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一〇

「わっしょい! わっしょい!」

 ホームレスたちから、かけ声があがる。どこからかブルーシートが何枚も持ち込まれ、公園の片隅にそれが敷かれた。

 そのど真ん中に座らせられたのが、この日がボランティア初日の、北原瑞希であった。その隣には、にやけづらの来生公平が座っていた。

 そしてその二人を取り囲むようにして、二十七人のホームレスと、一人の痴漢が座っていた。

〝パンチラ同盟〟なる謎の集団が、この日に誕生していた。

 彼らは瑞希に、〝パンチラさん〟というあだ名をつけた。そして実際に彼女に向かって隠すことなく、パンチラさんと呼びかけていた。

 そんな不名誉なあだ名を勝手につけられてしまい、瑞希は火のように赤面し、身体を瘧のように震わせていた。

(これが社会に出るということなの?……)

 社会は厳しい。両親からは、何度もそう言われてきた。

「自立なんて、弱いお前には絶対に無理だ。社会は厳しすぎるからな。だからお前は働かなくていい。パパたちが一生守ってやるから、お前は一生、好きなことだけして生きていきなさい」

 父親は、瑞希にそう言っていた。

 そんな風に言われ、瑞希は反発したものだ。両親はあまりにも過保護すぎると、いつも感じていた。そしていつか機会があれば自分も社会に出て、立派にお金を稼いでやろうと思っていた。

 しかしそう思っているうちに、結婚して数年過ごし、いつの間にかもう二十七歳という、立派な大人の年齢になってしまった。夫との夜の営みは多かったが、子宝に恵まれることもなく、母親になることもできていない。

 そしてこのたび、ボランティア活動に参加した。そして今日が、その初日である。

 初日から何か色々なことが起こってしまっていた。痴漢やストーキングに遭い、そしていつの間にかホームレスたちから、〝パンチラさん〟などという恥ずかしいあだ名で呼ばれるようになってしまっている。

「私、そんなにパンツ見えてます?」

 思わず瑞希は、横に座っている来生に、そう尋ねてみた。

「そうですね……ごくたまにですけど……」

 来生はそう言って、ゲヘヘと笑った。

(あなたのパンツは、いつも見えてますよ!)

 内心では、来生はそう思う。

 穿いてるスカートがあまりにも短かすぎるため、ソファーに座れば、ずっとショーツが見えている。それが見られていると気づけば、すぐに手でスカートを押さえてショーツを隠すが、すぐにその手は緩み、またショーツが見える。

 今だってそうだ。男の視線を股間に感じるたびに、瑞希はスカートを押さえてショーツを隠すが、すぐにその手は緩み、またショーツが見える。

 まるでショーツをわざと見せているかのようだ。瑞希のことを内心、露出狂の若奥様だと思っている男たちも少なくない。

(まったく、おっとりした性格だよなあ。無防備というか、ガードが緩いというか……)

 瑞希は、ブルーシートの真ん中に座らされ、今はショーツは見えていないと自分では思っているが、場所や角度によっては、今でもチラチラ見えている。しかし彼女は、それにまったく気づいていない。

 そんな彼女の迂闊な下半身を、デレデレした顔つきで眺めながら、男たちはそれを最高の肴にして、酒を飲み続けていた。

 彼女を取り囲む男たちの中には、朝の痴漢・ストーカーの、田村義博も混じっていた。しかしすっかり舞い上がってしまっている瑞希は、それにまるで気づいていない。

 なんだかんだ言って、彼女は自分が中心になって、こんな風に寄ってたかってみんなからチヤホヤしてもらって、それで結構、喜んでいるようなところもあった。

 夫が単身赴任をしてからは、今まではずっと独りぼっちだったし、毎日ひっそりとした生活をしていた。

 しかしもともとは賑やか好きな性格で、学生時代は毎日がパーティーのような、賑やかな生活をしていた彼女である。異性の気を惹きたくて、いつも短いスカートを穿いてしまう彼女である。

 そんな彼女であるのだから、相手がホームレスとはいえ、こんなに大注目してもらえ、こんなにチヤホヤとアイドル扱いしてもらえ、嬉しくないわけがない。

 だから彼女もまた、ウキウキした気分になっていた。

 しかしもう、そろそろ終わりの時間になろうとしていた。彼女のボランティアは、午前九時から午後三時までの約束である。

 そしてそろそろ三時になる。だから彼女はソワソワしはじめ、腕時計をチラチラと見はじめていた。

 しかしみんな酔っ払って真っ赤な顔をしているし、隣にいる彼女のお世話役である来生もまた、自分のお役目をすっかり忘れてしまっていた。彼は酒をガブガブ飲んで、真っ赤な顔をしていた。だから、「じゃあ私はそろそろ……」とは、なかなか言えない雰囲気になっていた。

「パンチラさんは、ずっとこの仕事を続けるの?」

「どうしてボランティアをしようと思ったの?」

「旦那さんは何してる人?」

「どんな男がタイプ?」

「スリーサイズは?」

「おっぱいは何カップ?」

「初体験はいくつ?」

「好きな体位は?」

「週に何回くらいオナニーにしてる?」

「いくら払えば手コキしてもらえる?」

「歳はいくつ?」

「誕生日は?」

「血液型は?」

 酔っ払った男たちは、瑞希を質問責めにしていた。その他にも、「フェラチオして」とか「エッチさせて」とか、セクハラ発言ばかりである。そして卑猥なことばかり言われて真っ赤な顔をして、恥ずかしそうにモジモジしている瑞希を見て、みんな股間を熱々にしていた。

 時計の針は四時を過ぎ、五時を過ぎ、六時を過ぎた。そしてだんだんとあたりも薄暗くなってきた。

 田村の提供したワンカップは、すぐに無くなった。さらに新庄や他のホームレスたちが、とっておきの一升瓶やウイスキーなどを持ってきたが、それも全部飲んでしまった。

 ボランティアスタッフの来生公平は、ブルーシートの上で横になり、すっかりくつろいでいた。

「じゃあ、私そろそろ……」

 あたりが暗くなり始め、そろそろ男たちの酒の酔いも覚めはじめているタイミングを見計らって、恐る恐る、瑞希はそう声をかけ、腰を浮かそうとした。そしてその動作の中でも、バッチリとみんなにショーツを見せた。

「むふーっ……」

 男たちは唸る。

「あー北原さん、お帰りですか? こっから駅まで、道わかります?」

 来生はだらしなく寝そべったままである。彼は、だらだらとホームレスたちと、おしゃべりをしていた。

 その来生のだらしない様子は、誰よりもホームレスらしく見えた。もともと彼は三年前までは、この公園でホームレスをしていた。

「はい、スマホの地図があるのでわかります。では私、ここで失礼させていただいてよろしいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。ではまた明日、お願いしますね。お気をつけておかえりください」

 来生はそう言った。

 そして瑞希は、最後にこれでもかというほどショーツや太腿を見せびらかしながら、立ち上がった。そしてトートバックを持ち、ハイヒールを履いて、ブルーシートを降りた。

「ではみなさん、ご機嫌よう……」

 彼女は最後にそう言って、ホームレスの宴の場から、そそくさと立ち去った。

「しかし来生くんよ、あんたもいい身分だねえ」

 いつまでもブルーシートで寝そべっているボランティアスタッフの来生公平に、新庄時貞から嫌味の声が上がった。来生はホームレスたちの持ち寄ったなけなしの酒を、遠慮せず、誰よりもたくさん飲んでいた。

「いやいや、すっかりゴチになってしまって……すみません」

 来生はそう平謝りする。

 彼は三年前まではこの公園にダンボールハウスを立て、ホームレスをしていた。声をかけてきた新庄とは、そのときからの知り合いである。

「こいつもなあ、今は偉そうに支援なんかしてるけど、もともとはここのホームレスだったんだよ」

 新庄は、みんなにそう説明した。

「一人だけボランティア会社のスタッフなんかになっちゃってよ。今はアパートなんかで、毎晩ぬくぬくと寝てんだべ? うらやましい話だよなあ」

 新庄は嫌味ったらしくそう言った。

「ほえー、あんたもホームレスだったんじゃねえ。じゃあワシもあんたの会社に入れてくれんかね?」

 ホームレスの一人が言う。

「そんなこと言われても、僕にはなんの権限もないっすから。僕だっていつクビになって、またここに戻ってくるかわかりませんから」

 だらしなく床でゴロゴロしながら、来生は言った。

「でもいいよなあ、パンチラさんと一緒の職場なんてなあ」

 そう羨望の声があがった。

「いやいや、あの人はすぐにやめるでしょ。われわれとは住む世界が違いますから」

「えー、パンチラさん、すぐやめちゃうの?」

「やめるでしょ。あの人、うちのスポンサーの娘さんでねえ、ええとこのお嬢さんなんですよ。それが、〝パンチラ〟とか〝フェラチオ〟とか〝オナニー〟とかばっか言われ、内心さぞかしびっくりしたでしょうねえ。きっともう二度と来ないでしょう」

 来生はそう説明した。

「ほお、そうやったんかい。金持ちのお嬢様じゃったんかい。そりゃあ、悪いことしたのおー」

 ホームレスの一人が言う。

「おまけにこんなに長々と酒の相手なんかさせてしまって、内心ではさぞかし嫌がってたでしょうねえ。あれじゃ、さすがにもう二度と来ませんよ。まあ、あんたらと付き合うのは大変ですからねえ」

 来生はそう言う。

「何を偉そうに言うとるんじゃ、おまえは!」

 新庄はそう言って、パチンと来生の頭を叩いた。

「いでで、やめれー」

 来生はニヤケながらそう言った。

「でも残念じゃのう、せっかくパンチラ同盟ができたのに。すぐに教祖さまがいなくなるんじゃのお……」

「ははは、パンチラ同盟て……。誰がそんなこと言い出したんですか?」

 来生はそう尋ねた。

「新庄さんじゃろ? ああ……あんたもけっこう広めたな、ガハハ」

 そう笑うホームレスは、小金井を指さした。

 ずっと無口で、誰とも話さずに孤立していた小金井だが、今日はみんなと談笑できていた。

「あんたとは今日はじめて話すね……。どこのグループにも入らんと、ちゃんと食えてんのけ?」

 新庄は、小金井にそう尋ねた。

「ゴミを漁って、なんとか生きとるよ」

 小金井はそう答えた。

「ああ、そうけ。でもそれじゃあ腹を壊すじゃろ? もしよかったら、わしらと缶でも集めるか? そうすりゃあ、あんた、そこそこ食えるし、たまには酒も飲めるけのお」

 新庄はそう言った。

「俺をあんたらのグループに入れてくれるのかね?」

 小金井はそう尋ねた。

「おんなじパンチラ同盟のよしみじゃけえ、あんたが入りたいなら、仲間に入れてやってもかまわんぞ?」

 新庄はそう言った。

「そうかい。じゃあありがたく、入れてもらおうかなあ……」

 小金井は、いつもみんなから孤立して、内心では不安で仕方なく、寂しくもあったので、その申し出に飛びついた。普段は人間関係が苦手な小金井だが、酒を飲んで、気持ちもだいぶ大きくなっていた。

(缶集めか……。こんな俺にも務まる仕事なのかなあ。でもまあ、これも〝パンチラさん〟のお導きだ。がんばってやってみるかなあ……)

 小金井はぼんやりと、そう考えていた。


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