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scene 11 解放の記憶 act 2

 捕まった振りをして難なく要塞の内部へ潜入出来たセレーネとセフィリアは、さらに奥へと連れて行かれる。そして、鉄製の格子扉を持つ部屋へ放りこまれてしまった。


 部屋の中は要塞と同様に石造りで、隅には鎖や棘のついた椅子がある。そして天使教の教徒が着ている襟に十字架の刺繍が施されている黒い法衣を身に纏った少女が、二人を物珍しそうに見ていた。


「こんにちは!」

「はい、こんにちは」

 セレーネは少女に向かって元気良く挨拶をすると、少女もそれに微笑んで応える、セレーネの愛らしい言動が気に入ったのか、そっと優しく頭を撫でた。


 かあいいお姉ちゃんだなあ。なんでこんなとこにいるんだろ?


 セレーネも同様に少女の事を気に入っており、この非常事態でありながらも少女に、にこにこと明るい笑顔を返している。


「何も怖がる事はないんだよ、でもそんなに怖がってなさそうかも。だけど大丈夫。私がみんなを救ってあげるから」


 あまり活舌の良くない少女はおもむろに立ち上がり、先ほどの柔らかな視線とは違う、険しい表情を少しすると法衣の袖をめくる。彼女の透き通るような白い肌と琥珀色の腕輪をした腕が見える、それを見たセフィリアは少し身を引き、不安げな表情になった。


「ずっと怖がってて力を使う事躊躇ってたけど、使うなら今しかないよね」

「待ってください」

 意を決して、腕輪を外そうとした少女をセフィリアは制止した。

 セフィリアには解っていた、この少女が常人では制御出来ない力を持っている事を。そして、状況からこの少女がバーンが恋人と言っていたルミナだという事を。


「あなたは、ルミナさん?」

「あ、はい。天使様は名前もお見通しなんですね。でも何故、天使様が捕まってしまったのでしょう? 簡単に脱出出来ると思いますが……」

 セフィリアが少女の正体を知っていると同様に、ルミナもセフィリア達が天使である事を見抜いていた。

 白い腕を再び法衣の姫袖の中へと納め、首をかしげて考える。


 よく見ると、彼女の瞳は左目が青色で右目は茶褐色であった。これが人間と天使の間に生まれた子の証なのだろう。セフィリアも話では聞いてはいたが、実際にネフィリムを見るのは初めてであった。


「あなたの恋人のバーンから救出して欲しいとお願いがあって来ました」

「ああ、バーンさんですか」

 少しとぼけている、他人事の様にルミナは返事をした。

 セフィリアの目的は達成された、ここまで上手い具合に騒ぎも起きずにいる。後は直ぐに脱出するだけだった。


「早くここから脱出しないと。詳しい事を後ほど話しましょう」

 急ぐセフィリアは銀製の剣を出し、鉄格子へと振りかぶる。炎を纏った剣は鉄格子をまるで果物のように容易に焼き切っていく。


「神剣サンクトゥス、母の話で聞いていましたがここまで凄いとは、扱えるのは最高位の天使のみと聞きます、あなたは一体……?」

「詳しい事はここを脱出したら話します。さあ、出ましょう」


 セフィリアの言葉に促され、速やかに一行は要塞から去ろうした。ルミナには後ほど話せばいい、バーンと同様に彼女なら信頼出来る。今は騒ぎが広まる前に……。


「お前……! おい! 脱獄だ! 捕まえろ!」


 そう思っていた矢先、巡回中の守備兵に脱獄が見つかってしまった。守備兵の呼びかけはすぐさま要塞全てに広まり、たちまち三人は数十人の守備兵に囲まれてしまった。


「セフィリア様ぁ!」


「大丈夫、あなたもルミナも私が守るから……。私は熾天使セラフィム! 主より賜りし神聖なる火炎宿る剣の洗礼を受けたい人間は私に挑みなさい!」


「セ、セラフィムだと! ひけ! ひけぇ!」


 最高位天使の名前を言い放つと兵士達は恐怖し様々な方向に逃げ惑う。通常の天使ですら人間では勝ち目は皆無、それが最高位天使が相手とは、最悪建物毎一瞬で消し飛ばされてしまう。兵士達の考えは正しく、セフィリアにはこの要塞を丸ごと破壊する事も可能だった。今回はルミナの救出が目的であるため、そのような強硬手段はありえないが。ある意味、兵士達はネフィリムであるルミナに救われた事となる。


 数十人居た兵士はあっという間に居なくなってしまった。兵士の気配は無くなったのを確認したセフィリアは一呼吸置くと、剣を纏っていた荒れ狂う火炎も静かにおさまり消えていた。

「今のうちに行きましょう」

 三人は要塞出口を目指して走る。

 途中に兵士達の妨害は無かった。全員逃げてしまったのだろうか。しかし、出口直前の広間に甲冑を纏った騎士が静かにたたずんでいた。


「さあ、檻へ戻ってもらおうか」


 騎士の表情を険しく、逃げた兵士達とはまるで雰囲気が違う。この感覚は、村で出会ったバーンの表情に近い。脅しで逃げるような気配は微塵も無い。

「手にかけたくはないのですが、仕方ないですね」


 バーンの時もそうだったが、セフィリア自身、命の取り合いで物事の解決をしたくは無かった。それは、彼女が過去に起きたある事件が原因となっているのである。


「おい、そいつは俺に任せろよ」

 聞き覚えのある声が騎士の背後から聞こえる。なんと、要塞の外で待っていたバーンだった。

 騎士は振り向き、バーンの顔を確認すると小馬鹿にした様に鼻で笑う。

「なんか騒がしいと思って入ってみたら、お前と出会えるとはな……」

「バーンか、久しいな、元気そうでなによりだ」

「クソが」

 二人は知り合いなんだろうか。口ぶりからして浅からぬ因縁を感じる。


「セフィリア、こいつは俺に任せろ」

「どうする気だ? 何も出来ない雑魚は田舎で畑でも耕せばいい」

 バーンは腰に下げていた鞘から剣を抜いた。太く肉厚な刀身は鈍く輝き、皮肉を言い放つ因縁の相手を映していた。バーンの行動に騎士も背中に背負っていた剣を抜き、腰を落として構える。


 セフィリアは二人の対決を見守る事にした。この二人の戦いでしか解決出来ない何かがあると、何と無く理解出来たからである。最悪バーンが負けそうな時は私が加勢すればいい。そう思っていた。


 セレーネやルミナも同様の考えだった。セレーネはセフィリアの服の裾を握り締め、ルミナは胸に手を軽く当ててこの緊張した場の成り行きを見守っていた。


 バーンも騎士も剣の腕前は達人級なのだろう、お互いが硬直しあって仕掛けるタイミングを窺う。静かな戦いは数分の間続いたが、最初に仕掛けたのはバーンであった。


 バーンは大きく跳躍し、騎士を持っていた剣で一刀両断しようとするが、騎士は全く動かない。騎士は再び鼻で軽く笑うと、上から迫るバーンを無視し、自身の下半身の方向に剣を振った。


「ぐあっ!」

 悲鳴が少し漏れると、バーンは後ろへ大きく跳躍し騎士との間合いを広げた。バーンは自分の腹部に手を当てている、良く見ると赤い鮮血が滴れていた。


「実に解りやすい、読みやすい攻撃だった。進歩が無いな落ちこぼれめ」

「へへ、それはどうかな?」

 腹部の苦痛に顔をゆがめながら、バーンは騎士に勝ち誇った笑顔を見せた。それはまるで、さっきの瞬間で勝敗が決したかのようだった。そして、そんなバーンの自信に呼応するかのように騎士の兜が粉微塵となり、額が割れて大量の血が噴き出す。


「うぐっ、両牙斬の亜種か、これは?」

「ああ、両牙斬は上からの攻撃は囮で本命は下からの切り上げを行う攻撃だが……」

「逆にしたと言う事か」




「否、両方本命だ」



 バーンが剣を鞘に収めた瞬間、騎士の鎧が砕け、腹部も頭と同じ様に出血した。

 血まみれになった騎士はそのまま崩れるように倒れ、剣を構えることも皮肉を言うことも二度と無い体へなってしまった。




「……なんとか脱出できたな」

 四人は要塞を抜け、街道はずれの林に逃げ込んだ。バーンは一度立ち止まり、額から流れる汗を拭い少し息を切らせながら話す。兵士達や他の追っ手が来る様子はない。

「つかれたぁ~」

 セレーネは息を切らし、疲れてその場にすぐさま座り込んでしまう。


「天使様、そしてバーン。助けていただきありがとうございました」

 ルミナはみんなに深々と頭を下げてお礼を言った。


 あのままでは私はずっと囚われの身であっただろう、魔法の実験と言っていたが、何をされるか解らなかった。最悪命を落としてたかもしれない。


「セフィリア、セレーネ。あんたらがいなければルミナを助ける事は出来なかった、付き合ってくれてありがとな」

「傷は大丈夫ですか?」

「おう、急所は上手く外れたから派手に血は出たが問題ないぜ」

 バーンは自身の無事とルミナを取り返した喜びを満面の笑みで表した。


 無傷とはいかなかったが、バーンの願いは叶いルミナは救出出来た。あの村でセフィリアとセレーネに出会わなかったら無理だっただろう。二人には感謝してもし足りないほどだ。


「あの騎士とバーンの間に何があったのです?」

「ん? ああ。同じ師匠の下で剣術を学んだ。所謂兄弟子って奴だ。だがあいつは自分の力を他の誰かに認めて貰いたくってあんな稼業に手を出した。俺はそれがずっと許せなかった。だから丁度いい機会だった」


「ところで……、これからどこか行くあてはあるのですか?」

 セフィリアの問いかけにバーンは少し悩みながら話し始める。

「とりあえず。この大陸から抜け出さないとな、兵士に見つかればまた面倒なことになる」

「ねーねーセフィリア様ぁ~、あたしたちどうなっちゃうのかしらん」


 正直皆アテなんてなかった。天界に追われている天使と人間、人間から追われているネフィリムを抱えてどこにも行けない、どこへ行っても結末は同じであった。それでも少なくともここから遠くへは行かないと駄目だと言う事は全員承知の上だった。


「近くに港町がある。そこから船でここを離れる。上手く船に乗れればいいが……」

 考えれば考えるほど障害が多く、バーンは腕を組んで悩んでしまった。

 これから行く港町も人の往来は多く、入ってルミナの存在がばれてしまうリスクも非常に高くなるのだ。

「私はかまいません。港町へ行きましょう」

「いいのか? ルミナ」

 バーンがルミナの肩にそっと手を置いて聞き返す。

「うん。大丈夫」

「すまねぇ、お前にばかり苦労かけさせて」

 バーンはルミナを強く抱きしめた。抱きしめた肩が小刻みに震えていたのは、何も出来ない、この状況の打破を出来ない自分の不甲斐無さと無力からだろうか。


 そんなバーンを慰めるように微笑み、背中をそっとなでる。まるでありがとうとお礼を返すかのようだった。


ANGEL MEMORY how to 7 「ネフィリムについて」


ネフィリム(nephirim)

人間と天使の間に生まれた子、人間と天使のハーフ。

ハーフエンジェル、天からこぼれ落ちてきた者とも呼ばれている。


基本的に美形であり、例外なくオッドアイである。

天使は、天界の主への愛を絶対としており、それに背いた罪の象徴であるネフィリムは天使や天使派の人間は勿論、天使と敵対する悪魔や悪魔派の人間達からも迫害される。


一部著名な英雄や宗教家、学者はネフィリムだった説がある程、平凡な人間には無い特異かつ非凡な才能を持つ事が多く、故に嫉妬され人間界に馴染めなかったとも言われている。


また、美しいネフィリムとは対照的に、全てを食らう醜い巨人が誕生する事もあり、上記の理由からも天界では天使が多種と交わる事を頑なに禁じている。

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