現代魔女の家のハロウィンナイト
《カロンカロン☆》
心地好いドアベルの音と共に部屋に光が差す。
その中でヒマを持て余していた店員の女性が来客に挨拶した。
『ようこそご来店くださいました。本日は何をお求めでしょうか?』
彼は店内に犇めく品々を眺め、漂う香に立ち止まった。
視線の先には先客らしき人影。
『あ♡ ソレにつきましてはご安心を。無害な【漂流物】ですわ』
良く見れば白いマネキンだったが、この『魔女の家』という店内においての異物感が強く、彼は近寄りがたい気持ちになっていた。
『この時間に来店というコトは、本日の御用件の品はこちら?』
客の男の逡巡を意に介さず、店員はすらりと一冊の本を棚から引き抜き、そこに溜まっていた香りを掻き混ぜるように来客へと近寄った。
全身があらわとなった女性店員の服装は、胸元から腰までぴっちりとしたラインの黒いロングワンピース。
マーメイドラインの膝上ほどまでスリットが入っている。
裾や袖に小玉の白ボアが縫い止められたトコロは可愛らしい。
『こちらを読めばスッキリ解決すると思います。さて、いつもいつも難事件ばかりで大変でしょうが、コレも人気のあるヒトだからこそ…… 御体に気を付けてくださいね』
豊かな胸元を寄せて囁かれ、来客はあわてて代価を渡して立ち去った。
『……つれないわぁ…… あちらにお相手が居るから仕方ないとは思いますけど、もう少しお付き合いしていただけても……』
《カロンカロン☆》
続いての来客は、この店内に戸惑って扉を掴んだままだった。
振り返り、自分の居た場所との繋がりが薄い『魔女の家』の風景に驚いたのだろう。
『いらっしゃいませ。何をお求めですか? おやッ、そうですか、黒猫のグッズがありそうだと思って、ですか。なるほど。そちら、ハロウィンのパーティーでの恋人用のお品物なのですね』
店員はしゃがみ対面すると、口を開かず戸惑っている幼げな少女の視線から様々を読み取り、欲するところを見抜いていった。
『ではこちらなどいかがです? 自作されるよりは、と思ってお買い物に来られたようですが、手作りほどお互いの心に残るモノはありませんよ』
ソレはいくつかのピースに分かれる木製のパズル、猫の置物だったが、セット売りされている紙ヤスリや絵筆などから『仕上げを自分で行う』というのが少女にも解った。
使用例としての塗装見本の写真もある。
『こちらはそんなに難しくありませんし、なによりこの商品は【男の子向け】ですから。おふたりでご一緒に製作されるのもよろしいのでは?』
ドアから離れられなかった少女は商品を受け取り、瞳を輝かせて代価を渡して立ち去った。
大事なコトなので言葉にしておく。
……彼女は相手に一言も喋らせずやり取りを終わらせていた。
『本当に欲しいモノ、そして求める方の未来の希望となるモノを売るための店。それが【魔女の家】ですもの♡ そちら、姿を出せない紳士淑女の皆様? このお店はいつでもあなた方の隣にあります。未来を望み、誰かと共にありたいと望むすべてのお客様のためのお店なので……』
《カロンカロン☆》
誰に向けての営業スマイルなのか解らない微笑みと常套句のあと、扉の隙間、スルリと入り込むのは黒猫だ。
どうやら先ほどの少女の近くからの【漂流者】である。
『いらっしゃいませクロ先生。今日はなにを……』
「ええい全くもって忌々しい! どいつもこいつも我の自慢の毛並みに手垢を擦り付けおって! ウニャ、うおぉ、や、やめい魔女!」
『ウフフ♡ キモチいい? でもいけませんわ先生。今はわたしが【問い掛け】をしていましたのに』
「その問いを聞いたら問答無用で【取り引きの舞台】に乗せられ、代価をせしめられてしまうだろうが!」
クロネコは先生と呼ばれる街の長老、猫又の長。
にゃんこ先生ではなくクロ先生と呼ばれていた。
この魔女の家の常連客でもあり、店員の茶飲み友達でもあるため、彼の侵入と同時に部屋の香は風が巻き上げ消えていった。
『仕方ありません、本日もお取り引きはあきらめましょう。ですからもっとアゴを撫でてもよろしいですね? ほーらゴロゴロ……』
「まって、ウニャウニャウニャウニャウニャウニャウニャい、待てというのに!」
ノドを鳴らしていたクロ先生を膝に乗せる寸前だった店員はビクッと手を止めた。
小さな舌打ちは聞こえなかったコトとしつつ、猫又は本題を切り出す。
「ハイハイ、ッたく仕方の無い。あとで撫でさせてやるから我の話を聞け」
『わぁい。んん、クンクン。コレは? 随分とお酒臭い……? 先生、お酒はやめたのでは?』
「我ではないぞ! ご主人様だ! パワハラ上司についてのグチが多くて聞くに堪えない……」
『フフ、ヒトの世界はストレスで歯車を回すモノですからね~…… でもダメですよ、そんなモノを浴びて毛艶を失っては』
現在クロ先生の飼い主となっているのは中間管理職である社畜。
年末に向けての商品展開について上と下の折衝に奔走していた。
その親睦会としての飲み会で『社会人のクセに基本的なマナーもできてないヤツが多くて困るナァ。だから業績貢献も見えないんだヨ』という上司と『ホント、部下が挨拶しても無視、 定時直前に仕事を与え、自分は定時上がりに、対応した部下には何も言わない、それでいて宴席のマナーにはクチうるさい上司なんて不必要極まりない』という部下とに挟まれたのだそう。
飼い主の年齢ほど社会人経験がある上司なので、部下に同情したものの、心中を隠すのが中間管理職である。
帰宅してきた彼のグチは休日の朝方まで続いたのだった。
つまるところ、猫又の話とはグチられたグチ、である。
「何、その流れもあと少しよ。ハロウィンが訪れたならその後はしばらく商品流通に平和な時間があるらしい」
『……あぁ、そうですね。ハロウィン…… この遠い国においてもお祭りはお祭り。楽しげでほほえましい♡ でもクロ先生にとっては久しぶりの主役の時間でしょう?』
「ふふん。魔女の『使い魔』呼ばわりされていた中世ヨーロッパならともかく、この国では仮装パーティーに近しい祭りだ、猫に出番はないさ。お前こそ魔女だろう。出番なのでは?」
使い魔という言葉を苦々しげに吐き出した猫又は毛繕いを始めた。
その顔洗いの途中、店員へと問う。
『わたしはこの店を守るだけの女ですよぉ。もう狩られるのはこりごりですし。フフ、でも喋れるネコさんなら、不吉や不幸の象徴と考えられていた過去を払拭するインパクトはありますよね~♡』
からかいの笑顔に猫又は毛繕いを再開した。
「ふん。そんなコトになるほど間抜けではない。それにこの国において猫は幸運の象徴だ。虐待は忌避されている」
『ヨーロッパも地域によって幸運が訪れるとか、逆に捉えてますね』
「元よりネズミを駆逐する役割の相棒よ。ヒトに幸運をもたらすが当然だろう」
『お眼々がギラギラしちゃうから怖がられたんじゃないですか~? 無政府主義のシンボルにされたのもその眼のコトと素早さとかでしょう』
「そんなのは先達に聞いてくれ、採用されたのは我ではない」
《キュィ、キキキィ、ギュ、グィイイ……》
【猫ガ、喋れる、とは驚きまシタ】
グチを終えて雑談に興じていると、部屋のなかばにあったマネキンが軋む音を立てて揺れた。
店員…… 魔女が言うトコロの【漂流物】である『彼』は、ずっと聞き耳を立てていたらしい。
「わ、なんじゃコイツ? ちょ、我こういうの毛が逆立ってしまうんぢゃけどッ!」
『ご安心ください、ええと? もうよろしいのですか?』
【ハイ。あの、クロ、先生でしたか。驚かせてしまいまして申し訳ゴザイマセン。店員サン、場所を貸してイタダキマシテ、ありがとうございました】
『そうですか♡ 場所を貸すだけでいいなんてお客様は初めてでしたわ』
漂流物である彼は遠い未来のロボットだという。
しかし何故コチラに来たのか、帰る方法があるのか、それらを考えるために長い時間の『思考』が必要で、安全地帯として店内を借りる取り引きをしていた。
【早く戻りたいトコロなのデすが、どうやら、その技術は現在地点に確認できませんデシタ】
言語については素体のダメージがあるらしく、もうしばらく不自由しそうだと彼は告げる。
「マネキンのように見えたが、鼻筋のようにガラスがあるな。ソレがヌシの目か」
【ええ。ワタシにクチに該当する場所はアリマセンが瞳に相当するメインカメラです。店員サン、コチラを】
彼が用意した『代価』は使用していたスーツ(?)に着いていた稀少金属。
彼女はにこやかに受け取り、しかし続けて告げた。
『あえて聞きますけれど、このあとどうするおつもりでしょうか。今ならお祭りの仮装として紛れ込むのも可能かも知れませんが、そのお姿ではなにも成せないのでは?』
【確かにその通りデショウね…… なら、コチラにご厄介になるワケにはいきませんか?】
『そのための代価があれば♡』
「さすが魔女、がめ……」
がめついとは猫又も言えずクチを閉ざした。
ヒトガタとはいえ体高180ほどの細長いシルエットは何をせずとも目立つのだから。
【ワタシはそちらのクロ先生、猫なのに会話のできる知性体に興味がアリマス、いえ、指令として残っているのです。猫についての歴史を『探索』している中での事故だったノデ】
「猫を、調べておったのか?」
【ワタシの行動していた場所では絶滅しておりマした】
彼の正式名称は汎用人型遺跡探索特殊工作機。
『へええ、General-purpose humanoid ruins explorer…… 長いですね。じゃあ【ゼプちゃん】で♡ あなたの機能は異常ないのですか?』
【ゼプ…… 了解しました。探索機能は問題アリマセン。言語適応は処理済みなので、ほぼ問題ないカト】
「ここに居るならばその『喋り』こそ大切になるだろうがな? 魔女よ、コイツを何に使うつもりだ」
『猫についてを調べていたのでしょ? でしたら黒猫の言い伝えの書籍も含む裏の蔵書を整理整頓していただければなぁ、と♡』
【ウラ?】
この店には世界各地から集められた神秘や奇跡についての書籍、人の歩みと異形の歴史がある。
それらは望まれれば引き出され、最初の客のようにその神秘に触れるコトが叶うのだ。
外観こそ『セレクトショップ』なれど、やはり『魔女の家』。
この空間がねじ曲がった場所だからこそ、彼らは出会った。
『黒猫についてのことわざから言い伝え、猫そのものの歴史や、標本も、たしかありますし。資料整理にはうってつけの人材(?)じゃあないですか』
【整頓するのが代価となりマスか? それホドの蔵書を……?】
カツン、と魔女が踵を鳴らすと店の床が開いた。
木板がとろけるように開いた穴、しかしそこは膨大な数の本棚が並ぶ『異空間』である。
本だけではない、床には稀少鉱物など所狭しと散らかっていた。
『英国から持ち込んだのがこの部屋の中のモノでね、あと、エジプトのとスコットランドのモノは別に部屋があるわ』
【……スバラシイ】
「うってつけ、ね。確かに機能も性質もそのための存在なのか」
ロボットことゼプちゃんは了承を返し、その部屋へと飛び込んだ。
彼には休憩も睡眠も必要ないが、エネルギー変換するための水分だけ後で補充させて欲しいと告げて。
『日本で【黒猫は女性に金運と繁栄をもたらす】というのは本当なのかもしれませんねえ♡』
「ソレは『若い女性』限定であろう」
『外見は若いと思うのですが?』
「若作りであろうが、うにゃウニャニャ、や、やめろぉ」
床が開く直前、魔女の肩に飛び乗っていた猫又は捕まってしまったコトを悔やんでいた。
こうして、魔女の家に住民(?)がひとり(?)増えたのであった。
しばらくすると猫いじりが終わり、外の喧騒が聞こえてくる。
仮装パレードをする、という張り紙があったと猫又から聞き、魔女はまた微笑んだ。
『仮装、装飾…… ゼプちゃんの見た目をどうにか、好感度UPさせるとしたら何を足すべきだと思います?』
「まぁ絶対にしてはいけない例だけ頭に浮かんだぞ」
『それは?』
「あの白い肌を黒くしてしまうコトだ。絶対にするなよ? あと『おやおやおや』とか絶対に言わせるな」
『なんですか、ソレ~♡』
黒猫とじゃれながら、魔女は元の形になった店内を見回した。
昔々の絵本が目に止まる。
開けば『魔女が黒猫に姿を変え、夜の街を見張っている』というくだりがあった。
『ハロウィンもそうですが、神秘を隠すように迷信が生まれ、事実無根とは言えない黒猫と魔女の深い関係が生まれたんですよね』
「そもあちらの国は生き物についての『人格』の有り様が日本とは違う。個々でも差異のあるモノだが、海外で黒猫といえば『暗闇に紛れ込むのに瞳だけ輝く』という姿のみ強く捉えられ『吉』にも『凶』にも置かず『恐怖の対象』として見ていた者が居たのだろう」
猫又が語るに…… 日本では『黒猫こそ鼠を多く討ち取る』として縁起物に祀った。
それは『吉』物であり、尊いモノ。
長じて金運や幸運の象徴となり、転じて幸福を招くとまで言われた。
「まぁ他にもある。古代エジプトで黒猫と言えば女神だろう」
『バステトですね。黒猫の頭部を持ち、月と豊穣を司る女神。家を守り、出産や育児の守護神としても崇められる神』
「そう、そちらはかなり有名だ。だから日本がおかしいワケではない。でも日本で一番有名なのは『店の玄関口』のシンボルとしての猫だろうさ」
魔女の家なのに、入り口に据えられた物。
前足で『幸運』と『商売繁盛』と書かれた小判を抱える三毛猫の焼き物。
『招き猫ですよねえ。でもなぜ【商売繁盛】に繋がったんです?』
「夜でもよく見える、つまり物事を見通すちからがあるとして、商い事も間違わない、と転じに転じたのさ」
『なるほどぉ、商売繁盛、幸運の象徴…… クロ先生、今のご主人さんに愛想が尽きたらウチに住んでもいいんですよぉ?』
「我の魔除けがその選択肢を拒否している。邪気が多すぎるぞ」
外の喧騒が一層大きくなるが、床からノックが響いた。
魔女は踵で応えるとそこにゼプちゃんの頭が出てくる。
『声が届くようにしていましたが、こちらの話にご興味が?』
【はい。クロ先生、ワタシの調べていた遺跡は未来のモノとご説明したのですが、そこには『縁結び』としての猫が紹介されていました。ソノ起源が解らなかったので、お話の流れで聞きたいと思いまシテ……】
「ふむ、よかろ」
両腕にいくつもの書籍を持ち、肩や肘からサブアームが出て清掃、撮影、補修を同時進行しているゼプちゃんの有能さに魔女は喜び、猫又は圧倒されつつ、話を続けた。
「招き猫の伝説は解るか?」
【ハイ。右手を挙げるのはお金を招くポーズ。左手を挙げるのは人招きのポーズ、デスネ】
「それは姿の意味で伝説ではない。そも『LUCKY CAT』と呼ばれる置き物として海外でも紹介されておるのだろ、注目されとるのに起源は伝わらぬモノなのか」
『クロ先生は勿体ぶるわね~。ゼプちゃんに教えてあげてくださいよぉ』
解っている、と一息つくように魔女の手から逃れ、猫又はレジ横の招き猫と並んだ。
「昔、清貧に役目を果たす寺があった。そこの和尚は慈愛に満ちており、野良の白猫に自らの食事を分け与え世話をした……」
飼い猫だったのが逃げてでも来たのかと思ったのだろうが、その猫は寺に居着いた。
ある夏の午後、寺に鷹狩り帰りと思われる物々しい武士らがやってきた。
和尚が慌てて聞くと、寺の前にて白猫が手招いた、という。
門前で猫が人を手招きをするなど面妖なと目を疑い、不思議に思って立ち入ったのだと。
武士たちを迎え入れた和尚は、
『それは面目もございませぬ。こちらの馴染みの白猫でしょう。せめてお茶をお出ししますのでお見逃しを』
と許しを請うた。
その時、わずかな間に雲が垂れ込め夕立となった。
稲光のひらめく空に、武士は笑う。
『なるほど、白猫のおかげで雨をしのげた。吉兆であるならば刃の用も無し。雨降り宿る間に説法など求むるが許されよ』
武士はこの幸運に感激し、寺を菩提寺とする約束にまで進んだ。
実はこの武士、藩主の井伊直孝であり、以来寺は大いに発展したという…… その寺の名前は『豪徳寺』。
和尚や寺の者はその白猫を大切にし、亡くなった後は墓を建てて冥福を祈った。
「……墓にそなえられた木彫りの猫がその招き猫だとするのは、まぁ一説なのだが。この白猫が上げていたのは『左手』だと言う。縁を招いた『左前足』の招き猫。だから猫は快き人や恋愛の縁を招く、となったのさ」
『クロ先生』
語り終えた猫又はドヤ顔をしていたが、魔女はいつの間にか手にした紅茶をくいっと飲み、ニコッと笑って言う。
『長いわ』
「むう!?」
【長かったデスネ】
「ゼプちゃんまで!?」
招いたかどうかは解らないものの、新たな仲間に冷たくツッコまれて猫又は萎れていた。
「外は明るく賑やかなのになぁ」
『もう夜なのでトリック・オア・トリートとは言われませんし。さぁて、ではもう一仕事いたしましょうか』
「なんだ、まだ働くのか」
『ええもう。本物の魔女によるハロウィンナイトというのを見せ付けないといけませんからね……』
雰囲気を出した魔女に猫又はたじろぎ、水分補給をしていたゼプちゃんはカメラの感度を上げた。
『……お菓子を配り歩くだけなんですけど。町内会で頼まれているんですよねぇ』
「な、なんだ、おどかすな。てっきり子どもでもさらうのかと思っ…… ウニャニャウニャニャあ!?」
『今は魔女じゃありませんってば。もう』
【ではワタシはお留守番をイタシマス】
仮装パレードは明るい街中を。
本物の魔女は子どもたちへのプレゼントを。
ハロウィンの夜は様々混じり、とろけて乱れて。
カオスな月夜は更けていくのでした。
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