scene 12 分裂の記憶 act 1
旅を続けて早数日が経った。
「おっ、港町が見えてきたぞ!」
「ねぇセフィリア様ぁ~、あれが海なの?」
「ええ、そうですよ」
「うわぁ、おっきいね!」
遠くには海に面した町があり、そこから青い色が果てしなく広がる。
それは、今まで飽きるほど見た地平線やうっそうとした茂みではなく水平線だった。
今まで通ってきた街道とはまた別の、潮の匂いがほのかにする。
セレーネにとって、全てが生まれて初めての事だった。
眼下に広がる真っ青な世界、本で読んだりセフィリア様の話で聞いた事があったけれど、こんなに広いなんて!
本当に海の水は塩辛いのかなあ?どうしてあんなに青いのかなあ?
セレーネの好奇心は尽きない。
セレーネ以外の一行は、野宿続きの日々からの解放への期待もあり、各々は自然と気持ちが前向きになる。
「すごい人の数ですね……」
港町に入ってセフィリアの目に初めて入ったものは人の群だった。
メインとなる大通りには、たくさんの露店が並び、食料品や衣料品、アクセサリー等いろんな物が売られている。商人と客引きの声、雑踏の中の会話が入り混じってざわざわと、人の活気が港町の入り口からでも伝わってくる。
「この大陸で一番栄えている港だからなー。よし、それじゃあ皆宿に集合するって事でそれまで自由行動でいいか?」
「バーン、私達やルミナさんが離れても大丈夫なのです?」
「この人ごみの中から特定の誰かを探せるか? つまり、大丈夫だ」
「私は天使様と一緒に先に宿へ行くから、バーンは用事を済ませておいでね」
各自、思い思いの場所へと向かって行った。
「……ここ? どこぉ?」
気がつくとセレーネは限りなく広い平原に指をくわえて立っていた。
目の前には少し小柄な女性のシルエットが見える。
「ねぇ、だぁれ?」
セレーネは首を傾げながら尋ねてみる。
その女性は振り向くが、顔の形や格好まではぼやけていて詳しくは解らない。
「泣かないで」
そっとセレーネに告げた、初めて聞く声はどこか馴染みがあるような、どことなく悲しい感じがする。
口を動かしている事は解っていた。他にも何か言っているようだった、しかしセレーネにはうまく聞き取れなかった。
あの女の人は誰なのかな?
私に何を伝えたいのかな?
何故悲しそうなのかなあ……?
セレーネは謎の女性を理解しようと、手を伸ばそうとした瞬間……。
「ふわぁ!」
セレーネはベッドから飛び起きた。
どうやら宿に到着後、部屋内のベッドではしゃいでいるうちに寝てしまったようだ。
「どうかしましたか? セレーネ」
「うーん……、せらふぃむさまぁ」
寝ぼけて上手く思考が纏まらず、セレーネはまた喋れないでいた。
気だるい体をなんとか起き上がらせ、両目を両手でこすって寝ぼけているのを治そうとしてみるが、いまいち効果が無い。
「ずっとうなされていたのですよ。なにか、悪い夢でも見ましたか?」
「ううん。だいじょうぶ……」
セレーネは目をこするのをやめ、セフィリアの顔を見ながら首を横に振って否定した。
セレーネ自身、あの夢について何も解らなかった。今は不確かな事を言って、セフィリアに心配をかけさせたくない、万が一にも、またあの変な夢を見ることがあったら、その時に打ち明ければいい。
セフィリアはセレーネを心配しながらもルミナに預かった荷物の整理をし始める。
「セフィリア様ぁ~」
「どうしましたか? セレーネ」
「あったかい……」
セフィリアが呼びかけに優しく返事をすると、セレーネは急にセフィリアの胸に飛び込むように勢いよく抱きつき、セフィリアの体の温もりを感じようと強く顔を押し付けて急に甘える。
「ふふ……セレーネったら」
「ねえ、セフィリア様。ずっと一緒にいてね」
「ええ、もちろんですとも」
セフィリアは微笑みながらセレーネの頭をそっと撫でる。優しいその言葉には何の躊躇いも迷いも無く、ただ純粋な優しさと母性があった。
セフィリアは天界での自身の地位、責任、安全、他の全てを捨ててもセレーネを選んだ。そんな彼女の決意は本物であるのだから。
セレーネは手を腰に回して抱きつき、そんなセレーネをセフィリアは温かい眼差しでみつめた。互いの温もりを感じあう二人はまるで本当の母子の様だった。
その日の夜、一同は夕食をとる為にバーンが飲みに行った酒場へ集合した。酔っぱらうバーンを横目で見つつ軽い食事を済ませた後、各々は町で得た情報について話し合う。
「ところで、町で興味深い事を聞きました。最近、ここから少し北東の沖で原因不明の沈没事故が起きたそうです。」
すると、いままでほろ酔いだったバーンは平穏を取り戻して、身を乗り出しつつ少し真面目に語りだす。
「その話なら俺が昼、飲んでいたときに船乗り達が話していたぜ。最新鋭の技術を駆使した船のようだ」
「その方向は、明日私達の乗る船が向かう方向ですね」
ルミナのその発言に全員が黙ってしまう。もしも明日、自分達が乗った船が同じ様な事になったら……。
セレーネはセフィリアにぎゅっと抱きつき、怯えた自身の表情を隠す。セフィリアは不安げな表情をしている。
しかし、ルミナとバーンは重い知らせを振り切り会話を再び始めた。
「ですが、このまま進まないわけも行かないですよね」
「そうそう! それにたまたまじゃないのか? 悩んでても仕方ねえだろ? 俺はもう寝る!」
手をぱたぱた振りながらベッドで横になる。バーンはそのまま目を閉じて眠りについた。本人は全く気にしていない様にも見える。酒の影響もあるのか、すぐにいびきをかきだした。
「……たしかに、心配ばかりしていても仕方ないですね。ここは早めに休息を取ったほうがよろしいかと思います。」
「すー、すー」
セフィリアの隣にいたセレーネは、すでに話の途中で寝ていた。寝つきがいいのは今まで野宿でまともに寝ていなかったせいだろう。
セフィリアもセレーネの横にそっと添い寝をして目を閉じ休息を得る。
「頭痛い、寝よう……」
酒に弱いルミナは悪酔いを騙しつつ、部屋の明かりを消し眠りについた。明日の心配よりも、今の不快感の方が勝っていたのであった。
次の日の朝。
「うわぁ、船だー!」
船を初めて見ていつもよりも高い声を出して喜ぶセレーネは、期待に目を輝かせてセフィリアの服を引っぱった。
あんなに大きい物が、本当に水の上に浮いているなんて!
何で沈まないのだろう!
どうして人をたくさん乗せて浮いていられるのだろう!
さらにあれが水の上を動くなんてあろえない!
信じられない!
わくわく……。
セレーネの気持ちの高鳴りは止まない。
「早くのろぉ! 早くぅ~!」
「手続きは終わったぞ。中に入ろうぜ」
意外にも簡単に手続きを終え、帰って来たバーンを確認したセレーネは一番に船に乗りこんだ。そんなセレーネに急かされる様に一行も船に乗った。
あまりにも首尾よく船にのれたことを不思議に思っていたセラフィムが、バーンに問いかけた。
「ところで、よく無事に乗れましたね」
「ああ、余分に払ったからな。これで問題ない」
戦争が終わり、まだ平定とは言えないのが地上の現状である。そんな中でモラルを気にしている場合ではない。各々は最大限の利益を得なければならない。バーンはそれに目を付けたのだ、つまり船員へ贈賄し、その見返りとしてバーン達の無事を約束させたのである。
船の中は大したことはない。普通の客船である。窓で外の景色が見れるようになっており、セレーネはその窓際の席にいち早く座る。それに続く様に一行は座り、しばらく時間が経つと船は港を出る。
「う~み♪ う~み♪」
椅子に座り、届かない足をばたつかせ、セレーネは外の景色に釘付けだった。
そんな無邪気なセレーネを優しい笑顔で見守りながらセラフィムはバーンに聞いた。
「次の街までどれくらいかかるのですか?」
「半日もすれば着くみたいだな」
二人は他愛の無い雑談をしており、ルミナはうとうとと半分眠りながらも一行を乗せた船は進んでいった。
……数時間後。
セレーネは景色を見ながらうなっている。その顔には不満が満ちていた。
「う~」
「どうしたのですか? セレーネ」
「うーー! ひまだよぉ~」
退屈。暇だよう。何もする事が無い!
どこを見ても海しか無いよ!
たまに鳥さんが飛んだり魚しゃんが跳ねたりするけど、殆どざざーって波の音しかしないよ!
船の中も狭いからうろうろ出来ないしー、ずっと座ってるせいでお尻が痛いし……。
もうやだ、あきた!
セレーネは、セフィリアに飽きた事を大声で訴えた。しかし、船の中のお世辞にも広いといえない空間では、座って水平線を眺め続ける事くらいしか出来なかった。
現にバーンは不満なセレーネを無視して、目を閉じ考え事をしており、ルミナは座りながら熟睡してしまっている。
「セレーネ、そんな事を言ってもどうしようもないのです。だから、もう少し我慢しててね」
「いや! たいくつだよぉ~!」
セレーネは手足をばたつかせて自身の不満を露にする。
そんなセレーネの大声と言動に他の乗客がセレーネをちらちら見始めた。
無為に目立つ必要は無く、ここで私達の存在がばれてしまっては船の中、海の上、とても逃げ道は無い。故にあまり目立ちたくない。
そう思ったセフィリアは普段はあまりしない少し厳しい表情をして、駄々をこねるセレーネを叱った。
「あまりわがままを言ってはいけません」
「ぷーーー!」
セレーネは頬を膨らませてセフィリアに反抗してみせるが、その行為はむしろ逆効果であった。セフィリアはさらに表情を厳しくし、セレーネを戒めようとする。
「返事は?」
「はぁい……」
セフィリアの強気な態度がこたえたのか、弱々しい返事を返してしょんぼりと元気を無くしてしまった。
こんなにセフィリア様に怒られたのは久しぶりかもしれない……、私はただ退屈なだけだったのに……、ぐすん。
さらに数時間後……。
やる事も無く、景色にも飽きたセレーネはセフィリアに寄りかかり、静かな眠りにつこうとしていたのである。
そんなセレーネを見ていたセフィリアもつられてしまったのだろうか、同様にうとうととし始めていた。
バーンは自分の肩に寄りかかって寝ているルミナの頭を軽く撫でつつ、遠い景色を眺めている。二日酔いと船酔いの両方で起きていられないのだろう。
そんな退屈なひと時を破る時が遂に来たのであった。
ANGEL MEMORY how to 3 「天界の神器について」
・光の剣
あらゆる闇を退け、全ての物体物質を断絶するミカエルが所有している剣
・サンクトゥス
神聖なる炎を宿した、熾天使の位にある天使にのみ所有を許された剣
天界の主への愛のメッセージが、剣に刻まれている。
旗と言う説があるが、これは炎を纏ったサンクトゥスを振りかざした時、その様子がまるで旗の様に見えた事からきていると言われている。
・ロンギヌス
破壊と再生を司る神の槍。天使派の人間がこれに刺された時、たちまちに気力を取り戻したと言う。サマエルが所持している。




