表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

011.グスタフの渾身の一撃

「うへえ……。目がチカチカする……」


 視界を埋め尽くすのは煌びやかな装飾と奔流のような人混み。

 耳をつんざく呼び込みの怒号と絶え間なく鳴り響く歓声。

 そして金貨がジャラジャラと擦れ合う音。

 これほどの欲望と活気には、王都で行われる周年祭でさえ霞むほどだった。


「あの辺りすっごい熱気。お祭りでもやっているのかしら?」


 リリアーナが喧騒の方角を指差した。

 広場の中央に巨大な特設ステージが組まれ、そこへ向かって群衆が雪崩を打って押し寄せている。


「あれは教会の催しでしょうな」


 アントンが涼しい顔で説明する。


「教会が活動資金――という建前の、運営費を集めるために定期的に開催している催しです。あの盛り上がりは奉納試合かと」

「嘘でしょ……? 教会がそんな野蛮な金儲けを?」

「驚かれるのも無理はありません。ですがリリアーナ様、ここはリューンです」


 アントンはニヤリと笑った。


「聖職者であろうと全てが許される場所なのです。ここでは寄付も、商売も、賭け事も……。金になるならなんでもやるでしょう」


 白いローブを着た胴元らしき男が、聖なる鐘の音に負けじと大声で客寄せをしている。

 その異様な光景にリリアーナは呆れ果て、そしてすぐに笑顔になった。


「どうやら奇跡を越えて司祭に一撃を与えられるかどうか、それを賭けにしているようですな」

「信仰すら換金可能な資産として運用するなんて、素晴らしいじゃない。見習いたいわね」

「リリアーナ殿! ここは私が一肌脱ぎましょう!」


 グスタフが鼻息荒く名乗り出た。


「資金が必要なのでしょう? ならばこのグスタフ、賞金を稼いでみせます!」

「さすがおっさん! いけいけー!」


 ポッケが飛び跳ねて応援する。

 リリアーナは少し考え、グスタフを見た。


「……自信はあるみたいですけど、失敗したらわかっていますよね?」

「無論です! 相手が女神様に仕える聖職者であろうと、我が渾身の一撃で叩き伏せてみせます!」


 グスタフが受付へ向かおうと足を一歩踏み出した、その時だ。



「――お待ちくださいグスタフ様」


 

 アントンの声が響く。

 その声色があまりに鋭く冷徹だったからだろう。

 浮かれていたポッケを含めて、その場の空気が一瞬で凍りついた。


「……アントン殿?」

「悪いことは言いません。あれに関わるのはおやめなさい」


 アントンはステージの上に立つ一人の男――司祭のローブを頭まですっぽりと被った小柄な影を見据え、静かに告げた。


「あれの中身は司祭ではありません。……『ザイード』。そう言えば、騎士団長なら聞き覚えがあるのでは」


 その名を聞いた瞬間、グスタフの表情が強張った。


「伝説の傭兵……。数年前、一度だけその名を聞いたことがありますが、死んだと聞き及んでいましたが……」

「ええ。ここにいたのですな」

「そのザイードというのは、どれほど強い人だったんですか?」


 アントンは忌々しげに、けれど畏敬の念を込めて語り始めた。


「彼は、敵を殺す技術に秀でた者ではありませんでした」

「ほえ~。じゃあなんで伝説なんだ?」

「生き残るからです」


 アントンの言葉に、フィオナが続く。


「攻撃を受け流す……あるいは弾く、パリィと呼ばれる技術で、あいつの右に出る者は歴史上存在しない」


 フィオナは真っ直ぐにグスタフを見た。

 その瞳にはいつもの眠たげな色はなく、戦場に立つ者の冷たい光が宿っていた。


「ザイードはどんな死地にあっても、雨あられと降り注ぐ矢を、魔法を、刃を、ただの短剣で弾き続け、五体満足で帰還したと言われている」

「……防御に特化していると? しかし、一撃を入れるだけなら可能性はあるでしょう」

「やつは次元が違う。リューンの闘技場に出ていた頃、あいつが負傷するかどうかで賭けが行われたほどだ」


 傭兵を引退した後も闘技場で活躍したザイードは、かすり傷すら受けなかったという。

 そんなザイードの逸話は、裏社会でも、学術の世界でも、畏怖と共に語られる。


 攻撃を当てれば勝ち。

 そんな単純なルールにおいて、胴元が儲かり続けた裏には伝説の傭兵の存在があった。


「グスタフ」


 フィオナが一歩、グスタフに歩み寄った。


「相性が悪すぎる。やめておけ」

「……フィオナ殿、大丈夫です! 任せてください!」

「……アントン、頼むから聞いてくれ」


 普段と違うフィオナの様子にグスタフが目を丸くした。


「今までお前を馬鹿にしてきたことは謝る。……だから、今回は私の忠告を聞いてくれ」


 フィオナは真剣な眼差しで、グスタフの胸元を指さした。


「奴はおそらく何かしらの遺物を教会から持たされている。あれと戦えば、お前の『騎士の誇り』が汚されることになるぞ」


 しん、と沈黙が落ちた。

 フィオナなりの最大限の譲歩と、仲間を想うがゆえの必死の説得だった。

 勝てない相手に挑み、笑い者になる姿など見たくない。

 

 その不器用な優しさは、しかし――


 グスタフという男の最も厄介なスイッチを押してしまった。


「…………誇りが、汚される?」


 グスタフの声が低く響く。

 フィオナの手をゆっくりと振り払い、ニヤリと口角を吊り上げた。


「はっはっは! なるほど、そういうことですかフィオナ殿!」

「……は?」

「私がこれ以上活躍するのが怖いのですね? それとも、私が手柄を上げるのが悔しいと?」

「なっ……私は、お前のために……!」

「『騎士の誇り』などという言葉を出せば、私がビビって尻尾を巻くとでも思いましたか? とんだ見当違いです!」


 グスタフは胸を張り、高らかに笑い飛ばした。


「逆です! そこまで言われて引くなど、それこそ騎士の恥! 伝説の傭兵? 上等ではありませんか! その伝説ごと両断し、貴女のその減らず口も塞いで差し上げましょう!」


 完全に、煽りとして受け取られた。

 フィオナは口を半開きにして呆然とし――やがて、顔を背けた。


「……勝手にしろ」

「リリアーナ殿、見ていてください! 受付はどこです!?」


 制止も聞かず、グスタフは受付へと突進していく。

 教会の受付係が羊皮紙を広げて待ち構えていた。


「挑戦者登録ですね。では、こちらの契約魔術にサインをお願いします。お連れ様も含めて、ルールを厳守していただくためのものです」


 グスタフは内容もろくに確認せず、勢いよく羽根ペンを走らせた。

 リリアーナもまた溜息をつきつつ内容を確認し、サインをする。

 勝利条件は「一度きりの攻撃によって司祭に一撃を与える。もしくは一歩退かせる」……ただ、それだけだった。


「たとえ攻撃が防がれたとしても、一歩でも下がらせることができたらいいのね」

「おっさんの怪力なら大丈夫だろ!」

「そうね。最低限の挑戦費用なら魔石よりも安いし、グスタフさんに渾身の一撃をお見舞いしてもらいましょ」


 こうして、まんまと教会の掌の上に乗せられたのだった。


 ◇


 契約を済ませたグスタフが大歓声の中ステージへと上がる。

 対するは、深いフードで顔を隠した小柄な司祭――ザイード。

 彼は武器も構えず、ただぶらりと両手を下げて立っていた。


「なによあれ。武器も持たないで」


 リリアーナが訝しげに眉をひそめる。

 ザイードの手には、胡桃のようなものが二つぶら下がった、小さな遺物が握られているだけだった。

 そのうちのひとつは色が抜け落ちたかのように透き通っている。


「よりにもよって『イージス』か……」

「知っているの? フィオナさん」


 フィオナが低い声で解説を加える。


「あらゆる攻撃を完全に無効化する絶対防御の遺物だ」

「絶対防御!? そんなわけわかんない遺物があったら、私の立つ瀬がないじゃない!」


 リリアーナは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 フィオナは「遺物と張り合うなよ……」と呆れながらも続きを話す。


「あの遺物には致命的な欠陥がある。絶対防御はほんの一瞬なんだ。それこそ、瞬きにも満たないほどのわずかな時間しか持続しない」

「……つまり、攻撃が当たるインパクトの瞬間さえ合わせられれば、理論上は全て防げるってこと?」

「そうなるな」


 フィオナは冷めた目でステージ上のザイードを見つめる。


「普通なら使い物にならない。……だが、あれを使うのが『パリィの達人』となれば話は別だ」

「……なるほどね。でもほら、たった一瞬ならフェイントを入れるとかできないの? グスタフさんがタイミングをずらせば――」

「無駄だ」


 フィオナはリリアーナの言葉を即座に否定した。


「ザイードが真に優れているのは、反応速度ではなく目と耳だ。相手の呼吸、心音、そして攻撃に移る瞬間のわずかな筋肉の収縮を見逃さない。『ザイードは心が読める』などと噂されるほどにな」


 フィオナは戦慄を込めて語る。


「奴にとってフェイントは、攻撃する意思のない踊りにしか見えていないのだろう。本命の一撃が放たれるその瞬間の殺意だけを正確に感じ取り、イージスを発動させるはずだ」

「グスタフさんと相性が悪いなんて、大げさだと思ってた……。そんなの誰だって無理じゃない」

「そうだ。意表をついた神速の突きも、上段と見せかけた足払いも、奴の前では児戯に等しい」


 アントンが静かに呟いた。


「……かつては強度の高いだけの短剣を好んで使っていたようですが、よもや遺物とあっては破壊を狙うことすら不可能ですな」

「しかも、この契約魔術……『術者への妨害行為は即失格、および莫大な違約金』とある。観客席から魔法で司祭の邪魔をするのはNGってことね」

「左様でございます。ただし、挑戦者への強化は許可されております。……いくら身体強化を施そうと、当たらない攻撃に意味はありませんが」


 誰もが挑み、誰もが敗れ去った伝説的な傭兵。

 観衆たちが挑戦者の登場に熱狂する中、そんな絶望的な相手とは露知らず、グスタフは巨大な斧を担ぎ上げ、高らかに口上を述べ始めた。


「リューンの民よ!!」


 ビリビリと肌を打つような大音声に、ざわめきが一瞬で静まり返る。

 グスタフはニヤリと笑い観客席をぐるりと見渡した。


「我が名はグスタフ! 栄光ある王国最強の騎士団長にして、あまねく戦場にその名を轟かせる不敗の騎士なり!」


 ダンッ! と足を踏み鳴らす。

 鋼鉄の鎧が重厚な音を立て、その揺るぎない質量を誇示する。


「今日この時、貴様らは単なる賭け事の客ではなくなる! 歴史の証人となるのだ! 子や孫に自慢するがよい! 『あの日、王国最強の騎士が奇跡を超えた瞬間を見た』とな!」


 グスタフは斧を掲げ、雷のような声で宣言する。


「さあ賭けろ! そして共に作ろうではないか! 末代まで語られる歴史を、また一つ!!」


 彼は再び観衆に向き直り、両手を広げて叫んだ。


「迷う必要はない! 富を望む者よ、勝利を渇望する者よ! 全ての運命を我が手に預けよ!」


 観客だけでなく、リリアーナすらも聞き入っていた。


「さあ、賭けるがいい! 今日この時、私が振るうのは勝利への鉄槌だ! 私を信じる者だけに、富という名の祝福が約束されるであろう!!」


 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」



 ドッと沸く会場。

 その圧倒的な自信と、実績に裏打ちされた覇気。

 何より「こいつならやれる」と思わせる力強い言葉に、観客たちの射幸心が極限まで煽られた。

 

「おい、あの騎士ならいけるんじゃねえか!?」

「教会のインチキなんざぶっ壊してくれそうだ!」

「全財産いくぞ! 頼むぞ騎士様ァ!!」


 雪崩を打って受付に殺到する人々。

 その熱狂を背に、グスタフは「ふふん」と満足げに鼻を鳴らし、斧を無防備な司祭へと突きつけた。

 この勝負に勝てばリリアーナが賭けた金額だけでなく、会場中から集まった金からも一部が支払われる。


「待たせたな司祭よ」

「構わんさ。おかげで祈りは済んだ」


「……参る!」


 ザイードの脳天目掛け、巨大な斧が振り下ろされ――

 


 ――ガァン!!


 鈍い音が響く。

 強烈な一撃によって巻き起こった土煙が晴れると、そこには微動だにしない司祭。

 そして、斧を弾かれてよろめく騎士の姿があった。


「なっ…………」


 グスタフが呆然と呟く。

 渾身の一撃だった。人生で一番のキレだったと自負できるほどに。


 だが、ザイードはたじろぐ様子すらなく、涼しい顔でそこに立っている。

 二つの胡桃からは両方とも色が抜け落ちていた。


 静まり返る観衆。

 やがて、失望が怒号へと変わった。


「なんだ偽物かよ!」

「王国最強もたいしたことねえな!」

「金返せヤラセ野郎!」


 罵詈雑言の雨がグスタフに降り注ぐ。

 胴元が本日の催しは終了したことを会場に告げる。

 その顔には満面の笑みを浮かべていた。


 信じられないと言った様子で項垂れるグスタフ。

 リリアーナはまるで汚物を見るような冷酷な目を向けた。


「……いきますよ、王国最強の騎士団長さん」

「……おっさん。俺、なんだか悔しいよ……」


 ようやくグスタフを敬い始めていたポッケも、情けない師匠の姿に涙を流している。

 フィオナは鼻で笑い、追い打ちをかけた。


「おめでとう騎士団長。末代まで語られる黒歴史が一つ増えたな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ