八
小金井達治のダンボールハウスの中で、来生は生活保護申請のため、小金井の個人情報をせっせとノートに書き留めた。
そして他のホームレスにも声がけするべく、来生と瑞希は、小金井のダンボールハウスから出てきた。
すると一緒に、小金井もダンボールハウスから出てきた。彼は、瑞希と離れがたい心境になっていた。
小金井が自らのダンボールハウスから出てみると、そこに十数人のホームレスたちが固まって立っていたので驚いた。そして、普段はまったく他のホームレスとはコミュニケーションしない小金井であったが、そのときはなんとなく、他のホームレスたちに向かって、ペコリと頭をさげた。
「パンチラ見た?」
そんな小金井に、六十五歳のホームレス──新庄時貞が、そう声をかけた。
「うん、バッチリ見たよ」
小金井は照れ臭そうに、そう返事をした。
「もしかして、あんたも見たの?」
「見た見た。いやー、エロいね。グフフ」
そういう新庄は、喜色満面だ。
「もしかして、この人たちもみんな?……」
十数人固まっているホームレスたちは、みな一様に鼻の下を伸ばした、デレデレした顔つきをしていた。
「おう、みんな見たんだよ。フフフ、われら、パンチラ同盟だ!」
新庄はそう叫んだ。するとその場にいたホームレスたちは皆、ガハハと大爆笑した。
(パ、パンチラ同盟……)
小金井は呆気に取られた。そしてその集団と一緒に、瑞希の後を、ゾロゾロと付いていった。
小金井は、普段は他のホームレスたちとは一言も会話しないし、挨拶もしない。しかし久しぶりに若い女性のパンティを見て、小金井はひどく興奮していた。そして我知らずベラベラと、周りのホームレスたちと会話していた。
他のホームレスたちも同じである。みな一様に、ひどく興奮しているようだった。
来生と瑞希は、次々とダンボールハウスに入っていった。
そして数分後、彼らがハウスから出てくると、それに続き、そのハウスに住むホームレスも一緒に外に出てきた。そして出てきたホームレスも小金井と同様に、集まっているホームレスたちを見て、目を丸くした。
「パンチラ見た?」
今度は満面の笑顔の小金井が、そのホームレスに声をかけた。普段は無愛想な小金井が、まるで別人のように社交的になっていた。
「え? 見たけど……もしかして、あんたもかい?」
「見た見た。いやー、ヨダレが出たよ。ガハハ」
小金井は明るく笑った。
「もしかして、ここにいる人たちみんな……」
「そうなんだ。みんなパンツを見たんだ。われら、パンチラ同盟だ!」
小金井がそう叫ぶと、その場の全員がゲラゲラと笑った。
新たなに加わったパンチラ同盟の一員も、すっかり興奮しており、浮き浮きとしていた。
そんなホームレス集団に、朝の痴漢が近づいてきた。彼は、朝に瑞希に痴漢して、その後、ストーキングをした男である。
「これは一体、なんの騒ぎですか?」
その痴漢──田村義博は、ホームレスの一人にそう尋ねた。
振り向いた汚い顔をした初老の男──小金井達治は、少年のように、満面の笑みを浮かべていた。
「パンチラ同盟だよ!」
小金井は、そう叫んだ。
しかし田村はそれを聞いても、意味がわからない。しかし、そこに集まっているホームレスたちが、なにかでひどく盛り上がっていることだけはわかった。
彼はホームレスたちに混じって、北原瑞希が入っていったダンボールハウスの入り口を眺めていた。するとしばし後、腰をかがめた瑞希が、そこから出てきた。
「おおっ!」
男たちからどよめきが起こった。瑞希のスカートの奥から、ピンク色のパンティがチラリと見えたのである。
それに田村は見惚れた。
その肩に、誰かの手がかかる。それは先ほど声をかけた、小金井であった。
「わかったかい? これがパンチラ同盟だよ」
そう言った小金井は、満面の笑みを浮かべていた。
「うーむ……」
田村は唸った。
ダンボールハウスからは瑞希に続き、来生公平も出てきた。彼はよれよれの服を着て、卑しい顔つきをしている。先ほど事務所の前で田村の顔を睨みつけ、彼を無言で追っ払った男である。
来生の後からは、ホームレスらしき、汚い身なりの男が出てきた。その男は興奮しきった顔つきをしていた。
「パンチラ見た?」
その男に、ホームレスの一人が、そう尋ねた。
「見た見た、バッチリ見た!」
そう叫ぶ男は、最高の笑顔を浮かべていた。
「よしよしよし、われら、パンチラ同盟なり!」
尋ねたほうのホームレスは、はしゃいでそう叫んだ。
(なるほど……)
それを見た田村は、〝パンチラ同盟〟を完全に理解した。
田村は、コソコソと身を隠した。
彼は、瑞希にも来生にも顔を知られていた。彼は電車の中で瑞希に痴漢して、その後もフラフラと瑞希の後をつきまとった。
そして瑞希は、とある建物の中に入っていった。そしてその数分後、その建物の前に来生が降りてきた。そして来生は無言で田村を睨みつけ、彼を追い払った。
事務所の建物には、〝竜宮ファミリー〟という看板が立っていた。田村は、その名前をネットで検索した。そしてそこが、生活困窮者支援の慈善団体であることを知った。
来生から一度は追い払われた田村であったが、再び建物の前に戻ってきた。そしてこっそりと、建物の様子を伺っていた。
すると建物から、瑞希と来生が出てきた。そしてどこかに向かって、歩き出した。
それを田村は尾行した。すると、この公園に辿り着いた。
瑞希たちは、公園内に点在するダンボールハウスの中に、出たり入ったりを繰り返していた。出てくるときには、中にいた者も一緒に出てくることもあった。そして出てきた者は、みんな瑞希たちについてきた。それがどんどん増えていき、今では二十人くらいになっていた。
そして彼らは嬉々として、
「われら、パンチラ同盟なり!」
などと、叫んでいるのである。
まるで狂人集団だ。
しかしそんな楽しそうなホームレスたちが、田村には羨ましく思えた。
「あのー……」
田村は、小金井に声をかけてみた。
「ん、なに?」
小金井は、上機嫌そうである。
「そのパンチラ同盟なんですけど……、僕なんかでも参加できますか?」
「は?」
小金井は不思議そうに、田村を見た。そして周りに叫んだ。
「おーい、この兄ちゃんが、パンチラ同盟に入りたいんだってよ!」
それを聞き、ホームレスたちは大爆笑した。
「あんちゃん、普通の人じゃないか。ダメダメ」
そう言う者もいれば、
「まあまあ、いいじゃねえか。パンチラさんは共有財産だぜ?」
そう言う者もいた。
〝パンチラさん〟というネーミングを聞き、みんなは大爆笑した。
「いいね、〝パンチラさん〟。うん、それでいこう!」
一人が、そう叫んだ。
「しかしよう、お兄ちゃん。なにか手土産の一つでもないのかい? タダでパンチラ同盟に入れてもらおうなんて、ちと虫が良すぎはしないかい?」
笑いながら、そう言い出す者もいた。
「手土産とは、具体的に何を持ってくればよろしいですか?」
田村は汚い男たちに卑屈な笑顔を向けて、そう尋ねた。
「酒だ酒、酒もってこい!」
「そうだそうだ!」
「酒だ酒、酒酒酒!」
ホームレスたちは爆笑しながら、そう叫び始めた。
「は、はい! ただいま!」
田村は、すぐに走り出した。
そしてコンビニで、ごっそりワンカップの日本酒を仕入れてきた。手に持った大きなビニール袋はパンパンで、今にもはち切れてしまいそうだ。
公園に戻ってきた田村は、さっそくホームレスたちにそれを配り始めた。
「おー、兄ちゃん、ありがたいねえ」
「いやー、うれしいねえ」
「すまんねえ、兄ちゃん」
ホームレスたちは大喜びである。
「これで僕も、パンチラ同盟に入れてもらえるのでしょうか?」
おずおずと、田村はそう尋ねた。
「うん、いいよな、みんな?」
一人のホームレスがそう尋ねると、
「構わん構わん」
「よっしゃよっしゃ」
「じゃあ俺たちは、義兄弟のちぎりだ!」
などと、それぞれが叫び始めた。
「先輩がた、ありがとうございます!」
田村は入会が認められた気配を感じ、嬉しそうにそう叫んだ。




