scene 9 旅人の記憶 act 3
「誰がこんなことを……」
セラフィム達が村に着いた時、そこには灼熱の地獄が広がっていた。
集落からなんとか逃げ出した村人は着の身着のままで逃げた者ばかり。
まだ逃げていない村人はパニックになりながら悲鳴をあげ、涙を流しながら必至に村の外へ逃げて行く。
一向に衰えない炎は集落全てを焼き尽くしてしまおうとしていた。
「セラフィム様ぁ!」
「ええ、セレーネはさがっていて」
セレーネはセラフィムの体の後ろに隠れる。セラフィムのスカートを強く握っているのは不安の現われなのだろう。
セラフィムは片方の手を燃え盛る集落の方へゆっくりとかざし、目を閉じて精神を集中した。
すると、まるで水面に波打つ波紋の様に光が円形に広がっていき、炎の勢いはみるみる衰えていく。あれだけ荒れ狂っていた炎は僅かな時間で完全に消えてしまった。その光景を見た村人らから感嘆の声が聞こえる。
結果、残ったのは炎で燃え尽きた家屋と畑、灰色の煙と焦げくさい臭いと人影が二つ。
一つは村長だろう。もう一つは村長のふた周りもさん周りも大柄な赤髪の青年であった。
「セラフィム様ぁ、あそこに誰かいるよ!」
セラフィムは警戒しつつ、セレーネの手を強く握りながら青年を見る。彼の視線は厳しく、まるで視線だけで村長を真っ二つにしてしまうのではないか言うほどに鋭い。
そして手には金属製の刀身が太めの剣が握られ、切っ先が村長の首にわずかに触れていた。
「あなたがこんなことをしたのですか?」
セラフィムは強い口調で問いかける。
何故この様な惨い事をしたのだろうか、セラフィムにはまるで予想もつかなかった。
「どうして、こんな酷い事を……」
何の理由があってここまで多くの人々の生活を破壊し命を奪おうとしたのか、非道な事をした青年に対する憤りを抱いた胸の上に、軽く握った手をそっと当てて悲しい表情をしながら言った。
「酷い……だと?」
セラフィムの思いを告げた言葉に反応した男は、体を翻し、今度はセラフィムをにらみ付ける。
その視線は力強く、鋭く、そして怒りの炎で燃えていた。
「……何も知らない女子供が」
「では、何か理由があるのですか? 私でよければ話してもらえないでしょうか?」
本人に聞いてみよう。ここまでの事をするのだから、何か大きな理由があるのかもしれない。
お節介なのかもしれない。でも私自身、何故そこまでするのか解らないけれど今はこの場をなんとかしなければならないし、この青年の命を奪って解決。と言った野蛮で無粋な事はなるべくしたく無い。
「俺は気にいらねぇ貴族を殺して賞金首になった。それからは一人で旅をしてきた。だが、そんな俺にも恋人がいる。優しい奴で、自分がどんな苦境に立たされていても俺のことを第一に心配してくれた」
二人のやりとりを聞こうと、避難した村人達が恐る恐る警戒しつつ、ある程度の距離を保ちながら、意地の悪い好奇心を募らせ近寄ってきた。
「だがな! 何の罪も無い彼女が軍所属の兵士に襲われて、やっとのことでこの村に逃げ延びたのに、ここの村人達は深手を負った彼女を軍隊に突き出したんだ! 俺は軍も許せないがそれ以上にここの村人が許せないんだ!」
「それで復讐をしにきたわけね。でも、どうしてあなたの恋人は軍隊に襲われたの?」
「彼女は天使と人間の間に生まれた。……ネフィリムだからな!」
セラフィムは少し動揺したが、何故そうなったかの理由を悟った。
ネフィリムとは天使と人間との間に出来た子供のことである。
天使は他の種族や個人に対する愛や体を交えることを禁じているので、罪を犯した天使の子供として、天使派と悪魔派の両方から迫害されてきた。
また魔法の実験体や、生態研究の為の捕獲、さらには貴族の奴隷としての人身売買により、ネフィリム狩りが激化してしまい今もそれらは続いている。
「何にも悪い事をしてねえのに、他の人間に虐げられて、あげくの果てに魔法の研究だとかで人体実験されるんだぜ? ネフィリムだという事さえなければ、平穏に暮らせたはずなのにな! あんたら普通の人間には解らないだろう! ネフィリムがどんな思いをして生きているか!」
「……解っているよ」
その時、今までセラフィムの体の後ろに隠れていたセレーネは前にゆっくり出て青年に話しかける。その眼差しは、どしゃぶりの雨空の様に重く、悲しみに満ちていた。
「小娘が! おまえに何が解る!」
青年はセレーネの発言に対して強気な態度で声を張り上げて言い返すが、セレーネも同じ様に声を大にして青年へ自身の思いを伝えた。
「私は人間だけど、天界に住んでいた頃、他の天使達はみんな私を変な目でみていたんだよ……? でも! それでもセラフィム様がいたから明るくできたもん! こんなことしたって、あなたの好きな人は喜ばないよ……?」
セレーネはこの男の主張、考えに酷く共感していた。
物心ついた時より、彼女は人間でありながら天界の住人であった。彼女は人間という事で他の天界の住人から迫害されてきたのだ。
境遇は違えど、多数から疎まれ蔑まれてきた生活の辛さを、セレーネも解っていた。
セレーネの心の叫びを聞いていたセラフィムは何かを思い出したかの様に、悲しい表情をする。
今青年がやったような事をしても駄目だった、暴力に訴え、気に入らないモノを全部壊しても、何も残りはしないのだ。
「ふむ、似たもの同士。共感できるのか?」
「私も、天界を追放された身です。あなたの事は知りませんが、あなたの恋人のことならきっと解るはず」
少女の真っ直ぐな思いは青年に伝わったのか、剣を鞘におさめ、腕を組んで少し考える、この場のぴりぴりとした緊迫感が薄れていく。どうやら戦う意思は無くなった様だ。
「……ふっ、ふふっ」
青年は突然静かに笑い出す。
今までに無い行動が、周囲の村人を驚かせるがセラフィムとセレーネは動じなかった。
「理解者は結局人間で無いものってわけか、天界に住んでた人間と追放された天使か、まあ、それもそうだな」
少し笑い、その後ため息をついた後、男の顔が再度真面目になる。その今までとはまた雰囲気の異なる真剣な表情は何か強い決意を示すのに十分だった。
「あんたらに頼みがある」
目の中の強い光は、何か成そうとする強い意思を表すかのようである。
「俺の恋人救出を手伝ってくれないか? 正直、俺一人ではつらい。だがあんたらなら信頼できる、あいつのことも解ってくれたあんたらなら! 頼む! 俺の大事な人なんだ! 助けてくれ!」
男は大きく頭を下げ、セラフィム達に協力を願った。
セラフィムは目を閉じ考える。
このまま一緒に行けば、間違いなく目立つ行動となり、私とセレーネが追っ手に見つかってしまう、そうなればこの人間も、仮に救い出せたとして恋人も、全員処断されてしまうであろう。
でも、何故か放っておけなかった。
天使は本来、自身の神性、すなわち己が神の使いである誇りと尊厳を持っている。故に自身より下等な生命体にはまるで見向きもしないし、気まぐれでも助けたりはしない。
仮に助けたとして、それは我が主の為、利益になると考慮された場合のみである。
「……わかりました 協力しましょう」
「そうか助けてくれるのか! ありがとな! 俺の名前はバーン。あんたらの名前は何て言うんだ?」
「私の名前はセフィリア。そしてこの子がセレーネです」
セラフィムの自己紹介にあわせてセレーネは軽く頭を下げた。
その時、セレーネはふとセラフィムの顔を見る。
また不安げそうな表情をしている。たまにこういう顔をする時があるけれど、どうしたのかなー?
体の調子わるいのかな?
「よっしゃ! 国の軍隊の拠点となる砦がこの近くにある。俺が調べた情報だとそこにいるらしい。今すぐにでも救出に向かうぞ!」
「何じゃ! 勝手に纏まりおって! わしの家が、財産が全て無くなってしまったのだぞ! どうしてくれる!」
円満に解決した最中、一人村長が不満を言い放った。
この男の襲撃によって村長は村人以外の全てを失ってしまったのである。
「あなたはしてはいけない事をしてしまったのです。これはその報い……」
「報いじゃと? その男の恋人を売ったことか? この世界は地位と金じゃ! そんな当たり前の事が解らないあんたはさすが天使様じゃな!」
確かに人間界の貨幣の価値に興味がなかった。そんな物を必要とした事は数数えるほどだ。
しかし地上で生きていく上で、他の誰かを犠牲にしてでも金銭を得ようとした。そう考えれば解らないでもないけれど、セラフィムは何故か虚しい、悲しい思いになっていた。
セラフィムらは皮肉と不平不満を主張し続ける村長を無視し、バーンの恋人救出へと向かった。