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一三

 北原瑞希がつい独りごとを言ってしまうのも無理はない。

 彼女の心の奥には、乙姫瑠璃華が棲んでいた。乙姫は瑞希の守護霊であり、瑞希の前世である。

 その乙姫がたびたび瑞希に語りかけてくるため、彼女は思わず、それに返事をしてしまう。それが独りごとという形になっていた。

 その乙姫が、瑞希の心の奥から、瑞希にたびたび語りかけていた。

 乙姫は情けなくて仕方がない。自分の生まれ変わりである北原瑞希が、今まで一度も働いたことがなく、今まで一円も稼いだことがない。その現実が、乙姫は悔しくて仕方がない。

 一体なぜ、瑞希はこんな情けない人間になってしまったのか?

 乙姫は、いつもそう嘆いていた。

 乙姫瑠璃華──本名・北原由美子は、昭和の吉原のカリスマ的な泡姫であり、風俗業界で一財産を築いた、優秀な経営者でもあった。

 もともと北原一族は、貧乏な農家の一族であった。それを乙姫が、その豪腕で、金持ち一族に引っ張り上げた。

 乙姫は風俗の仕事を自分の天職として、その業界で財を成した。

 そしてその財産を元にして、乙姫の息子──章成が、北原ファイナンスを設立した。

 しかし北原ファイナンスの経営状態は厳しい。章成は、乙姫から受け継いだ財産を、すでに大幅に減らしていた。

 つまり章成は、無能な経営者であった。

 そんな無能な経営者の章成が、乙姫の生まれ変わりである瑞希を、徹底的に過保護に育てた。母親の文香も、夫の子育て方針に従った。章成は経営者として無能であったばかりでなく、我が子の育て方に関しても無能な男であった。章成は瑞希を徹底的に甘やかし、瑞希を一人では何もできないような、弱い人間にしてしまった。

 子供の頃から瑞希の自立の芽は、両親からことごとく潰された。そして瑞希は今、保護者がいないと何もできないような、弱い人間に成り下がっていた。

 そして北原ファイナンスの経営状態は厳しい。

 過去に、貸金業法改正による過払い金返還請求の大量発生で、あやうく北原ファイナンスは倒産しかけた。そのピンチはなんとか乗り越えたが、その他にも多くの不良債権を抱えていた。

 北原ファイナンスは、乙姫瑠璃華の遺志を継ぎ、生活困窮者支援のボランティア団体・竜宮ファミリーに資金を提供している。しかし、本来はそんな資金提供ができるほど、余裕のある会社ではない。近いうちに、その資金提供は打ち切りになり、竜宮ファミリーは消滅する予定であった。

 北原ファイナンスは、表向きは景気の良い会社のように見えたが、実情はいつ倒産してもおかしくないような、厳しい経営状態になりつつあった。

 そして瑞希の夫──北原賢人である。

 婿養子として北原家に入ってきた賢人は、いかにも上品で善良そうな見た目だが、実は、とんでもないクセモノである。賢人は瑞希に隠れて、浮気三昧──愛人もいたし、その愛人との間には娘もいた。

 賢人は現在、大阪に単身赴任中であるが、その大阪で現在、愛人と家族同然の暮らしをしていた。賢人にとって瑞希との結婚は、すでに形だけのものになっていた。

 つまり瑞希は夫から、もう決定的に裏切られていた。

 それに瑞希は、何も気づいていない。

 夫の裏切りにも、北原ファイナスの経営状態が厳しいことにも、まるで気づいていない。

 瑞希は、自分は一生、金の苦労はしないと信じ切っているし、夫からの愛情も信じ切っていた。

 しかしそんな厳しい真実を、守護霊である乙姫瑠璃華は、すべて知っていた。

 だから乙姫は、悔しくて仕方がない。自分の生まれ変わりである瑞希のあまりの愚かさ、不甲斐なさ、鈍感さ、弱さが、乙姫は、本当に情けなくて仕方がない。

 乙姫は、いつも瑞希の心に語りかけていた。

 あなたは強い……自分を信じて……

 いつもそう語りかけていた。瑞希に、乙姫自身のような、逞しい人間になってほしかった。

 そんな乙姫の語りかけの甲斐があり、瑞希はとうとう社会に出た。彼女は生活困窮者支援のボランティアを始めた。そしてそれは彼女の自立に向けた、大きな一歩になるはずだった。

 しかしそれも、すぐに終わろうとしている。瑞希は色々と嫌な目にあって、もうすでに、めげそうになっていた。

 あきらめないで……あなたは強い……

 乙姫瑠璃華は瑞希の心に、そう語りかけていた。

 乙姫自身も、もともとはそんなに強い人間ではなかったし、優秀な人間でもなかった。

 しかし彼女にはガッツがあった。粘り強くて、諦めない女性であった。それで幾多のピンチや逆境を乗り越えて成長し、強くなり、一財産を築くことができた。

 世の中にはピンチで潰れる人間と、ピンチで強くなる人間がいる。そして乙姫瑠璃華は、後者であった。逆境やピンチが彼女を強くして、彼女はそこから多くを学んだ。

 そんな乙姫の生まれ変わりである瑞希もまた、ピンチに強い人間であるはずだ──


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