悲しまないで
裕一は、ある夜に突然見た夢の中で、雪乃の死を告げられる。急激に回復をしたのが、雪乃のお陰だったと、今やっと気づく裕一だった。
ある日、急に裕一は夢を見た。
それが夢だと分かったのは、自分の姿が、病院の寝間着に、裸足だったからだ。
(ああ、これは夢なんだな)
「ここ、どこだ?」
足の裏に感じる、柔土の感触がいやにリアルで、裕一は周りを見まわす。
どうやら、森の中にいるようだ、そこかしこに蔦が茂っていた。
道を歩いていた裕一は、大して遠くない場所に、光を見つけた。
裕一は、光を見るうちに、なぜか不思議な気持ちになるのを感じていた。
(なんだろう、温かくて、なんか…愛おしいような)
「雪乃?」
(あれ、どうして雪乃を思い出すんだろ?俺、あいつに会いたいのかなぁ)
不思議な夢は、それから一月以上続き、ある日を境に、ぷっつりと見なくなった。
「光が弱い、もしかして、遠ざかってるのか?おい、待って…待ってくれっ」
そこで、目が覚めた。
(なんて不吉な…それに、なんだ、この胸騒ぎは)
裕一は、強く、強く布団を握りしめた。
そう言えば雪乃、あれから一度も来なかった。
なにか、あったんだろうか?
「こりゃ驚いた…奇跡だよ!」
再度裕一を診た医者は、驚きの声を上げた。
「え!?まさか…嘘ですよね、そんな」
「もう、すっかり完治していますよ、データにも、ほら。退院も無理じゃありません」
「は、はぁ…どうも」
目の前に広げられた、自分のデータ。
血液がん数値も、全てが正常値。
そんな。
そんなはずはない…。
肺ガン、それも末期のものだったのに…。
不思議なことに、死病だったはずの裕一は、すっかり完治していたのだった。
退院を済ませた日の夜、裕一は再びあの夢を見た。
うす暗い森の中を、裕一は一人で歩いていた。
しかも、パジャマのままで。
「ああ、この夢か…ずいぶん久し振りだな。なんだ、奥の方が、やけに明るいぞ?」
裕一は、明るいへ、明るい方へと進んでいった。
進んで行くに連れて、なにかが、もの凄い勢いで向かってきて、ぴたりと裕一の目の前で止まった。
【お前、裕一だな?】
向かってきた何かは、白い、大きな狐だった。
「なっ、キツ…ネ?が喋ってる、夢なんだろう?これ」
【さぁな、ついてこい。こっちだ】
スタスタと、足早に歩いていくキツネに戸惑いながら、裕一は後をついていった。
大きなキツネに導かれていくと、林の奥がほんのりと明るく、よく見ると、たくさんの人たちが集まっていた。
「どうしたんだ?何が始まるんだよ」
きょろきょろと、回りを見回す裕一。
集まった人々は、沈んだ表情で、一点を見つめている。
【見ろ】
皎が、そっと裕一の背中を押した。
人々の中心には、ひときわ輝く、白狐が横たわっていた。
「雪乃!どうしたんだっ、病気なのか!?」
【雪乃は、死んだよ…】
いつの間にか、人の姿になっていた皎が、横たわる雪乃の傍に突っ伏したまま、沈んだ声で裕一に言った。
「妖怪だろ!?雪乃が死ぬはずないっ、夢なんだろ?これ、なあっ」
裕一は、へたへたと座り込む。
【俺たちだって死ぬ…ただ、他より寿命が長いだけのことだ】
「どうして…」
【雪乃は…あいつは、お前に命を与え尽くしたんだっ!助かる見込みのなかった、お前を助けるためにっ】
茫然と呟いた裕一に、我慢できなくなった皎は、つい怒鳴り散らしてしまった。
裕一は、その時、全てを悟った。
雪乃に逢うたび、元気になる気がしていたのは、雪乃自身が、自らの命を削って与えていたから。
雪乃が最後に見舞いに現れた日、彼女は様子を見に来ただけだと言っていなかったか。
全部、お前が持っていってくれたんだな?
【あいつ、言ってたよ…悲しむなって】
「そう、だったのか?ごめん、ごめんな…。俺、何も知らなくて、全部…お前のお陰なのに」
わっと、泣き崩れた裕一は、まだ温かい雪乃の頬を、そっと撫でた。
「十夜だ…月が十二巡ったら、また会える…。その時まで、道は塞ぐよ」
皎は、静かに雪乃を抱きあげると、スッと深闇に溶けていった。
「また会えるって、ま、待ってくれ、おいっ、おーい!」
濃い霧に視界が遮られたように、急激に目の前が曇り、ついに、なにも見えなくなった。
裕一は、枕元でけたましく鳴った目覚まし時計に、はち切れんばかりに目を開いた。
そこは、いつも見慣れた自分の部屋。
部屋の中は、分厚いカーテンのせいで薄暗い。
「夢…十夜、か」
裕一は、雪乃の家の前まで、散歩がてらに歩いてみることにした。
除雪されていない道路は歩きづらく、何度か躓きそうになる。
「あ〜…だいぶん鈍ってるなぁ」
踏みつける足元が、しみた水気に、つんと痛かった。
「な、なんだこれ!?」
雪乃の家の前に足を踏み入れた裕一は、目を見張らずにはいられなかった。
本当なら、雪が積もっているはずなのに…。
彼女の家には、少しもその様子がない。
‐‐――‐止まってしまったんだ、ここの時間は。
主を亡くした、この場所は…。
「ごめんな、雪乃」




