008.仲間認定
「……リリアーナ様。いくらなんでも、この量は入りきらないのでは?」
グスタフとアントンによって、倉庫から月光絹が運び出されていく。
在庫がどれだけあるかを把握しているモルガンは、その光景を見て不安げに眉を寄せていた。
次々に馬車の中に吸い込まれるように運ばれているのは、数ヶ月分の月光絹の在庫全てだ。
対して、リリアーナたちの装甲馬車は、堅牢ではあるがサイズ自体は一般的な大型馬車と変わらない。
物理的にどう詰め込んでも、木箱の三分の一も入ればいい方だろう。
「ふふ。論より証拠です。どうぞ、中へ」
「えっ? いやしかし、私が……」
「積み込みの指揮をお願いしたいのです。絹の扱いは貴方が一番詳しいでしょうから」
リリアーナに促され、モルガンは恐る恐る馬車のステップを上がった。
そして、扉をくぐった瞬間――彼は凍りついた。
「…………は?」
彼が漏らしたのは、そんな間の抜けた吐息だけだった。
外見からは想像もできない広大な空間。
都のレストランのように磨き上げられた床、整然と並ぶ棚。
モルガンは空間拡張魔術自体は知っていた。
しかし、眼前に広がるのは既存の理論を遥かに超えた規模、魔法そのものだ。
モルガンは夢を見ているかのように、ふらふらと数歩進み、壁に触れた。
「こ、これは……現実、なのですか?」
「ええ。少し特殊な設計でして」
「皆様と違ってただの商人である私が……このような場所に入ってしまって、よかったのでしょうか」
あまりの光景に、モルガンは畏縮して肩を狭めている。
そんな彼の姿を見て、リリアーナはわざとらしく目を丸くしてみせた。
「あら。仲間だと思っていたのは私だけでしたか?」
「えっ……!?」
「この里を想う同志でしょう? それとも、一度取引しただけじゃ、まだ他人行儀な関係のままでしたか?」
「い、いえ! 滅相もありません! 私は……!」
顔を赤くして狼狽えるモルガン。
リリアーナはくすりと笑い、謝罪した。
「ごめんなさい。ちょっと冗談が過ぎました。……でも、仲間だと思っていことに間違いはありません」
その言葉に、モルガンはようやく強張っていた肩の力を抜いた。
そこへ、木箱を抱えたポッケが得意げにやってきた。
「……こっちがキッチンで、ここを開けると倉庫になってんだよ! すげーだろ!?」
自分の家を自慢する子供のように、目を輝かせてモルガンを案内し始める。
その微笑ましい光景を、リリアーナは目を細めて見守った。
◇
積み込みは滞りなく完了した。
馬車は、里の出口で静かに主人の命令を待っている。
「リリアーナ様。くれぐれも、お気をつけて」
見送りに来たモルガンが、一通の手紙を差し出した。
「リューンに着いたら、この者を訪ねて、これを渡してください。私の古い馴染みなのですが……きっと力になってくれるはずです」
受け取った封筒を裏返す。
だが、そこには宛名がなく、奇妙な幾何学模様のような記号だけが記されていた。
「これは……?」
「名前を書くと足がつきますので。……その方なら、見ればわかります」
意味深な言葉だ。
ただの商人の伝手にしては、少し秘密めいている。
リリアーナは首を傾げつつ、それを懐にしまった。
リューンに詳しいアントンとフィオナならわかるかもしれない。
「ええ、必ず届けます。……モルガンさんも、お元気で」
操舵席に座るグスタフが手綱を握る。
馬車が動き出すと、モルガンと里の人々は姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
◇
遠ざかる里の方角を窓から眺め、ポッケがぽつりと呟いた。
「……良い里だったなー」
「そうね。ご飯も美味しかったし」
「また来れるかな。……里、大丈夫かな」
「ええ。グスタフさんが元騎士が運営する冒険者ギルドや、懇意にしている傭兵をいくつか紹介してくれていたからきっと大丈夫よ」
「へー。やっぱおっさんってすごいんだなー」
しんみりとした空気が流れる。
それを払拭するように、リリアーナは話題を変えた。
「そういえばポッケ。選定の剣の調子はどう?」
里の人々から勇者と認められた伝説の剣。
ポッケは「おう!」と身を乗り出した。
「見てくれよリリ姉! あのナマクラだった剣が、すっげーことになってんだ」
ポッケが鞘から剣を抜く。
かつての錆だらけの刀身は見る影もなく、鏡のように澄んだ銀色が鈍い光を放っていた。
「こうやってな……」
ポッケはテーブルの上にあった籠から、アントンが夕食用に用意していた人参を取り出した。
そして、剣を振るう素振りさえ見せず、ただ静かに刃を落とした。
――トン。
抵抗ゼロ。
まるで空気でも切ったかのように、人参が両断された。
「すっげーだろ!? 硬い人参がバターみたいに!」
「……おい」
はしゃぐポッケの頭に、分厚い本が振り下ろされた。
「いてえよ! フィオ姉!」
「伝説の聖剣で野菜を切る馬鹿がどこにいる」
フィオナが呆れ果てた顔で、ジト目を向けている。
「サラダを作るための調理器具ではないんだぞ」
「だって切れ味試したかったんだもん……」
「……全く、宝の持ち腐れとはこのことだろ」
ぶつくさと文句を言われながらも、ポッケはその刀身を愛おしそうに指でなぞっている。
リリアーナは頬杖をつき、窓の外へと視線を戻した。
馬車には山積みの月光絹。
懐には謎の紹介状。
そして、少しだけ強くなった勇者ポッケ。
準備は整いつつある。
目指すは、欲望と金貨が渦巻く巨大な都。
――商業都市リューン。
どんな厄介事が待っているのか。
リリアーナは不敵に笑い、次の戦場を見据えた。




