プロローグ
無事な物は一つも無かった。
焼けて灰となり崩れ落ちた家屋、破壊された水車、血だまりの中に倒れる人々、折れた武器、抜け落ちた天使の羽、醜悪な顔のまま微動だにしない悪魔。
そこは死と破壊の跡、本来人間たちが穏やかにすごすべきだった場所。
私は大事な人を手にかけてしまった。
尊い命を奪った感覚と罪の意識を残しつつ、壊れた心を抱いて天使は廃墟を彷徨う。
そしてこの場にもう一人。
この悲劇の序曲に巻き込まれた結果、両親を失った少女もまた、同じ様に廃墟を彷徨っている。
二人の心を写すかの様に空は黒雲に覆われていた。
「みんなぁ、どこぉ……」
赤ん坊のようなあどけない顔の金髪の少女は、まだ四つになったばかりだった。
何が起こったのかも解らず、知る術も持たずに大好きな父と母の顔を探し、目にはいっぱい涙をためながら瓦礫をのりこえて歩く。
「おとーさん、おかーさん……」
少女の悲痛な声だけが崩壊した街並みにこだまする。勿論、いくら呼んでも帰ってくるのは静寂と虚無だけである。
何も無い心細さと両親が居ない寂しさは、次第に少女の胸の内を侵食し、不安と言う名の影を拡大させていった。
「……うう」
少女は懸命に堪えた。泣かないようにぐっと口をつむり、涙がこぼれないように目に力を入れながら決死の思いで耐えて続けた。
「ふえ~ん!」
しかし、ついに耐え切れず泣き出してしまう。
今までの我慢の反動か、顔を真っ赤にして枯れるほどの大声で、目からはたくさんの涙粒を落としながら泣き続ける。
しかし、少女がどんなに泣いても、どんなに叫んでも、その悲痛な思いに廃墟は何も答えてくれないし、誰も何の反応も返ってこない。
それでも少女は諦めず、泣きながら両親を探して街を彷徨い続けた。
……やがて廃墟には細かい雨が降り始める。
しとしとと、優しく降る雨は一人ぼっちになった少女を慰めているようにも見えた。
「ひっく……、ひっく……」
少女はそんな雨に甘えるかの様に、その場にゆっくりと座り込んでしまう。
探す為にたくさん歩いただろう。
見つかる為にいっぱい声も出しただろう。
……孤独から救って欲しくて今までで一番泣いただろう。
でももう、それらの行為を継続する元気はこの少女に残っていない。全てを諦め、疲れ果て、その場で目をゆっくり閉じていく……。
この先に待つのは、幼き少女の呆気無い最期……、のはずだった。
なんだろう。だれかいるのかなあ……。
ふと少女は何気なく顔を上げると、目の前には見たこともない美しい女性が立って視線を落としてこちらを見ていた。
腰まである栗色のロングヘアーは雨に濡れて重々しさをあらわし、色白な肌に透き通ったエメラルドグリーンの瞳は少女と同じ様に涙に濡れている。
すらっとした体に赤黒く汚れたホルターネックの白いドレスを纏い、左腕には銀のアームレットをつけ、そして背中には肌やドレスの本来の色に負けない程の純白な一対の翼が生えている。
「……ごめんなさい」
翼の生えた女性はとても悲しい表情をして、少女に謝罪した後、優しく包み込むようにそっと抱いた。
「私のせいで、こんなに悲しい思いをさせてしまって……」
すごくあったかいなあ、やらかくって、やさしくって。
おかあさんとおなじかも……。おかあさんなのかなあ?
なんかすんごくねむくなってきちゃった……。
優しい天使の抱擁に身を委ね。少女はそのまま眠りについてしまった。