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scene 18 潔白の記憶 act 2

 セレーネとバーンが合流した同じ時、別の場所で意識を取り戻したセラフィムは見知らぬ浜辺で倒れていた。


 うう……、ここはどこかしら……。

 セレーネは?ルミナやバーンは……?


 セラフィムは立ち上がり、月と星の明かりで照らされた周囲を確認すると、セレーネやバーン、ルミナとはぐれてしまった事を悟った。


 リバイアサンとの戦いで力を使いすぎてしまった。酷く疲れている。

 もしや……!


 早く月の光を浴びないと……。


 何かに気づいたセラフィムは誰もいない事を確認し、翼と手を広げ夜空を仰ぎ、全身で月から降り注ぐ青白い光を浴びようとする。


 その翼の色は普段の純白ではなく、夜の闇と同じ深い黒色であった。


「サンクトゥスを持つ高位天使様が地上で天界から追われているのは、そういう事だったのですね」


 セラフィムはびくりと体を震えさせ、声のした方向へと振り向く。そこには、かつてはぐれた仲間の一人、ルミナが立っていた。


 この翼を見られてしまった。今まで誰にも言ってなかったのに、ずっと警戒し続けた。力を消耗しない様にも気をつけていた。でも、見つかってしまった……。


「天界の主への愛は絶対、その愛を裏切った天使は罪の証として背中に黒い翼を背負う事になる……。少し、お話を聞いて下さい」

 ルミナは黒翼のセラフィムに静かに語り始める。それはルミナの人生を大きく変えた忌まわしき過去を出来事であった。

 



 十四年前。


「うっ……、うっ……」

 ルミナが住んでいる家には毎日、すすり泣く声が聞こえていた。

 そして、それは今日も例外ではない。


 ルミナの父は、ネフィリムの親として天使派の人間の手で不毛に処断された。ルミナ自身は幼く、あまり印象も実感も湧かなかったが、母はそうではなかった。天使であった母は椅子に座っていつも泣いていた。泣き続ける母の涙は、どんなに泣いても枯れる事が無かった。


 最愛の人を亡くしたショックは、彼女にとって計り知れないほどの心にダメージを残した。


「おかーさん……」

 幼いルミナは母を心配して声をかけるが、ルミナの声は全く届かない。


 母がこんなに悲しんでいるのに、私はなにも出来ない。

 いつも泣いている。おとーさんも戻ってこないし……。


 さらに、幼いながらも母を思いやるルミナに追い討ちをかける事件がおこったのだ。


 ドアを強く叩く音がする。

「はぁーい!」

 元気良く返事をして、泣き続ける母に代わり幼いルミナがドアを開ける。

 誰だろう?


「……君がルミナちゃんか?」

 天使教の神官の服を着た男がなんの躊躇いも無く家に入り、ルミナに問いかける。


 そのやりとりを聞いた母は、今まで泣いてた事が嘘のように血相を変えてルミナを抱きかかえた。

「この子はルミナなんかじゃありません! だから帰ってください!」


 どうして嘘つくのかな?

 この人たちは誰なんだろう?


 幼いルミナはそんな母の言動がとても不思議で仕方が無い、だが母は瞬時に今の状況を察知していた。


「……お母さん。この子はこの国を救う救世主なのです。たしかに愛する人を亡くして悲しんでいるあなたに今こんな話をすることは酷かもしれませんが、このままではこの国が滅んでしまうのです。そうなればあなただけではない、たくさんの人が悲しむことになるのです。さあ、ルミナを……、天使の子供であるネフィリムを……」


 抱きかかえる母から無理矢理ルミナを引き離し、連れて行こうとした。


 地上ではネフィリム狩りが激化している、ルミナがネフィリムである事は恐らく処断された父から漏れたのであろう。このままルミナも失う事になってしまっては!


「私の子供を……、かえして!」


 母はとっさに机の上に置いてあった果物の皮を剥く為の小振りなナイフを手に取り、それを男の腹部に突き刺した。

「くっ、貴様ぁ……!」

「早く! 早く逃げないと……」


 腹部から血を流してうずくまり苦しむ男を横目に、ルミナの手を強く握って家を飛び出した。


「ネフィリムが逃げだぞ! 追えーー!」

 外で待っていた男の仲間がルミナ親子に気づいて二人を追いかける。

 追いつかれない様に二人は必死に走った。

「手間かけさせるんじゃねぇ! ファイアボール!」

 追っ手の一人が魔法の力により手のひらから生み出された火の玉を母めがけて放つ。


「きゃあ!」

 母の背中に火の玉が直撃し、悲鳴と同時に吹き飛ばされてしまう。

 ルミナは逃げるのをやめて母に駆け寄った。


「おかーさん!」

 全く反応がない。少しも動かず、ルミナの声も届いていない。火の玉が直撃した背中から焦げた臭いがする。

 なんで?

 どうしてこんな事をするの?

 おかーさんが……おかーさんが……。


「やっとつかまえたぜ!」

 追っ手の男達はルミナに追いつき、そのままルミナを軽々と抱えてしまった。

「いやぁ! 放して!」

「黙っとけ!」

 ルミナはじたばたして何とか逃れようとするが、ルミナの腹部を強く殴り、気絶させてしまう。

 ぐったりとしたルミナは男達によってどこかに連れて行かれてしまった……。



「それから数年間、記憶がないのです」

 寂しい表情をして、ルミナは今までの事をセラフィムに話した。


「次に私が覚えている事は研究所から脱出して、バーンに助けてもらって……」


「何故、私に過去を打ち明けたのです?」


 セラフィムは疑問を感じた。何故ルミナは自身の過去を話したのだろうか。

 私に気を使っているからなのだろうか?

 でもルミナの母親と私は違う、私が罪を犯したのは事実だが、その経緯は違うのである……。


「なぜでしょう。セフィリア様は、時折不安と言うか憂いと言うか何て言えばいいんだろう。うーん。寂しそうな、なぜかそんな表情をする時があるのです。……すみません、余計な詮索でした。」


 自分でも昔を話そうとしたのかよく解らない。こんな話はバーン以外にした事無かった。何故だろう。でもその曇った表情から、過去を探る事がセラフィムにとって禁忌である事を漠然と感じたルミナは一言謝った。


「バーンの故郷へ向かいませんか。そこなら多分安全ですし、はぐれたセレちゃんやバーンの情報も探しやすいかも」


 そうだ、セレーネを探さなくてはならない。私の大事なセレーネ、無事でいるだろうか。


「そうですね」

 ルミナの提案に合意したセラフィムは、バーンの故郷へと向かう事となった。それは偶然にも、バーンとセレーネが向かう場所と同じであった。



「もう少しだけ、月光浴をさせて下さい」

 セフィリアは再び黒い翼を広げ、月の光を全身で受け止めようとしている。しばらく経つと、黒い翼はみるみると本来の色である純白を取り戻していった。その初めての光景にルミナは驚いていた。


 月の光を浴びれば罪を犯した証が一時的とは言え消えるなんて聞いた事がなかったけれど、一体どういう事なのだろう?

 セフィリア様には何かあるのかな?



「お待たせしました、夜が明けたら参りましょう」

 月の光を浴びながらセラフィムは考えていた。ルミナには打ち明けなければならないだろうか、これ以上黙っている事は不可能なのか、この翼を見られてしまった限りは……。


「今日の夜の事は、誰にも言わないで下さいね」

「はい」


 セラフィムも自身が発した言葉がとても都合の良い一言だと言う事は解っていた。しかし秘密が秘密ではなくなってしまった動揺もあった。ルミナも経緯こそは聞かないが、今までのセラフィムの言動から察するに誰にも伝えていない、恐らくはセレーネにすら秘密にしているであろうと……。


 そしてルミナもまた、セレーネの安否が確認できない今、ミカエルとの戦いの事をセラフィムには言う事が出来なかった。もしも言ってしまえば、セラフィムはどんな行動をとるか解らない。


「……この翼は私が犯した罪の証。今はその罪を償うための旅をしているのです。詳しい事を言えなくてごめんなさい」


 白さを取り戻した翼をしまい、再び憂鬱な表情をしながら秘密の片鱗を語る。情報の量は全然大した事ではないが、ルミナが初めてである。


「話してくれてありがとうございます。セフィリア様。似たもの同士、気が合うのかもしれないのですね」


 詳しい背景は解らないが、これ以上この話はしないでおこうと、そう胸に秘めたルミナであった。セラフィムに向かってそっと微笑んで見せたルミナの笑顔は、月光に照らされ儚く消えてしまいそうだった。


ANGEL MEMORY how to 9 「黒翼の天使」


天使は主への絶対の愛を死ぬまで貫かなければならない。

故にその体は純潔で、他者と交わることを頑なに禁じている。

天使の純潔性を失った時(バージン・ロスト)は、背中の純白な翼は漆黒へと染まっていく。


ちなみに翼の色が変わるだけで、力や他の容姿が変化することは無いが

処女喪失は理由にかかわらず極刑となる。

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