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 瑞希は立ち上がり、改札口へと向かった。

 色々と恥ずかしすぎて、すべてのことから逃げたい。そんな気分である。痴漢に遭ってしまったことも恥ずかしいし、変な中年男からスカートの中を覗かれてしまったことも恥ずかしい。

 改札を出て、スマホで地図アプリを見た。

 そして、ボランティア団体──竜宮ファミリーの事務所を目指して、歩いていく。

 そんな中、誰かの視線を感じていた。ふと後ろを振り返ってみると、案の定、先ほどの中年男が、後からついてくる。

(なんなのあの人……。もしかして、あの人が痴漢⁉︎)

 そんな疑いが生じる。

 たまたま歩く方向が同じなだけかもしれない。

 どっちにしろ、あんな男に後ろを歩かれるのは、気味が悪い。瑞希は自動販売機で立ち止まり、何か買うフリをした。そして、後ろの男を、先に行かそうとした。

(やだ……)

 しかし後ろの男は、等間隔を保ったまま、立ち止まった。そして、わざとらしく、スマホをいじり始めた。

(これって、もしかして……)

 ストーカー?

 勘違いであって欲しい。とにかく、あの男から逃れたい。

 彼女は、コンビニに立ち寄った。そして、店内をゆっくりと一周してから、また外に出た。

 まだその男はいた。

 等間隔を保ったまま、彼女のそばから離れない。話しかけてくるわけでもなく、近寄ってくるわけでもない。ただ、ついてくる。

 気持ちが悪くて仕方がない。

(そんな……どうしてなの?)

 まるでわざとのようである。

 今まで一度も働いたことがない瑞希が、一念発起して、ボランティア活動をしてみようと思い立った。

 そして今日が、その初日である。

 初日から、痴漢に遭い、ストーカーにも遭うなんて。

 まるで運命の悪戯。運命から、わざと意地悪されているとしか思えない。

 もうこうなったら仕方がない。タクシーに乗って、ストーカーを撒くしかない。

 しかし、タクシーは、そう簡単には見つからない。

 早く行かないと、初日から遅刻してしまう。そして、常識のない人間だと思われてしまう。

(仕方がない……。もう、気にしないようにしよう……)

 頭を切り替えた。そして、一直線に、竜宮ファミリーに向かって進んだ。

 もう後ろは振り返らない。

(ついてくるなら、勝手についてくればいい……)

 そう開き直った。

 そして、事務所のある建物に到着して、階段を登り、ドアを開けた。

 そこは狭い事務所であった。応接セットがあり、机と椅子がいくつか置かれていた。

 職員は、一人だけいた。

「おはようございます……」

 瑞希は、おずおずと声をかけた。

 そこにいたのは、三十代半ばくらいの、痩せて、日焼けした男であった。

「あー、どうもどうも、北原さんですか?」

 男はそう言って、卑屈な笑顔を浮かべた。

「はい、北原です。よろしくお願いします……」

「よくおいでくださいました。ささ、どうぞお座りください」

 男は、応接セットのソファーを勧めてきた。

 瑞希はそこに座り、その対面に、男が座った。

「はじめまして。支部長の来生といいます」

 来生は、ペコリと頭を下げた。

「なんか、顔色が良くないですね。どうかされました?」

 オドオドした様子の瑞希を見て、来生はそう尋ねた。

「はあ、実は来るときに、痴漢に遭っちゃいまして……」

「え? 電車でですか?」

「そうなんです」

「そうですか、それは大変でしたね……」

「それだけじゃなくて、あの……」

「まだ何かあるんですか?」

「いえ、なんか……変な男性がついてきてるんです」

「え? 痴漢がですか?」

「痴漢かどうかはわからないんですけど、駅からずっとついてきてるんです……」

「ここまでついてきちゃいました?」

「途中からは後ろを見てないんでわからないですけど、たぶん……」

「あー、ストーカーですかねぇ……。じゃあ僕、ちょっと外を見てきます」

 来生は、席を立った。

 そして数分後、戻ってきた。

「確かになんか、それっぽい人がいました。四十歳くらいの、太ってる人ですか?」

「はい、多分その人です……」

「そうですか。でも僕を見たら、どっかに行きました。だからもう安心してください」

「そうですか、ありがとうございます……」

 瑞希はホッとした。

 彼女は、まだ何も働いていないうちから、ヘトヘトに疲れ切ってしまっていた。

 そんな瑞希を、来生はジロジロと見ていた。

(そんな格好してるから……)

 そう思わずにはいられない。

 超ミニのその格好は、まるで性犯罪者をおびき寄せるための撒き餌──欲求不満の若奥様といったような、挑発的な姿である。

 来生は、いけないとは思いながらも、瑞希の股間に目が釘づけになってしまっていた。

 ソファーに座った瑞希の短いスカートの奥から、ピンク色のパンティがずっと見えていたのである。ムチムチの白い太腿も、付け根ちかくまで晒されていた。

(うーん……)

 胸もとも豊かである。ノースリーブのサマーニットの盛りあがりが、巨乳をいやというほど強調していた。

 さらさらの黒髪、ぱっちりとした目、鼻すじはすらりと通って、朱唇はぷるぷる。口元から覗かせる歯も、輝くように真っ白である。

 なんとも色っぽい若奥様である。

(そんな格好で外に出ちゃダメだよ……)

 来生は、そう思ってしまう。

 そりゃあ、変な男に目をつけられ、フラフラとついてこられても仕方がない。

 来生自身も、性犯罪者タイプの人間である。過去には、痴漢もストーカーもしたことがある。年齢は三十七。性犯罪の前科があり、三十四歳のときはホームレスだった。

 そのときに、たまたま竜宮ファミリーのスタッフとして拾ってもらえて、それからずっとここで働いている。

 そして今では、支部長の肩書きをもらっている。

 しかし自分は、そんな大層な人間ではない。今でもホームレスに毛が生えた程度のダメ人間にすぎないと、来生は自覚していた。

 この仕事の給料は、極めて安い。しかし、元ホームレスの彼にとっては、今の暮らしは天国のように感じられていた。この仕事には、なんの不満もない。

(やだ、この人も?)

 来生がじっと自分の股間を凝視していることに気づき、瑞希は、スカートを手で押さえた。

 来生は、涎を垂らさんばかりの、デレデレ顔になっていた。しかし、下着を隠され、ハッと我にかえった。そして、ばつの悪そうな顔をして、瑞希に卑屈な笑顔を向けた。

「北原さんは、〝北原ファイナス〟の社長の娘さんなんですよね?」

「はい、そうです」

「いやー、お父様にはいつも大変お世話になっております。それで今回、ボランティアまでしていただけるそうで、すごく助かります!」

 来生は、満面の笑顔である。

 消費者金融会社の北原ファイナンスは、竜宮ファミリーに運営資金を提供している会社である。有志による寄付金もあるが、八割以上の運営資金は、北原ファイナンスが提供していた。

 そもそも竜宮ファミリーを作ったのは、北原瑞希の前世──乙姫瑠璃華こと、北原由美子である。それを、息子の章成が引き継いだ。

 それで、瑞希から、「ボランティアをしてみたい」と相談された章成が、竜宮ファミリーを紹介したのである。

「でも、私なんかに、何かお役に立てることありますか?」

 瑞希は、すっかり自信を失ってしまっていた。痴漢、ストーカーと続いてしまい、もう、今すぐ家に帰りたいような気分である。

「仕事はたくさんありますよ。猫の手も借りたいくらいです。まあとりあえず慣れるまでは僕にくっついて、仕事を見て覚えてください。それで仕事が合わないなと思ったら、いつでもやめていいですからね。出勤も自由です。来たいときだけ、来てください。疲れたら、いつでも帰っていいですよ!」

 来生はニコニコ顔である。

 瑞希は、スポンサー会社の社長の娘さんなのである。だから来生にとっては、彼女はお客様みたいなものである。ボランティアしてもらうのも、接待みたいなものである。

 だから大変なことなど、させるわけがない。戦力としても、まったく期待していない。それに、この感じだと、どうせ二三日で来なくなるだろう。

 彼は内心、そう思った。

「とりあえず北原さんにお願いしたいことは、ホームレスさんたちへの声がけとかですかね。それと、ビスケットなんかを配っていただきたいです。あとは適当にコミュニケーションですかね。なにか困ってることがないかとか、適当に聞いてください。まあ、平たくいうと、ホームレスさんたちと仲良くなってください。でも、無理はしなくていいですからね。基本的に、やりたくないことは、何もしなくていいですよ」

「はあ……」

「とりあえず、慣れるまでは、僕についてきて、見てるだけでいいです」

「わかりました……」

(見てるだけでいいんだったら、しばらく頑張ってみようかしら……)

 内心、もう明日からは来ないつもりでいた瑞希は、そう心変わりした。

 たまたま初日に嫌なことが重なってしまっただけかもしれない。

(しばらく通っていれば、だんだんと慣れてくるかもしれない。だから、そう簡単に諦めちゃダメ……。もっと頑張らないと、私、いつまでたっても一人前の大人になれない……)


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