六
(ああ、しんどい……腰が痛い……)
五十九歳の小金井達治は、苦しんでいた。
彼は、この公園にいるホームレスの中では、まだ若い方である。七十代、八十代のホームレスも大勢いる。
ホームレスになってしまったら、もう、いつ死んでもおかしくない。病気になっても金が無いので、病院にはいけない。健康保険証も持っていない。
ボランティア団体の炊き出しだけでは足りない。毎日、飯を食うだけで精一杯である。
飲食店やスーパーのゴミ箱も、よく漁る。そして、すぐに下痢になったり、嘔吐したりする。
それでも食わなければいけない。食えるものなら、なんでも食う。
まるで野良猫のような生活だ。みるみる痩せ衰えていく。
すべての仕事が務まらなかった小金井は、ホームレスもまた、務まらない。彼は、ホームレス社会からも、完全に孤立していた。
しかしもう、逃げ場はない。
今度の退職は、〝死亡〟という形になる。
死ぬのはさぞかし苦しかろう。
それは怖くて仕方がないが、しかし、どうしようもない。誰もが一度は通る道である。人生最後の試練だと思って、頑張って死んでいくしかない。
その一方、まだ助かる道はある。
それは犯罪を犯すことである。
殺人でも犯せば、刑務所に入れてもらえる。そこで、衣食住は確保できる。
死ぬまで刑務所でやっかいになれば、死ぬときの面倒も見てくれるだろう。
しかし気の弱い小金井には、犯罪行為なんてできない。
思えば悪いことなんて、何一つしてこなかった。
とにかく真面目で、不器用だ。あまりにも不器用すぎた。
ホームレス社会でも、完全に孤立してしまっている。
みんなで協力して空き缶集めをして、金を稼いでいる連中もいる。古雑誌を売ったり、ボランティア団体の雑誌を販売して手数料をもらっている連中もいる。
そういう連中の仲間に入れてもらえれば、こんなに苦しい思いをしなくても済む。
しかし、ここでも小金井の人間関係の苦手さが出てしまっていた。極力、人とは関わりたくない。人が苦手である。
だからもう、ほっといて欲しい。早くこの世からリタイアしたい。
小金井の頭の中は、そんな思いでいっぱいになっていた。
「こんにちはー」
そんな小金井がダンボールハウスの中で寝っ転がっていると、外から声が聞こえてきた。
やれやれ、またいつものボランティア団体の人間が来たらしい。
「よっこらせっと……」
小金井は、面倒くさそうに身を起こす。
いつも来る、来生とかいう、図々しい奴だろう。
いつも勝手にハウスの中を覗き込んでくる。
今回もやはり、無遠慮に覗き込んできた。
その来生の顔を、座ったまま、うんざりした目で見る。そして、むりやり笑顔を浮かべる。
来生は嫌な奴だが、ビスケットとかおにぎりとか、いろいろと食い物をくれる。だから最低限のいい顔を見せる必要がある。
「お体の具合は、いかがですか?」
「まあ、ぼちぼちだね」
「入ってもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ……」
来生が、狭いハウスの中に入ってきた。
その後ろから、知らない女が続いた。
(うっ!)
小金井は呻いた。そして、目を見張った。
狭いハウス内、腰を落としながら入ってくるその女は、短いスカートを穿いていた。そして、そのスカートの奥から、ピンク色のパンティが見えていた。
むっちりとした太腿も堪らない。そして巨乳である。
ハウス内は、甘い女に香りに満たされた。
「こ、この人は?」
来生に尋ねた。
「あー、この方は、今日からボランティアに参加してもらうことになりました、北原さんです」
「はじめまして。北原瑞希ともうします。よろしくお願いします」
パンチラ美人は、にっこりと微笑む。
ハウス内の中で正座して、短すぎるスカートの奥から、ピンク色のパンティがずっと見えていた。むっちりとした健康的な太腿も、むき出しになっていた。
(うほ……)
小金井は、涎が出そうになる。
人間関係が苦手な彼は大の人間嫌いだが、美人だけは大好きだ。長らく忘れていた彼の性欲が、呼び覚まされていた。
「お腹すいてるでしょ? どうぞこれ、召し上がってください」
来生が、ビスケットを差し出した。
小金井は、それをありがたく受け取り、さっそくボリボリ食べ始めた。
その視線は、瑞希の股間に釘付けである。
瑞希は、その視線に気づき、恥ずかしそうに赤面した。そしてスカートを押さえ、下着を隠した。
(ああっ……)
小金井は、残念そうに唸った。
まさに、掃き溜めに鶴。こんな汚い場所に、こんなに美しい女性が舞い降りるとは……。
普段はむっつりして、ほとんど会話をしてくれない小金井の様子が、いつもとは全く違うことに、来生は気付いていた。
小金井は、明らかに浮き浮きとしていた。ジロジロと舐めまわすように、美人を視姦し続けていた。
その熱視線を受けて、瑞希は居心地が悪そうに、モジモジしていた。
「しかし小金井さん、こういう生活もさぞかしお辛いでしょう。一度、生活保護の申請をしてみませんか?」
いつもと違って、心を開いているように見える小金井に、今まで何度もしてみた提案を、来生はまた繰り返した。
いつもなら返事はもらえない質問だ。小金井はいつも困ったような苦笑いを浮かべるだけで、決して返事をしてくれない。
しかし、この日は違っていた。
「いやあ、こんな風になってるの、弟なんかには絶対に知られたくないからねえ……」
瑞希への視姦に夢中になったまま、小金井はボソリと呟いた。
「なるほど……そういうご事情があったんですね。でも、お身内の方に知られないように手続きを進めることも、可能かもしれませんよ? ダメもとで、申請だけしてみませんか?」
「家族には秘密にしてもらえるのかい?」
「……ご事情を福祉事務所の担当者に話せば、できるかもしれません……」
「へえ、そうなんだ……。それで、もし申請通ったら、いくらくらい貰えるものなの?」
「そうですね……少なくとも、月十万円以上は貰えると思います」
「そんなに貰えるの? それは凄いね……」
そう会話する小金井は、ほとんど上の空である。瑞希への視姦に夢中になり、その股間は膨らんでいた。
(くふふ。このおっさんも、ど助平だねえ……)
来生は内心で嗤う。
「じゃあ、申請だけしてみます? もし金が入れば、アパート借りて、たまには女の子とデートなんかもできるかもしれませんよ。ねえ、北原さん?」
「え? はぁ、そうですね……」
いきなり話を振られ、瑞希は、しどろもどろに答えた。
彼女は、さっきからずっと小金井の熱視線に晒されて、ひどく居心地の悪い思いをしていた。
「じゃあ何かい? 申請通ったら、この人なんかとも、デートして貰えるのかい?」
デレデレ顔の小金井は、おどけたように、そう尋ねた。
至近距離で、太腿丸出しのミニスカ巨乳美女が、正座しているのである。悩ましい女の香りを、プンプンと発散させている。小金井はまるで、高級キャバクラ嬢に出張接待してもらっているような気分である。
「北原さん、もしこの方が申請通ったら、一回お茶を付き合うくらいだったら、別に構わないよね?」
来生は、目をパチパチとウインクさせる。「話を適当に合わせてくれ」という意味の目配せである。
「はぁ、別に構いませんけど……」
「うひっ、ほんと?」
小金井は、子供のようにはしゃいだ。
「じゃあ、申請しますか?」
来生が尋ねると、
「するする! するよ‼︎」
嬉々として答えた。
そのようにして、小金井達治の生活保護申請の手続きが始まった。
来生はそのために、小金井の個人情報を詳しく尋ねはじめた。いつもは無口な小金井が、今は上機嫌で、聞けばなんでも教えてくれた。
(うーん、しかし……、美人が一緒だと、全然態度が違うなあ……)
来生は驚いていた。




