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002.妙な違和感……

 重厚な扉が閉まり、会議の間からの視線が遮断された、その瞬間だった。


「……っ、ぷはぁ……!」


 リリアーナは大きく息を吐き、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて扉に背中を預けた。

 先ほどまで王や重臣たちを前に一歩も引かなかった凛々しさはなく、小さな身体が小刻みに震えている。


 (よしっ、通った……)


 震える手をさすり、深く息を吐き出して呼吸を整える。

 扉の向こうからは、まだ「考え直してください陛下!」「あのような小娘に!」という重臣たちの怒号が漏れ聞こえてくる。


「あんっのジジイ共……! 一生やってろ」


 それでも決定は覆らない。それが王の言葉の重みだ。

 安堵が胸に広がる。

 だが同時にリリアーナの脳裏に消しがたい違和感が澱のように沈殿していた。


 いくら入念に準備したとはいえ、歯車が噛み合いすぎている。

 リリアーナの直感がそう告げていた。

 重臣達があそこまで簡単に煽りに乗ったことはともかく、陛下が古い遺物の存在を待っていたかのように肯定したことが気がかりだった。



 まるで、誰かが書いた筋書きの上を歩かされているような――。



 だが、今は立ち止まっている暇はない。

 リリアーナは頬をパンと叩き、顔を上げた。


 (……今はいいわ。利用されているのなら、こっちだって利用するだけ)


 まずは仲間を集めなければならない。

 勇者、料理人、遺物の専門家……。


 それと、護衛も必要だ。

 そう思考を切り替え、歩き出した時だった。


「リリアーナ殿ぉおおお!」


 背後から情けない叫び声が響いた。

 振り返ると、会議室から出てきたばかりの騎士団長グスタフが鎧をガシャガシャ言わせながら猛ダッシュで駆け寄ってくるところだった。


「グスタフさん。ありがとうございました。貴方の迫真の演技のおかげで――」

「いやいやいや! リリアーナ殿こそ、あの老獪達を相手にあんな啖呵を切るなんて!」


 グスタフは滝のような冷や汗を拭いながら、リリアーナの言葉に被せるようにして熱弁を振るう。

 今にもリリアーナの肩を掴まんばかりの勢いだ。


「退室するまでの貴女の心境を慮ると私はもう、胃がキリキリして……」


 グスタフは嬉しさと恐怖が入り混じったような、複雑な顔で唸っている。

 どうやら弱みを握られているというのに、この男はリリアーナのことを純粋に尊敬し始めているらしい。


「すべては魔王討伐のためですから」


 リリアーナが淡々と返して立ち去ろうとすると、グスタフは慌てて回り込み、その場にガバっと膝をついた。


「頼む、リリアーナ殿! 私を連れて行ってはもらえないだろうか!」

「……はい?」

「魔王討伐の旅に!」


 リリアーナは目を丸くした。

 もとより騎士団に旅の護衛を依頼するつもりでいたリリアーナには、願ってもない申し出だった。


「私としては大歓迎ですが……。騎士団長の地位を置いてまで、なぜ?」


 グスタフは鼻をすすりながら、拳を震わせる。


「……復讐です」

「復讐?」

「詳しい話は……王国内ではできそうにありません」


 グスタフは顔を上げた。その目尻は赤く滲み、充血した瞳が揺れている。


「どうか、このとおりだ……」

「…………」


 リリアーナは目の前の男の評価を改めた。

 ただの情けない騎士団長ではないのかもしれない。

 彼もまた、心に修復不可能な欠落を抱え、それでも足掻こうとしている人間なのだ。


「わかりました。貴方のその剣と復讐心を歓迎しますよ、グスタフさん」

「リリアーナ殿……! 感謝します!」


 グスタフが今にも泣きそうな顔で、リリアーナの手を握りしめてブンブンと振る。

 リリアーナは苦笑しながらその手を握り返し、ふと、ずっと引っかかっていた違和感の正体を確かめることにした。


「……ですが、ひとつだけ確認させてください」

「ん? 先ほどの詳細以外であればなんでも聞いてください!」

「あの領収書のことです」


 リリアーナが鞄を軽く叩くと、グスタフは「ヒィッ」と悲鳴を上げて飛び退いた。


「も、もう誓って経費で落とそうなんて致しません……!」

「いいえ、そうではなくて。……貴方は本当に、この店で『領収書』をもらいましたか?」


 その問いに、グスタフはきょとんとした間抜けな顔をした。


「へ? ……いや、それがよくよく考えてみれば不思議なんです」

「……え?」

「それが、いつも領収書は不要だと伝えているのですが……自分でもわからないのです」

「わからない?」

「あの夜に限って、なぜか領収書をもらっていて、妙に……そう。『これは絶対に捨てちゃいけない、大切な宝物だ』みたいな気分になりまして」

「……宝物、ですか。風俗店の領収書が」

「自分でもバカだと思っています! しかし、ただその時は本当にそう感じたのです!」


 リリアーナの背筋に冷たいものが走った。


 (……気味が悪い。妙な違和感が拭えない)


 グスタフは品行方正が鎧を着て歩いているような男だ。

 これまでただの一度も不正をしたことがない。

 だからこそ、今回の件は何らかの干渉があったとしか思えない。


 (誰かが、騎士団長の弱みを私に握らせた……)


 なんのために? そもそも誰が? 国王? 宰相?

 誰でもない、もっと別の何か。


「リリアーナ殿? どうされた? 顔色が悪いようですが……」

「いえ、なんでもありません。グスタフさんの間抜けさに呆れていただけです」


 リリアーナは毒舌で誤魔化し、笑顔を取り繕って廊下の窓からどんよりと曇った空を見上げて言った。


(この私が、ただの駒で終わると思わないことね)


 魔王を倒す旅は、同時に「見えざる手」との化かし合いになる。

 リリアーナの中で警戒レベルが一段階引き上げられた。


「あの、リリアーナ殿? すでに私なにかしましたか!?」


 その予感を胸に、彼女は力強く歩き出す。



 * * *



 リリアーナが啖呵を切った日から一週間。

 国王の承認を得た莫大な資金は即座にゴブリン族のギルドに振り込まれ、王城の大広間はさながら巨大な工房と化していた。


 王城の地下深くに眠っていた遺物――黒鉄色の装甲馬車が広間の中央に鎮座し、盟友である大勢のゴブリン族の技師たちによって、けたたましい音を立てながら修繕と改良が施されている。


「ゴブリン殿、こちらの魔鉄鋼はどこへ!?」


 その資材運びや現場の陣頭指揮を任されているのはグスタフ率いる騎士団員たちだった。


「そこの木箱はもっと慎重に運べ! それは高純度の魔石だぞ!」


 王国の誇る精鋭騎士団が、まるで荷運びの親方のような仕事をしている。

 だが本人たちは、この国の命運を左右する計画のまさに中枢で働いていることに奇妙な高揚感を覚えていた。


 ふと、グスタフの視界に一際熱心に資材を運ぶ赤茶色のくせっ毛の少年が映った。

 貧相な身なりだが、その体躯に見合わぬ大きな木箱を汗だくになりながらも懸命に運んでいる。


 (ふむ。見かけぬ顔だがよく働く。感心な若者だ)


 グスタフがそう思っていると、背後から涼やかな声がかかった。


「お疲れ様です、グスタフさん」

「おお、リリアーナ殿!」


 いつものように分厚い帳簿を抱えて両手の塞がった彼女は、汗だくの少年を顎でしゃくった。


「ご紹介します。彼が今回の旅の要。私たちの勇者様です」

「……は?」


 ちょうど木箱を運び終えた少年がこちらに気づいて走ってくる。


「リリ姉! 今日のメシまだかよ~ 腹減ったぁ」

「まだです。先にご挨拶。こちらはグスタフさん。私達の騎士です」


 少年――ポッケは、ニカッと笑うと、汚れた手でグスタフの甲冑をペチペチと叩いた。


「うおぉ! カッチカチ! よろしくな、おっさん!」

「お、おっさん……」

「ポッケ、口の利き方に気をつけなさい。お昼休憩はそこの木箱をあと10箱運んだらです」

「うえー! 10箱!? まじかよリリ姉~!」


 ポッケは単純な雄叫びを上げて、再び作業へ戻っていった。

 グスタフはあっけにとられたままリリアーナへと向き直る。


「リ、リリアーナ殿……! なぜ、あのような……失礼ながら、スラムの孤児を、我らが勇者として!? 選定の剣は!?」

「ええ、ちゃんと剣を抜きましたよ。彼は正真正銘、女神の加護まで受けた勇者です」


 リリアーナは淡々と続ける。


「グスタフさん。私は清廉潔白で品行方正な勇者は求めてはいません。そんな立派な方を連れていけばどうなると思います?」

「ど、どうなるのでしょうか?」

「私のやり方を見て、『金に物を言わせるのは勇者の道に反する!』などと、絶対喧嘩になります」

「た、たしかに……」

「その点、彼は素直です。美味しいご飯があればいくらでも働く。私にとっては最高の勇者ですよ」


 まるで愛犬でも見守るように優しく微笑む悪魔に、グスタフは言葉を失う。


「その、僭越ながら、私も……清廉潔白で品行方正な騎士のつもりなのですが」

「……例の領収書の一件をお忘れで?」

「うっ! い、いや、あれは本当に不可抗力で……!」

「はいはい、わかっていますよ」


 リリアーナは意地悪く笑い、話題を変えるように装甲馬車の方へ視線を向けた。


「ご安心を。料理人や遺物の専門家といった技術職の手配は、陛下と宰相様が直々に動いてくださいましたから。そちらは間違いなく本物ですよ」


 その言葉にグスタフが安堵の息を吐こうとした、その時だ。


「空間拡張術式の係数がズレているようだ。予備回路のD-3を使ってくれ」

「へ、へい! すぐに~!」


 装甲馬車の入口付近で紫色の髪の麗人がゴブリンたちに指示を飛ばしていた。


「あの髪の色は……王国の切り札と呼ばれるフィオナ殿では?」

「ええ。遺物研究の第一人者として、陛下が招集してくれました」


 リリアーナがすっと一歩前に出る。


「フィオナさん。お初にお目にかかります。この度の討伐隊責任者のリリアーナです」

「フィオナでいい。遺物の専門家だ。よろしくたのむ」


 短く名乗る。あまり多くを語らない性格なのだろう。


「ゴブリン族の技術にも詳しいということで陛下に呼ばれた。この遺物の調整と今後の旅に同行する。そっちは騎士団長のグスタフだな?」


 グスタフは慌てて佇まいを正した。


「こ、これは失礼した! 王国の至宝とも呼ばれるフィオナ殿にご同行いただけるとは百人力ですな!」

「過大評価だ。それよりリリアーナ」


 フィオナは素っ気なく答えると、懐から一枚のカードを取り出し、リリアーナに見せた。


「今回の追加施工の支払いだが、決済するときにこのカードを出してくれ」

「はいはい、ゴブリン商会のポイントカードですね。しっかり経費で落として、ポイントは貴女個人の懐に入るように処理しておきますよ」

「助かる。……これであと500ポイントだ」


 フィオナは小さくガッツポーズをして、装甲馬車の中へと戻っていった。

 そのやり取りを見ていたグスタフは引きつった笑みを浮かべている。


「……あの、リリアーナ殿」

「なんですか」

「王国を裏から何度も救ったとされる御方が随分とセコいことをしておられるようだが」

「いいんですよ、あれくらい。これからの旅は、あのくらい強かな人じゃないと、とてもやっていけませんから」


 リリアーナは楽しげに笑うが、グスタフの不安は増すばかりだった。

 勇者は餌付けされた子犬のような野生児。遺物の専門家はポイントカードにご執心。

 このままじゃ料理人もきっと変人に違いないと、グスタフは己の不運な境遇に涙を流し始めた。


「リリアーナ殿……私、今もうすでに、この旅が不安でなりません……」


 泣き言を言う騎士を見てリリアーナは小さくため息をついた。


「しっかりしてください、騎士団長。まともな貴方が頼りなんですから」

「ううっ……がんばります……」


 落ち込む騎士を横目にリリアーナはやれやれと肩を竦める。


 勇者、護衛騎士、遺物の専門家。

 あと必要なのは――。


「おーい、リリ姉~ 腹減った~!」


 ポッケの大声が響く。

 それに応えるように広場の入り口が騒がしくなった。


「お待たせいたしました。お食事のお届けでございます」


 ワゴンを押して数名のコックと共に現れたのは黒いコックコートに身を包んだ優雅な老紳士。

 その顔を見た瞬間、グスタフの目が飛び出さんばかりに見開かれた。


「あ、アントン殿!? なぜ陛下直属の宮廷料理長がここに!?」


 いよいよ最後の仲間、料理人のお出ましだ。

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