scene 10 解放の記憶 act 1
三人は街道を黙々と歩く。
あたりは所々木が生えているくらいであとはひたすら街道と言う名の石畳が続いている。
何の変化も無い道中。特別取り上げる様な事件も出来事も無い。後ろを振り返ると、遠くには焼け跡となった村が小さく見える。
「つかれたよぉ~」
歩き疲れたセレーネが顔をしかめたセラフィムの手に自身の体重をかけ、引っぱって駄々をこね始めた。
「では、少し休みましょう」
二人は街道脇の適当な木陰を見つけ、寄り添い座る。
「すずしー」
二人の前髪が少しなびく、爽やかで心地の良い風が吹く。
セレーネはセラフィムの体に寄り添い、目を閉じて幸福なひと時感じ、セラフィムはそんなセレーネの頭を撫でつつ、様子を優しく見つめていた。
セレーネの言動全てが愛らしい、不安はあったけれど、この子の側に居れて、一緒に居れてよかった。
しかしバーンは腰を下ろさず、何かをいいたそうだが堪えている顔をして、気持ちよさそうに休んでいるセレーネ達を不満げな眼差しで睨む。
「一緒に休まないのですか?」
セラフィムは首をかしげ、不思議そうに見た。
こんなに気分が良いのに……、何かあったのかしら?
「休まないのですかって、休みすぎだ! もうこれで何回休んでいると思っているんだ!」
何気ない一言で、堪えていた心の中を全部ぶつけるように、大声でセラフィム達を怒鳴りつける。
少し歩いては休憩、少し歩いてはまた休憩……。
休んでばかりじゃないか!
なんだこれは!
これじゃあちっとも目的地に着かないじゃないか!
さっきの集落から殆ど離れていないぞ!
これも全部、この小娘のせいだ……。こいつが何度も何度も休みたいいいやがる。くっそうふざけやがって!
「小娘! 少しは我慢しろ! 歩け! これじゃあ日が暮れる!」
怒りの矛先をセレーネに向け、凄い迫力で勢いよく指をさしながら、休む間も無く大声を浴びせた。
「ふえ~ん!」
そんなバーンの怒声にセレーネはびくりと体を大きく一つ震えさせ、目を見開き驚いた後、大声で泣き出してしまった。
セラフィムにしっかり掴まり、顔を体にくっつけて摺り寄せる。
「バーン、セレーネを泣かすなんて……」
幼いセレーネに怒り出す大人げないバーンをセラフィムは冷たい眼差しで見つめる。
確かに急ぎたい気持ちは解るが、天使であるセラフィムはともあれ、人間の子供であるセレーネには旅の負担が大きい事はバーンも解っていた。しかし、一刻も速く恋人を取り戻したい思いは、焦りと苛立ちに転化されていたのだ。
「では、こういうのはどうでしょうか?」
ふいに何かをひらめいた表情をしたセラフィムは、笑顔でバーンに提案してみる。
これなら、旅足を急がせる事も出来て、セレーネの負担も無い。
「ひっく、ひっく……」
少し歩みを進めた時、セレーネはようやく泣きやんだ。
そして、バーンの背中にはセレーネがしがみつき、おぶられている。
「くそ、どうしてこの俺が」
セラフィムの提案とは、力があるであろうバーンにセレーネをおぶらせて歩くと言う内容であった。その提案が功を奏して、バーンは目的地へと一気に近づいたのである。
「すー、すーー」
歩き疲れ、泣き疲れたセレーネは寝てしまった。
セレーネは安らかな表情をして、静かな寝息を規則的にたてている。
「初めて会った時はまともなこと言うから大人びた奴だなと思っていたが、やっぱり小娘は小娘だな」
後ろを軽くむき、セレーネの寝顔を見てバーンはわざとらしいため息と心無い悪態をついた。
あれだけ子供とは思えない、似つかわしくない説教じみた事を言っておきながら、まるで今は年相応……、では無い。それ以下の子供の様だ。余りにも落差がありすぎる、天界で育つとこうなるのだろうか?
何はどうあれ、めんどくせえ……。
そして重い……。
「かわいいじゃないですか。それとも、子供は嫌いですか?」
バーンの呆れ顔に対し、セラフィムは優しい笑顔でおんぶされているセレーネの頭をふわりとなでた。
「俺はあんまり得意じゃないが、ルミナは子供……、好きだよな~」
「ルミナという人は、あなたの恋人と言っていた人ですか?」
「ああ、俺の恋人だ。あいつは本当に優しい奴だからな」
バーンはこれから取り返す恋人の話を遠い景色を見つめながら、少し物思いにふけりつつ語る。その様子から本当に心から思っている人、大切な人だと言う事がセラフィムにもよく伝わった。
「……ところで、どうして天界を追放されてしまったんだ?」
バーンの何気ない問いかけにセラフィムはうつむき、少し暗い表情をしてしまう。
「実は……」
この人間ならば信用出来ると悟ったセラフィムはバーンに天界であった事を簡単に話した。
「……ひでぇな、天使ってそんなもんなのか?」
「仕方ありません。それが神格と神性、本能なのですから」
明らかな不満と憤りを露にするバーンをなだめるかのように、セラフィムは少し困った顔をしつつも笑顔を返す。
「なあセフィリア。もう天界には戻れないのか?」
「恐らく、もう戻る事は出来ないでしょう。でも、きっと私達が安全で穏やかな生活が送れる場所があるはずですから、それを今後探したいと思います」
余計な心配をさせてしまったのだろう。今は恋人奪還が優先である。その事以外をあまり考えさせたくないセラフィムは笑顔でバーンの問いかけに答えた。
しかし、バーンにはそんなセラフィムの笑顔が寂しそうで、無理をしているように感じたのだ。
そして、まるでそんな寂しさを表すかのように、街道を静かに通り抜ける風がセラフィムの長い栗色の髪をかるくなびかせた。
「俺はルミナを救出したら人気の少ない場所でひっそり暮らすつもりだ。お前らも一緒にどうだ? ……まぁ、小娘はうざいけどよ。セフィリア達なら信頼できるなと思ってな」
「ありがとうございます。優しいのですね」
「………いや、そうでもないけどよ」
バーンの純粋な優しさにセラフィムは率直に感謝した。人間とはもっと下賎で下劣だと自分自身思っている節はあったけど、バーンやその恋人はそんな人間ではないと信用するに十分であった。
街道には先ほどとは違うセラフィムの心からの笑顔と、バーンの肩にしがみつつ穏やかに眠るセレーネ、照れて赤面しているバーンがいた。
数日経った。
あれから旅は無事平穏に進み、ついにルミナを捕らえているであろう砦らしき建物が見えてきた。
「あれがそうなのですか?」
セラフィムがその建物の方をそっと見つめる。
石壁で覆われたドーム状の大きな建物。
建物の周りは森になっており人気もなく、ひっそりとしている。
冷徹で機械的な冷たさは材質から来るものだろうか?それとも、何か良からぬ事象を扱っているからなのだろうか。
「ああ、そうだ。しかし、どう進入するか。だな」
自分のあごをなでながら、恋人奪還の手立てを考え始めた。
「正面突破は無数の兵を相手にしなきゃいかんし、それに俺達の侵入を知ったらルミナがただじゃすまないからな。他に入り口があるわけでもないし……水路も空路も調べたがとても進入出来ない」
独りでぶつぶつと言い、首をかしげて深く考え込む。
これと言った良策が思いつくわけでもなく、ただ弱点の無い要塞を前にするだけだった。
「ルミナさんが監禁されている部屋の場所は知っているのですか?」
「情報だと地下の牢獄らしいが、何かいい手でもあるのか?」
「私が囮になります。」
「確かに天使だったら人間は敵じゃないだろうが、いいのか? 目立つぞ? 万が一今回の作戦がきっかけで天界からの追っ手が来たらどうする?」
「あ、言葉足らずでした。すみません。」
「囮と言うのは、戦闘をするのではなく、私がネフィリムとしてバーンと一緒に進入します。その後、ルミナさんを救ってあげて下さい。」
セラフィムには考えがあった。
村長に大金を払い、ここまで大規模な施設を建造するほどネフィリムの研究をしているのならば、自身がネフィリムの振りをすれば容易に中へ進入出来るのではないのかと、そして隙を突いてルミナを救出し、速やかに去れば騒ぎも最小限に抑えられる。
さらに言うならば、バーンの考えも気遣いもあまり意味が無かった。何故ならばこの奪還作戦に協力した時点で地上で騒ぎを全く起こさないのは不可能だからである。
「私がネフィリムの役をすれば確実だよね!」
セラフィムもバーンも一切考えていなかった。
セレーネを連れて行くのは非常に危険で、どこかの木陰で待つように伝えるはずだったが、セレーネの発言が先を行った。
「セレーネ、気持ちは嬉しいのですがあまりにも危険です」
「そうだぞ小娘。大人しく待っていろ」
「いやだ! いくもん!」
二人の年長者の意見を無視するセレーネにも理由があった。かつてセレーネは幼少時に両親を失い、天界追放で一時期セラフィムと離れた。もしも、また同じ様な事があったら……。そう考えたらセレーネが選択する行動はただ一つ、たとえ危険であっても自身も囮として潜入するしかないのである。
そんなセレーネの思いはセラフィムも十分解っていた、だから頭ごなしに叱る事も断る事も出来なかった。
「解りました。セレーネに手伝って貰いましょう。バーンはここで待っていてください。私とセレーネでルミナさんを救います」
「おい! いいのかよ。てか大丈夫なのかよ……」
「私もついていますし、今のセレーネならば問題ないかと」
「セフィリアがそう言うなら、まあ仕方ないか」
「何? ネフィリムを見つけたから回収してくれと?」
「ああ、若い女と子供のネフィリムだ。飲み代くらいは貰うけどな」
バーンは縄で縛られたセフィリアとセレーネを要塞の門兵へ少し乱暴に突き出した。
「よし、引き取ろう。これを受け取れ」
門兵も乱暴にバーンへお金を投げつける。
その後、セフィリアとセレーネは要塞奥深くへと連れていかれた。
貰ったお金を握り締め、バーンは一度は要塞を後にした。
「……頼むぜ、セフィリア、セレーネ」
ANGEL MEMORY how to 2 「天使の服装について」
白を基調とした、役割に応じた服装を身に着けている
(後方支援ならゆったりとしたドレスやローブ、近接戦闘中心ならば動きやすい格好や銀製の鎧など)
さらに全ての天使には左手の薬指に銀の指輪をはめている。
この銀の指輪は天界の主への絶対の忠誠と永遠の愛を誓う証であり、死ぬときや堕落する時以外外す事は無い。
余談だが、現代の人間の結婚式における白いウェディングドレスとエンゲージリングはここから来ているといわれている。(*嘘です)




