第1話「俺、村人A。転生していきなり村長ですか!?」
あらすじ
ブラック企業で心身をすり減らした俺は、気づけば異世界の“辺境の村”に転生していた。
しかし、勇者でも聖騎士でもなく──「村人A」。
名前もスキルも、地位も名声もないただの村人。
魔力はゼロ、戦闘力もナシ。あるのは、前世で身につけた雑務力と、しぶとく生きる根性だけ。
だが、ここは異種族同士の争いと差別が当たり前の世界。
ドラゴンの血が支配する山岳国家、魔力至上主義の帝国、精霊信仰が根づく森の王国、天の神を崇める神政国家……
“人間以外”は常に誰かの敵とされ、戦争が絶えない。
そんな理不尽な世界で、俺は選んだ。
「全種族が対等に生きられる場所を作ろう」と。
貴族でも王族でもない、ただの“村人A”である俺が。
少しずつ種族をまとめ、言葉を重ね、争いを避け、
気づけば七種族が集う“連邦”が誕生していた。
――そして、住民投票の結果、
俺はその連邦の初代“大統領”に選ばれてしまったのだ。
魔王でも神でもない。
「民の声」で選ばれたただの村人が、世界を変えていく物語。
【ト書き】
東京のビル街、その隅っこ。
終電がとっくに終わった真夜中、照明が半分落ちたオフィスで、パソコンのモニターだけが煌々と光っていた。
無機質なチャット音が、次々と鳴る。
ピコン。ピコン。ピコン。
応える者はいない。全員が帰った。残っているのは、ひとりだけ。
──ナカムラ・ユウト。
入社からわずか3年で、現場責任者に“押しつけられ”、
今日もまた、明け方のクレーム対応に追われていた。
【ユウト(独白)】
「……もう無理。帰って風呂入って寝たいだけなのに……」
けれど、帰れない。
「あと5件だけ対応したら」──その5件が、終わらない。
キーボードを打つ指は震え、目は霞み、意識が、ふっと遠のいた。
【SE:ガタン──】
気づいたら、駅のホームに立っていた。
いつの間に、会社を出たのか。なぜ電車に乗ったのか。覚えていない。
夜風が吹きつける無人のホーム。誰もいない。誰も止めない。
【ユウト(独白)】
「帰れないなら……もうどこでもいいや……」
気づけば、終電に揺られていた。
座席にもたれて、車窓を眺める。
街の光が、ゆっくりと遠ざかっていく。
人の気配がなくなり、ビルが消え、田畑のような景色が流れた。
──そして、終着駅。
アナウンスもない。電車は静かに停まり、扉が開いた。
【ユウト】
「……どこだよここ……」
駅名すら読めない。案内板もない。見渡せば、霧のかかった山々。
不自然なほど静かで、どこか現実味がない。
ふらり、と足を踏み出す。
土の感触。湿った空気。見上げれば、夜空に赤い月が浮かんでいた。
何もかもが、知らない。
【ユウト】
「……まさか……」
そう思った瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
頭が割れるように痛む。
地面が揺れた気がした。
──そして、倒れた。
【SE:バチッ】
眩しい光が網膜を焼くように走る。
まるで雷に打たれたような衝撃の後、何もかもが白く塗りつぶされた。
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【場面転換:意識世界】
どこか遠く、深く、冷たい電子の海。
プログラムのような記号が脳裏に流れ、数字が、図形が、命令が、意味もわからず流れ込んでくる。
【システム音風の声】
《遺伝子分解……完了》
《原子分解……完了》
《生命再生プロセス……成功》
《意識レベル……安定》
《新規スキル【調和】、付与完了》
《転生先……辺境・廃村》
《受肉開始──》
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【場面転換:転生直後の地上】
【ユウト(朦朧として)】
「……あれ……? 俺……生きてる? いや、これ……死んだな、たぶん」
ユウトは、土の上に倒れていた。
頭はガンガンと痛み、空はくすんだ赤。
空気は乾いていて、鼻に焦げたような匂いが入り込む。
【ト書き】
岩と木に囲まれた谷底の土地。
朽ちた柵、崩れた小屋、煙の痕跡。何かが燃えた直後のような、苦い臭いが辺りに漂っていた。
【ユウト】
「うおっ、くっさ……! てか、ここどこ!?」
【システム音風の声】
《転生処理完了。スキル【調和】付与済み》
【ユウト(振り返るように)】
「……はい? なんか聞こえたんですけど……調和? なにそれ」
【ト書き】
目の前にホログラムのような画面が浮かび、
そこには明らかに“ゲーム的”なステータス表示があった。
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【ステータス表示】
名前:ナカムラ・ユウト
種族:人間(転生者)
称号:村人A
固有スキル:調和(対立する対象間の意思疎通を補助)
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【ユウト(絶句)】
「村人Aて!! もうちょいマシな称号ないの!? スキルも地味すぎる!」
【ト書き】
周囲を見渡しても人の気配はない。
重苦しい静寂と、焦げた木々の香り。
……と思った瞬間。
【SE:グルルル……】
低い唸り声。
茂みの奥から、毛並みが荒れた小柄な獣人の少年が現れた。
手には石のナイフ、目には敵意。
ユウトに向かって、勢いよく飛びかかろうとした──
---
【SE:パァァ……ン】
その瞬間、空間がゆらぎ、光が走る。
【ト書き】
スキル《調和》が自動発動。
ユウトと少年を包むような柔らかな波動が生まれ、少年の動きがピタリと止まった。
【ユウト(独白)】
「……なに、今の……」
そのまま、意識がふたたび遠のいていく。
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【場面転換:異世界・辺境の村】
──土の匂いと、かすかな草のざわめき。
ユウトが目を覚ますと、薄暗い小屋の中。
ぼんやりした視界の中、枕元で何かをしている影があった。
小さな手が、濡れ布で額を拭いていた。
それは──獣耳を持つ少女。
【ユウト(朦朧としながら)】
「……キミは……?」
獣人の少女は、ビクリと体を揺らし、
耳をピクンと立てて、ユウトを見つめる。
その頭上には──まるではてなマークが浮かんでいるかのようだった。
【ユウト(困惑)】
「……もしかして、言葉がわからない……?」
【獣人の少女】
「──ッ、……ルル、ミィ、ソォ?」
【ユウト(苦笑)】
「うん、何を言ってるかまったくわからない……」
少女もまた困ったように首をかしげ、それでも笑うユウトにつられるように、小さく笑った。
【ユウト・少女(同時)】
「……ふふっ」
言葉は通じない。けれど──少しだけ、通じた気がした。
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【ユウト(苦笑)】
「……僕の名前は、ユウト!! ユ・ウ・ト。キミの名前は? What y**our name?**」
【ト書き】
まだ混濁する意識の中、ユウトはゆっくりと自分の胸を指さす。
そして、目の前の少女を指差し、首をかしげる。
──言葉が通じないなら、伝える方法はいくらでもある。
【ユウト】
「ユウト。僕は、ユウト……」
「キミは……? ユウト、your name? ネーム……ネーム……」
【少女】
「……ユウト……?」
【ユウト(笑顔で頷きながら)】
「そうそう!! ユウト! 正解!」
【少女(胸に手を当てて)】
「……ルルミナ」
【ユウト】
「ルルミナ……! キミの名前、ルルミナっていうのか!」
【少女(ぱぁっと笑顔で)】
「ユウト! ルルミナ!」
【ト書き】
名前を呼び合いながら、二人はゆっくりと笑った。
言葉は違っても、名前を交わせば、心が少しだけ近づく。
次の瞬間、ルルミナは「はっ」と何かを思い出したように立ち上がると、
ぱたぱたと小さな足音を立てて部屋を飛び出していった。
ユウトは、まだ起き上がることもできずに、天井を見上げる。
【ユウト(独白)】
「ルルミナ、か……いい名前じゃん……」
──静かな時間が流れる。
やがて、外から**カタカタ……と陶器がぶつかる音**。
それに混ざって、何かが煮えるような優しい香りが漂ってくる。
【ユウト(小さく微笑んで)】
「……なんだか、優しい時間…………腹、減ったな」
---
【ト書き】
その瞬間、扉の向こうでカタンッと音が鳴る。
続いて、湯気の立つ木製の器を手にしたルルミナが戻ってきた。
器の中には、根菜と獣肉の入った素朴なスープ。
香辛料の香りがほのかに漂い、胃が鳴る。
【ユウト(身を起こしながら)】
「……うわ、うまそう……僕に?」
【ルルミナ(頷き、器を差し出しながら)】
「……ミナ、ルル、……ユウト」
【ユウト】
「ありがとう、ルルミナ。いただきます」
【ト書き】
一口、スープをすくって口に含む。
柔らかな甘みと、芯のある塩味。
何かが、じんわりと体の内側にしみこんでいく。
【ユウト(目を閉じて)】
「……うまっ……! これ、ほんとに……」
その時。
【SE:ガタッ】
家の入り口、戸の隙間から誰かの気配。
ユウトが振り向くと、そこに──毛並みの荒れた獣人の少年が立っていた。
鋭い目。細い体。手には石のナイフ。
明らかに、警戒と敵意を向けている。
【獣人の少年】
「……あっち行け……人間……!」
---
【ト書き】
その声が放たれた瞬間、ユウトの視界の端に、またしても**淡い光の帯**が走る。
空間に揺らぎが生じ、まるで耳の奥に“翻訳機”が滑り込んでくるような違和感。
【SE:ピピッ……】
【システム音風の声】
《スキル《調和》作動──異種言語パターン検出》
《対象:獣人語・基底方言B群──文脈予測中……》
《簡易翻訳:『この場所から出て行け、人間。危害を加えられたくない』》
【ユウト(目を見開いて)】
「……え、これ……翻訳されてる……?」
【ト書き】
ユウトの視界に、簡素な字幕のようなものが浮かび始める。
まるでゲームのUIのように、獣人の言葉の下に“予測された日本語訳”が重なる。
【獣人の少年(敵意のこもった目で)】
「……お前たちが……ここを焼いた……」
【字幕表示】
《“人間たちが俺たちの村を壊した。お前も同じだ”》
【ユウト(呆然と)】
「……こんなスキルだったのか、調和って……」
【ト書き】
心の中に、異種族の言葉が“伝わる感覚”がじわじわと広がっていく。
怒りも、悲しみも、全部そのままの濃度で流れ込んでくる。
【ユウト(小さく息を呑んで)】
「……違う。俺は、君の敵じゃない。
少なくとも──焼いたりなんて、してない」
【ト書き】
少年の目がわずかに揺れる。
敵意は残っているが、完全な殺意ではなくなった。
【システム音風の声】
《翻訳精度──75%に上昇》
《対象との共感度上昇により、スキル安定化》
《精神衝突:軽度/対話可能圏内》
---
【ト書き】
クルルの低く唸る声と鋭い視線に、ユウトが言葉を詰まらせたそのとき──
ルルミナがハッとしたように立ち上がり、ユウトの前に滑り込む。
その小さな背中が、震えている。
けれど、しっかりと腕を広げて、彼を庇っていた。
【ルルミナ(クルルに向かって)】
「……クルル、ルル……ユウト、ダメ……!」
【クルル(唸るように)】
「ルルミナ、どいて。こいつ、人間だ……!」
【ト書き】
ルルミナは一歩も退かない。
その目は、どこか必死で、そして……強かった。
【ルルミナ】
「ユウト、ルルミナ、ルルミナ、クルル! みんな、イッショ……」
【ト書き】
クルルの表情が少しだけ揺らぐ。
ナイフを下ろし、視線を逸らすように、ぽつりと呟いた。
【クルル(小さく)】
「……ユウト……が、名前か」
【ユウト(そっと笑いながら)】
「ああ、ユウト。で、君が……クルル? 名前、教えてくれてありがとう」
【クルル(警戒は残しつつも)】
「……俺は、クルル。この村の、前の村長の……息子だった」
【ト書き】
ユウトの目が、ふと揺れる。
【ユウト】
「……前の村長……って……」
【ルルミナ(伏し目がちに)】
「ニンゲン……火、村、全部……お父さん、お母さん……友達いない……」
【ト書き】
辺りに漂っていた、焦げた匂い。
焼け落ちた小屋。すすけた柵。
そのすべてが、今やっと意味を持った。
【ユウト(ゆっくりとスープの器を手に取り)】
「……このスープ、すごく美味しかったよ。
優しくて、あったかくて……心が落ち着いた。ありがとう、ルルミナ」
【ト書き】
ルルミナが、ぱっと顔を上げる。
頬が少しだけ赤くなり、小さく「ニコ」と笑った。
【ユウト(続けて、クルルに)】
「君たちは、こんなに小さいのに……たったふたりで、この村を守ってきたんだな」
【ト書き】
ルルミナ──まだ10歳。
クルル──わずか8歳。
それでも、誰もいないこの廃墟で、生き延びてきた。
【ユウト(ゆっくりと、静かに)】
「俺も……ここで一緒に、生きてみてもいいかな」
【クルル(黙ったまま、うなずくように少しだけ)】
【ト書き】
三人の間に、かすかなぬくもりが流れた。
言葉や種族では埋められない溝を、“少しだけ”埋める、そんな瞬間だった。
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あちこちに残された骸、焼けた集落。
それは、魔物に襲われ、国にも見捨てられた“辺境の村”の末路だった。
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【ユウト】
「ここ……俺が、再建するよ」
【ト書き】
ぽつりと呟いたユウトの言葉に、ルルミナとクルルが顔を上げる。
【クルル(戸惑い)】
「……再建って、どうやって?」
【ユウト(苦笑して)】
「まだ考えてない。でも──放っておけないんだ。
君たちを、こんな場所で独りにさせるなんて……俺の性格的にムリ」
【ト書き】
言葉に重みはない。
でも、それを言うユウトの顔は、不思議とまっすぐだった。
【ユウト】
「村人は、僕を含めて……たった3人だけ。だけど、3人いれば何かできる。……いや、やらなきゃダメだ」
【ルルミナ(瞳をきらりと揺らしながら)】
「ユウト、ユウト、イッショ……ルルミナ、村、見せる」
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【場面転換:廃墟の村】
【ト書き】
ルルミナに手を引かれながら、ユウトはかつて“村だった場所”を歩いた。
焼け焦げた家々。ひび割れた井戸。
畑は草に埋もれ、道は崩れかけ、風が通るだけの谷底。
けれど──風の中には、子どもたちが遊んだ名残もあった。
木の実を集めたカゴ、半分壊れたブランコ、風鈴の残骸。
【ユウト(立ち止まり、呟く)】
「ここに……人の暮らしが、あったんだな」
【クルル(ぽつりと)】
「……全部、燃えた」
【ユウト】
「でも、全部が終わったわけじゃない。
生きてる限り、やり直せる。……そうだろ?」
---
【ト書き】
ルルミナがうんうんとうなずく。
クルルも、渋い顔のまま、目だけは逸らさなかった。
【ユウト(振り返って)】
「さぁ、考えよう。
食べるもの、水、寝る場所……ひとつずつ、やれることから。
俺たちは──生き延びる。絶対に」
【ナレーション風モノローグ】
焼け落ちた村。
家も、畑も、誰かの居場所も、すべてが奪われた場所。
でも、ここに“希望”はある。
たった3人しかいなくても。
食べ物がなくても、水道が壊れていても。
命があって、志があれば──村は、きっと再び灯る。