念仏に踊る
八階建てオフィスビルの屋上、お気に入りの缶コーヒーを片手に、俺は自殺を決意していた。
大学受験に失敗し、地元の会社に入った俺は、仕事でミスを連発。周りからも呆れられていたが、先程、ちょうど一時間ほど前、ついに会社に一千万クラスの損害を負わせてしまった。もう取り返しもつかないので、誰にも気づかれないうちに死んでしまおう、という算段だ。
ああ、失敗だらけの人生だったな――
覚悟を決め、手を柵にかけ片足を持ち上げたその瞬間、後ろから声が聞こえた。
『お兄さん、踊念仏を唱えませんか?』
――は?
振り向くと、僧侶の姿をした老人が素足で踊っていた。
『ほれ踊って、ほれ、ほれ』
老人は、両手をひらひらと振りながら、足でリズムをとっている。馬鹿な俺にはよくわからないが、まあ、これが「踊念仏」とやらなのだろう。
脳の理解が追いついていないのか、この状況が面白く思えてきた。
はは、もうどうにでもなれよ。
老人を真似て踊ってみる。おお、意外と疲れるな……
ーー二、三分経っただろうか。額に汗が滲み始めた頃、老人は突然踊りをやめ、笑顔でこう言った。
『ほれ、良いもんでしょう』
そう言われてようやく、俺は自分の指が手すりから離れていることに気がついた。
老人と目が合う。僕らの微妙な間を、生ぬるい風が突き抜けていった。