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一四

 田村義博は、駅に向かう北原瑞希に付き纏っていた。一定間隔を保ったまま、彼女を尾行していた。

 ムラムラ感がとまらない。あの無防備な女を、なんとかしてやりたい。そんな思いでいっぱいの田村は、蛇のしつこさで瑞希をつけ狙っていた。

 あれはイージーな相手である。あれをモノにできないようでは、どうしようもない。根気よく食らいついていけば、必ずチャンスはある。

 田村はそう確信していた。

 彼には信頼できる仲間たちもいる。一緒に協力しあって痴漢している連中である。いざという時は、彼らの力を借りることもできた。

 田村は瑞希に、すっかり執着していた。胸がカッカと熱くなっていた。あの穢れなき肉感的な女を、必ずモノにしたかった。

 田村は現在無職なので、いくらでも時間はとれる。貯金もすぐにはなくならない。しばらくは自由に動くことができた。


 駅のホームで、二十代の若者が歩いていた。彼は瑞希を見かけ、ドキリと胸を震わせた。

「痴女?」

 一瞬、そう思った。

 瑞希のスカートがあまりにも短くて、横からの姿を一瞬見た時、白い臀肉が見えたような気がしたのだ。普通に歩いているだけでショーツが見えてしまうくらいの、信じられないくらいに短いスカートを穿いているように見えた。

 見たのは一瞬だけだった。すぐに瑞希は、人混みに消えた。

「どこに行った?」

 若者はその女のゆくえが気になって仕方がなかった。

 すらりと脚の長い女だった。だから、ことさらスカートが短く見えたのかもしれない。とにかく、驚異的にスカートが短かった。

 ずっと気になっていたら、いきなり目の前に現れた。

 再び驚いた。

 今度は痴女のようには見えなかった。その全身からは、高貴な気品と清潔感が満ち溢れていた。

 しかしその肉体は扇情的だ。胸と臀部は豊満で、ウエストはキュッとくびれている。強烈に雄を引きつける女体である。その気品と色気が、絶妙なギャップになっていた。それに若者は一発で魅了された。

 そしてその佇まいの中には、誰か守る者がいないと滅茶苦茶にされてしまいそうな、幼女のように無防備なところもある。

 ひどく勃起させる女である。誰もがその女を見ると、徹底的に穢してみたくなる。そんな、男の嗜虐心を猛烈に刺激する、垂涎ものの女である。

 その若者と同じようなことを、瑞希を見る男たちみんなが思っていた。

 痴漢に付け狙われ、男たちからそんな目で見られていることも知らずに、おっとりした性格の瑞希は、呑気にホームを歩いていた。

(ああん、もう……)

 朝の痴漢で懲りたため、満員電車を何本も見送った。しかし来る電車は、すべて満員電車である。これではもう、キリがなかった。

 帰宅ラッシュの時間帯である。乗客の数は、朝よりも多いようにさえ思えた。

 仕方なく、瑞希は電車の待機列に並んだ。そしてぼんやりしていると、電車がやってきて、後ろから押された。そして電車の中に押し込められた。立錐の余地もない、ギュウギュウ詰めの車内である。

(はー、まったく……)

 生活困窮者支援のボランティアはもうお仕舞いにしようと、瑞希は決めていた。明日からは、またしばらくのんびりするつもりだ。

(たった一日で辞めるなんて、情けない……)

 心の奥の声は、さっきからブツブツと批判的なことばかりを呟いている。瑞希は眉間にシワを寄せ、その声を聞いていた。

 心の奥から聞こえてくる、厳格な教師のような存在の語りかけは、昔からの馴染みのものである。そんな声が聞こえてくるのは、特別なことだとは思っていない。いわゆる、「心の声」というやつだ。誰もが聞こえてくるようなものだろうと思っていた。

 瑞希はすっかり不機嫌になっていた。痴漢、ストーカー、視姦、セクハラ発言など、さんざん嫌な目に遭った。だから、なにもかもに立腹していた。

(もうっ!)

 そんな瑞希をますます怒らせるように、右の尻肉に硬いものが当てられた。人の手の甲であると、一瞬で分かった。

(え? でもこれって……)

 瑞希は戸惑った。その感触が、朝の痴漢と同じものであるように思われたのである。

(まさか……)

 朝と同じ痴漢に、また痴漢されるなんてことが、ありえるだろうか?

 それを思う瑞希の背筋に、ぞくりと悪寒が走った。

(まさか……)

 まさか朝のストーカーが、まだ付き纏ってる?

 その可能性を思うと怖くなる。

 瑞希が戸惑っている間に、お尻を触るものの感触が、掌に変わった。

(うそでしょ……)

 その掌に、右の尻肉を揉み立てられた。

(うううっ……)

 その手つきは嫌らしく柔らかい。そして、はっきりとした特徴があった。

(間違いない、朝と同じ人だわ……)

 瑞希はすっかり怖くなってしまい、どうしていいのか分からない。歯を食いしばって俯いて、じっとその嫌らしい愛撫に耐えた。しかし、くすぐったくて仕方がない。少しでもその手から逃れようと、臀部をくねくねと動かした。

(ひえーっ、ちょっと待ってッ……)

 瑞希のそんな無抵抗な態度が、痴漢を増長させてしまったようだ。ふいに尻肉を揉む手が、二つになった。痴漢は後ろから両手を駆使して、尻肉を無遠慮に揉み立てはじめた。

(イヤアッ! こ、こんなことって……)

 ここまでする?

 その大胆さが信じられない。

 瑞希は思わず、後ろを覗いた。そして、ギクリと身を震わせた。

(う、うそ……、ヒイッ……)

 その目に飛び込んできた後ろの痴漢は、まさに朝のストーカーだった。

(ウワワワ、な、なんで? どうして……ッ)

 瑞希の動揺は激しい。

 そんな心の嵐をよそに、痴漢の手は、瑞希の尻肉を柔らかく撫で廻した。

(ひいッ、くっ……あっ!)

 ゆるゆるとお尻を撫で廻され、揉み立てられ、くすぐったさが高まっていく。

 そのくすぐったさが何か別の感覚に変化していく兆候も感じられ、瑞希の背筋は、ぞっと冷えた。

(うそでしょ……こんなことされるなんて、信じられない……)

 大胆すぎて、怖すぎた。ここまでやるなんて、信じられない。

 じんわりと、瑞希の目に涙が溜まっていく。

 しかしエスカレートは止まらない。痴漢の手は、むっちりした太腿にまで伸びた。

「ひいっ、ひううッ……」

(やめて……ヤメテエッ!)

 瑞希は脚をくねらせながら、涙の溜まった目を後ろに向けた。そして後ろの痴漢の目を真っ直ぐに見て、目で必死に、「やめてください」と哀願した。

 しかし痴漢はどこまでも無表情である。半泣きの彼女を無視して、その股間を、ぴたりとお尻に押し付けてきた。

(ヒウウッ……)

 痴漢は完全に調子に乗っていた。硬くなった股間をお尻に押し付けるだけでなく、両手を使って、さわさわと太腿を撫で廻した。

(あ、あんまりよ!……)

 瑞希はどうしていいのか、わからない。必死で目で「やめて」と訴えても、全然やめてくれないのである。

 そしてその撫で方もイヤらしい。女の官能を刺激するような、触るか触らないかのフェザータッチである。そんな風にさわさわと太腿を撫で廻されてしまうと、どうしても女体は妖しげな反応を示してしまう。

(よしひとさん……たすけてえっ……)

 思わず瑞希は、心中で夫に助けを求める。

 そんな瑞希のお尻に、硬い股間が、無遠慮に擦りつけられた。そして両手を大きく動かされ、太腿全体を撫で廻される。

 そして感覚は、まさに夫に抱かれているときの、あの甘い感覚に近づいていく。長く夫から放っておかれたその女体を、卑劣な痴漢が夫の代わりに可愛がりはじめていた。

(……そんな……)

 瑞希の頭の中が、ぽうっと桃色になっていく。ジンジンと、体が甘く痺れてくる。

(こんなの……ダメっ……あんまりよっ……)

「あんッ、ああン、あああンッ、ひいッ、ああン、はああンッ……」

 瑞希は甘く、喘ぎはじめた。その声が、だんだんと大きく外に漏れてきた。

「アンっ、アンっ、アンっ、うえー、ひうッ、えーん、はあンッ、えーん、えーん、うえーん、うえーん、やめてー、うえーん、ひえーん……」

 その甘い喘ぎ声が、だんだんと幼女のような泣き声に変わってきたので、痴漢は驚いた。そして慌てて手を離す。

「うえーん、うえーん、ひいーん、うえーん、あんまりよー、あんまりよー……。うえーん、ひいーん、うえーん、うえーん……」

 満員電車の中で、瑞希は前後を忘れて、幼女のように泣き出してしまった。

(わわわ、やべえやべえ……)

 痴漢は大慌てで、くるりと瑞希に背を向けた。

「ど、どうしたんですか?」

 瑞希に背を向けて立っていた前の男性が、振り向いてそう声をかけてきた。

「痴漢よ、痴漢ですぅー。うえーん、痴漢、痴漢よおー……」

 二十七歳の大人の女性が、突然、幼女のように泣き出したのである。

 車内は騒然とした。

 痴漢──田村義博はすっかり青ざめて、少しでもその場から離れようとした。

「うえーん、うえーん、痴漢、痴漢よおー、うえーん」

 瑞希は泣き続けた。

 電車内の人間は、顔を見合わせた。

「誰が痴漢したんだ!」

 善良そうな男たちが、怒鳴りはじめた。

「顔を見ましたか? 誰ですか?」

 いかにも正義感が強そうな男性が、リーダーシップを取り始めた。

「うしろ、うしろですぅー、ストーカー、ストーカーなんですぅー、うえーん」

 瑞希は泣き続ける。

 しかし、埒があかなかった。「後ろ」だけでは、犯人は特定できない。

「誰ですか、誰?」

 男たちは詳しく聞こうとするが、瑞希はメソメソと泣くばかりである。

 痴漢──田村はじわじわと、騒ぎの外へと逃げていった。彼の痴漢行為は、誰にもバレていないはずであった。

 しかし田村は、生きた心地がしなかった。

(……早く着け……)

 田村は、電車が止まるのを、ひたすら待った。

 電車が駅に到着した。

 まだ、北原瑞希の降りる駅ではなかった。しかし泣きじゃくる彼女は、その駅で降りた。そしてホームのベンチに座って、メソメソと泣き続けた。

「大丈夫ですか?」

「何か飲みますか?」

「家まで送っていきましょうか?」

 心配した数名の男性たちが一緒にその駅に降りた。そして、しばらく瑞希にあれこれと話しかけた。しかし瑞希はいつまでもメソメソと泣くばかりで、まともな会話が全くできない。そのため男性たちは一人一人、その場を離れていった。

 痴漢・田村義博も、一緒にその駅に降りていた。そして瑞希の目に触れないように、コソコソと遠くから瑞希の様子を伺っていた。

 一時間以上、瑞希はメソメソと、ホームのベンチで泣き続けていた。

(まったく、情けない……)

 瑞希の心の中から、彼女を批判する声が聞こえてきた。

(大の大人が人前でメソメソと……情けない……本当に情けない……)

 そんな心の中の呟きを聞き、瑞希はますます打ちひしがれた。

 確かに自分でも情けないと思う。二十七歳にもなって、ちょっと痴漢されたぐらいで、公衆の面前で幼女のように号泣してしまうなんて。確かにこれは酷い。自分でもそう思う。

(こんなに子供だったなんて……)

 自分は全然大人になれてない。それに気づき、瑞希はショックを受けていた。

 こういう自分の本当の姿に、何不自由なく生活している間は、まったく気づけない。家から半径二キロ以内だけの生活をしている間は、自分の弱さに気づく機会がない。

 しかし社会に出て、人と接して、色々と嫌な目に合って、本当の自分の姿が出てきてしまう。情けなく、弱く、幼く、二十七歳の大人の女性とは到底思えないような、情けない姿──

(悔しい……)

 瑞希は、打ちひしがれていた。何も成長することなく、大人になることもできず、年齢だけを重ねてしまった。

 それがひどく情けない。瑞希は打ちひしがれ、がっくりして、いつまでもベンチに座り込んでいた。

(うほっ……)

 そんな彼女をみんな、酔っ払った痴女だと思ったようだ。

 短いスカートからはピンク色のショーツが見えていた。まるで見せているかのように、しっかりと下着が見えていた。それを通り過ぎる男たちは、好色の目でチラチラと眺めた。

 田村はそんな彼女を遠巻きから、ずっと見ていた。

 彼の淫らな野心の炎は、まったく衰えていない。むしろ幼女のように泣き出した大人の女性を見て、彼はますます興奮した。彼の欲望の炎には、ますます油が注がれた。

(なにがなんでも……)

 田村は蛇のように執拗に、瑞希の体を狙い続けていた。

(大変……もうこんな時間……)

 瑞希がようやく落ち着いて、腕時計を見た時、すでに時刻は午後十時を過ぎていた。ずいぶん長い間、ホームのベンチに座っていた。

 そしてようやく立ち上がり、やってきた鈍行電車に乗った。

 それに田村も乗り込む。瑞希はまるで、田村に気づかない。

 その時間帯の鈍行電車は、ガラガラであった。いくらでも空席はあったが、しかし瑞希は椅子には座らなかった。ドアの前に立ち、夜景を眺めていた。

 田村は、そんな彼女を蛇の目で、遠巻きに見ていた。彼は全く懲りずに、再び痴漢を仕掛けるチャンスを伺っていた。

 瑞希はすっかり落ちついたように見えるので、また号泣されることはなさそうだ。だから彼女が椅子に座ったら、すぐにその真横に座ってやろうと思った。そしてまた、体を触るのである。

 田村の前ズボンは、熱々に膨らんでいた。どうにかしてやろうと、彼はやっきになっていた。

 しかし一人だけポツンとドアの前に立っている瑞希には、手を出すことができない。それは、あまりにも人目につきすぎてしまう。

 しかしもう、すっかり夜になっていた。根気よく瑞希についていけば、ひと気のない夜道を歩く機会もあるかもしれない。そのときに襲うことができるかもしれない。

 田村はそれを期待していた。それで粘り強く、瑞希に張り付いていた。

 一期一会である。ボランティアスタッフ──来生公平によると、瑞希はもう二度と来ないかもしれないという話であった。だから今、瑞希を逃してしまうと、もう二度と会えないかもしれない。

 田村は、それは絶対に嫌なのである。最後には号泣されてしまったとはいえ、こんなに易々と痴漢させてくれる女はいない。それにあれほどの美貌と色気である。こんな女には、もう二度と出会えないだろうと思われた。

(これは運命だ……)

 田村には、そんな風にも思われた。どうしようもなく強烈に、彼女に惹かれていた。

 これは只事ではなかった。

 もしかしたら、彼女とは前世では夫婦だったのかもしれない。そんな狂信的な考えも持ち始めていた。だから田村はどうしても、瑞希への付き纏いをやめることができなかった。

 電車が駅に到着した。

 北原瑞希はそこで降りた。田村も同じく降りた。

 瑞希は改札口を出た。そして足早に歩いてゆく。田村もそれについていく。

 田村は鼻息を荒くしていた。勝手の知らない土地ではあるが、公園の公衆トイレでもあれば、思い切って、そこに瑞希を引っ張り込んでやろうと考えていた。

 しかし街灯は煌々と照っており、公園も無かった。営業中の物流倉庫もあり、道中は活気があった。

 そして駅から十五分ほど歩くと、立派な家に到着した。瑞希はその家に入っていった。

 田村は、その家の前に立った。

 家の中で電気がついて、カーテンが閉じられた。

 旦那は単身赴任中だと聞いている。この立派な家で、彼女は一人で住んでいるようだ。

(思い切って、チャイムを鳴らすか……)

 ドアを開けてもらえれば、強引に家の中に侵入できる。そして、襲うことができる。

 しかし、ドアにはカメラがついているようだ。訪問者の姿は、ドアを開ける前に確認されそうだ。

(やめておくか……)

 とりあえず、自宅を知ることができた。それは大きな収穫である。

 後はなんとでもなりそうだ。とろそうな奥さんである。策はいくらでもありそうだ。

 とりあえず粘り強くストーキングを続けていく。そうすれば、必ずチャンスが来る。田村はそう思った。

(あーあっ……)

 無念そうな溜め息をつく。

 結局、この煮えたぎる欲望を解消することはできなかった。家に入られては、もうどうしようもない。

(仕方ない、今日は帰ろう。そして明日は朝イチで、家の前で張り込むことにしよう……)

 田村はそう決めた。

 そして明日も一日中、ストーキングに励む。もちろん痴漢もする。

(明日はパンツの中に手を突っ込んで、また号泣させてやるか。グフフ……)

 田村はそう思いながら、瑞希の自宅を後にした。


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