scene 17 潔白の記憶 act 1
あれから数日がたった。
セレーネは生まれて始めての一人旅をしていた。なけなしのお金で買った地図を見ながら、近くの漁村を目指す。寂しさで怖くならないように独り言を大声で言ったり、歌ったりしながら歩みを進めて行った。
頑張ってセラフィム様をさがすんだ。頑張っていればきっとみつかるんだから、でも……。
夜になり、セレーネは疲れたので休みたかったが、もう手持ちのお金は無く、それ以前に近くに宿泊施設がなかった。仕方なく獣や悪魔などに襲われる危険がない事を確認すると横になる。
あたりは虫が鳴く音しかない。空は曇っているため、まわりはほとんど真っ暗である。
「セラフィム様ぁ……」
本当はもう、駄目なのかもしれない。みんな死んじゃったのかも……、私だけひとりぼっち、ううう……。
セレーネは泣かない様に耐えてきた。しかし、それは見た目だけの強がりで、寂しさで精神的にもまいっている事を本人も自覚していた。
朝になった。
……今日もみんなを、探さないと。
見つけるんだ。いつか……、かならず……。
気だるさが残る体を起き上がらせ、再び歩き出すセレーネだったが、いつものような明るく元気な姿は無い。
「………ん」
うつむいていた顔を上げて、ふと周りの景色を確認する。遠くの浜辺に民家が数件建っている。地図を見比べ、そこに集落がある事を確認した。
もしかしたらセラフィム様がいるかもしれない。
家の中から、あの優しい笑顔でわたしをいつも、見守ってて……。
儚い希望と、吹いて飛んでしまいそうな期待を胸に、セレーネは気力を振り絞って歩みを進めるが……。
「誰もいないなぁ……、はぁ……」
そんな期待を裏切るかのように、たどり着いた集落には誰もいなかった。時折ふく風と波のみちひきの音しかしない。
セレーネは頭を下げ、大きくため息をつく。
民家のとても粗末な作られており、退廃的な雰囲気を出している。ところどころ漁業に使う網が乾かしてあることで、かろうじて人が存在していることを認識できる程である。
セレーネは人の姿を探して、お店っぽい建物の中に入った。
建物の中に入ると人が居た。しかし、その反応はセレーネが期待していた物とはまるで違っていた。
セレーネを見た店員はそのまま飛び退き隅っこで震えていたのだ。
何故私が入ってきたらそんなに怖がるんだろう?
なにかしたっけかなあ。
「どうしたのかなぁ?」
「ごめんなさい! ひぃーーー!」
声をかけるが、店員は動揺し見に覚えの無い許しを乞われて一瞬セレーネは戸惑った。
「何もしないよぉー。どおしたのぉ?」
「……天使や悪魔や略奪者じゃないのか?」
「なぁにそれ?」
「知らないのか? この辺りの天使や天使派による悪魔派狩りが激化しているんだ。だけど、殆どはそれに便乗した人攫いや略奪なんだ。だから、標的は若い男女が多い。」
妙に人気が無い集落にはそういう理由があったのかと納得した。
荒廃した地上で、人々は自身が生きる為に他者を犠牲にする。ある意味生命としては至極当然なのだが、荒みきった現状を改めて確認した。
「ここの人たちはみんな家に隠れているのかなぁ?」
「いや、二人だけはいつも海にいるような」
「そっかぁ……、ありがとお~」
仕事をする為にやむなく外出しているのだろうか?と思いつつ、セレーネは店員に軽く頭を下げ、お礼を言うと人がいる方へ行くことにした。
村の浜辺に着いた。船がいくつか止めてあり、魚や海藻類が干してある。
店員の言ったとおり人が数名いた、一人は波打ち際に若い男、もう一人は少し沖に誰かがいる。さらに、桟橋でつりをしている男もいた。
「あれ? あの人……」
何かを発見したセレーネは走って桟橋の方へ向かった。
あの釣りをしている人、まさか!
「ん?」
桟橋に着くくらいでその男はセレーネに気づく。
「セレーネ! あちちっ!」
そこいたのは、なんとはぐれたバーンだった。
驚いたバーンは銜えていた煙草を自分の太ももに落としてしまい、その熱を慌てて振り払う。
「バーン! 無事だったんだ!」
「セレーネこそ、無事でよかったな!」
生きていたんだ!
バーンが生きていた!
もうだめかと思っていたのにうれしー!
久しぶりの再会に二人一緒になって喜んだ。バーンはセレーネの頭を強くなでて再開と無事の喜びを示す。なでられてくしゃくしゃになった髪の毛を手ぐしで整えながらバーンに聞く。
まさか、小娘が生きているとは……、意外としぶとい。しかし、顔色が余り良くないな、今まで無理な旅をしていたのだろうか?
一体何があったのだろうか?
「ねえバーン。セフィリア様を探そうよお!」
孤独から解放されたセレーネは目を輝かせて期待していた。
バーンと一緒ならみつかもしれない。そうすればまた皆一緒になれる!
もうさみしくないんだ。もう……。
しかし、予想とは裏腹に苦い結果が返ってきたのである。
「ふむ……」
その言葉を聞いたバーンの明るい表情が曇りだす。
「……俺はもう戦う気はない」
セレーネと目をあわせないように水平線を見ながらぼそっと言った。
「相棒が無くなっちまったからな」
セレーネは返す言葉が無く、無言でその場で立っている事しか出来なかった。
「……ルミナ、殺されてしまったのだろう?」
バーンの発言に体がびくっとしてしまう。
何故その事を知っているのだろう。全員いなくなってた筈なのに……。
まさかひょっとして、ミカエル様とマモンの戦いをバーンは知っているのかな。
「許せねぇ………」
釣竿を強く握り締め、やりきれない怒りを必死にこらえようとしているようだ。
俺が気を失い、港の宿屋で介抱されていた。意識を取り戻し、王都が何者かによって破壊され、そこで女のネフィリムが行方不明になったと聞いた。
俺は慌てて王都がある場所へ向かったが、大陸でも随一の大きさを誇っていたコロシアムが消し飛び、町は負傷者で溢れていた。そこにルミナが居なかった事から察するにさらわれたのでは無い、殺されたのだ、死体も残さずに。
許せねえ、俺の愛するルミナを。
この場の雰囲気の悪さから逃げる為、セレーネはその場から静かに立ち去った。それに対してバーンは何も言わず再び水平線を眺めるだけであった。
何かを考えているのだろうが、とても話せる雰囲気では無い。
「またあの場所だ」
何も無い広い平原でセレーネと謎の女性。これで三回目である。夢を見る回数を重ねる毎に女性の姿が前よりもよく見える。背中には二枚の翼があり、肩ほどの長さの金髪、白い衣装からして天使なのだろうか。
しかし、それでもまだ特定には至らない。その天使に見覚えが無く、セレーネは誰なのか解らなかった。
「だれなのぉ……?」
「……セラフィム様は」
「なぁに……?」
謎の女性は言うのを渋っているが、意を決して口を開く。
前よりかは声が聞こえる、何を言い出すのだろう。凄くいいにくそうだけれども……。
「セラフィム様は……死ぬわ」
なんで?
なんでそんな事を言うの……?
セラフィム様がしんじゃうなんて、私をおいていなくなっちゃうなんてそんなの嘘だよ!
そんな酷い事いうなんてどうして?
私をこまらせたいの?
その突然の言葉にセレーネは少し体を震わせ、そのまま呆然としている。
衝撃の一言にセレーネの思考は縺れた糸のごとく乱れていく。謎の女性はそのまま歩いて去っていく。
「ふわぁ!」
セレーネはベッドから飛び起きた。
「……セラフィム様が、死んじゃうのぉ?」
一人、夢の中で謎の女性が言ったことを気にする。怖くて夢からさめても体が震えていた。
本当にそんな事があるのかな?
でも事実、今は離れ離れだ。このまま見つからず、いつかセラフィム様が死んだってなっちゃって……。
ううう、あたまがずつうだ……。ぎんぎんするう。
様々な考察をしつつ思考を巡らそうとするが、酷い倦怠感と頭痛に襲われて中断した。そんな時、部屋の扉から一人の少女が入ってきた。
「大丈夫~?」
半そで半ズボン、ショートヘアーがとても元気で快活な印象を与える。
喋り方がセレーネに負けないくらい幼い、不思議な形をした石のネックレスをしているその少女が心配そうにセレーネを見る。
「うん」
嫌な夢を見たセレーネは少し涙目になりながらベッドから出ようとする。
「あ……」
しかし倒れてその場に座り込んでしまう。体に力が入らない。何回立ち上がろうとしても立てない。
あたまもいたいし、しんどいよう……。
「あれぇ? どうしたんだろ……」
「駄目だよー。すっごい熱があるんだから!」
セレーネは少女に肩を貸してもらいベッドに戻る。
「おとなしくしててね。お薬もってくるからー!」
動く事が辛いセレーネとは相反し、少女は両手を大きく振りながら元気一杯に部屋を出て行った。
きっと、ずっと一人で旅してたし……、途中お腹すいてて変な木の実とか食べちゃったからなのかなあ、毎日歩いてたから足もぱんぱんになってう……、くすん。
セレーネは大人しくベッドの上で過ごす事にした。久しぶりのベッドはとても暖かくやわらかくて心地よい。
「おえ~」
「頑張って!」
セレーネがうとうとと眠りに落ちそうだった時、戻ってきた少女は自身が持ってきた粉薬を半ば無理やり飲ませた。セレーネは薬の不味さと苦さで吐きそうになるが、横で手を握って励ましてくれたおかげでなんとか飲み込んだ。
「じゃあ、安静にしててね!」
持って来た薬を飲んだ事を確認した少女は、再びセレーネを寝かそうと布団をかけた後、退屈そうなセレーネの話し相手になろうと自己紹介を始めた。
「あたしはプレリア! あなたはなんていうの?」
「セレーネ……」
「セレちゃん! 素敵な名前だよねー」
プレリアは勝手に盛り上がった、年下、あるいは同年代同性が珍しいのかなと思いつつ、セレーネは深い眠りに落ちていく。
「……寝ちゃったね」
寝顔を確認したプレリアは勢いよく立ち上がり変わらない元気で部屋を出て行った。
「ん……」
セレーネはふと目が覚める。窓から差す光が眩しい。朝なのかな?
上体を起こして二度ほど周囲をきょろきょろと確認し、ベッドから出て歩く。
あれ?
ちゃんと歩ける?
頭も痛くないし、体も軽い。なんか元気になったかも!
看病してくれたあの子にお礼言わなきゃ、でもどこにいるんだろう。お外かなあ。お仕事にでも行っているのかなー?
「少しお散歩してみよう」
体を伸ばし、ゆっくり歩き足元に気をつけつつ家の外へ出た。特別何も無い集落なため、先日バーンが釣りをしていた海岸へと再び向かう。
そして彼は出会った時と同じ場所に居た。しかし釣りはしておらず、真剣な面持ちのまま海を見ていた。
「聞いたぞ。大丈夫なのか?」
「うん」
顔には出さなかったがバーンは病気で倒れたセレーネを心配していた。
小娘、やはり無理していたんだな。まあ、天使の力があるとはいえ、こんな子供が一人で旅なんか出来るわけないしな。
大方、歩き詰めで疲れた事と道中で変なものでも食べた事が原因なのだろう、危なっかしいったらありゃしねえ。
「セフィリアを探しているのか?」
「うん」
バーンの問いかけにセレーネはこくんと頷き返答をした。それ以降二人は無言になり、周囲は再び波の音しか聞こえなくなった。
セフィリア……、そういえばルミナが前言ってたな。位の高い天使だったって。都一つを吹き飛ばすなんて人間が到底出来る事じゃねえ、そうなれば天使か悪魔か……。
「俺も手伝うぞ」
今まで無表情だったバーンはセレーネの方を向いてにこっと微笑んだ。
「ありがとおー!」
セレーネは本当に嬉しかった。
もう一人はしんどいし、お腹空いてもきっとバーンならおいしいもの持ってきてくれそうだし……、寂しくない!
そして、二人なら別れたセラフィム様が見つかるかもしれない!
よかったあ。
しかし、バーンの考えはセレーネとは違う。
セフィリアと居れば、ルミナを殺った天使に会えるかもしれん。
必ず見つけて相応の報いをくれてやる。
彼は最愛の恋人を殺された事実は知っていたが、誰がルミナを倒したかまでは知らなかった。天界に追われているセレーネと一緒に行動し、セフィリアと合流できればやがてその天使と遭遇し、一矢酬いる事が出来ると考えてたのだ。
セレーネは勿論バーンの知りたい事実を知っていたが、言わなかったし言えなかったのである、ルミナを殺害したのは天界最強の天使、ミカエルである事を。
「このままあての無い旅をするのもあれだ。一度、俺の故郷へ戻る。そこなら余程何もなければ安全だからな、そこを拠点に情報収集をしよう」
セレーネは仲間との安全な旅を期待しつつ、バーンは己が心に復讐心を再燃させつつ、二人はバーンの故郷へ向かう事になった。
ANGEL MEMORY how to 4 「天使教と悪魔教について」
地上の人々が天使派と悪魔派によって分け隔たれ対立した時に出来た宗教団体。それぞれの教えを頑なに守り、他者に広めようとしている。天使と悪魔の戦いが収束している今でも各々が激しく対立している。




