに、セラフィム様はきっととんでもない者を連れていたのかもしれないねえ……。


「やったよー! できたよさまえるさまぁー! うれしー!」

 二人は一緒になって抱きつき子供の様にはしゃいで喜んだ。


 やったあ!

 やっとできたあ!

 いっぱいがんばったよお!

 また大好きなセラフィム様にほめられるなあ、うれしいなあ……、えへへ。


 人の子では出来ないとされていた天空術。主の使いにのみ扱える光の力。なぜ少女は使えたのだろうか?その答えが解るのはかなり後の事となる。


「ところでセレーネ」

「うん?」

「別に術の名前を叫ぶ必要はないのだが……」

 サマエルはふと気になっていた。何故叫ぶ必要があるのだろうかと。

 本来、無言でも天空術は使用、発動可能である。むしろ、わざわざ術名を言えば相手に気取られてしまう危険性があると言うのに。

「うーん、いわないとでないようなきがした!」

「そ、そうか……」

 セレーネは特別考えた様子も無く、満面の笑みで誇らしげに答えた。そのあまりにも自信満々な態度にサマエルは多少戸惑ってしまった。


 しかし、このすぐ後に天空術の改良が行われ、術名を叫ぶ事が基本になるとはこの時のサマエルもセレーネも知るよしも無かったのである。


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