セックス2
「セックス」=神なのか? セックスについて多くを語らないことにより、「セックス」を浮かび上がらせることにしよう。もちろんそれが出来るに越したことはないが、少々セックスの力を借りる羽目になるかもしれない。
「セックスするよりも『セックス』した方がましだ。どう考えてもそうだろう? どれぐらいましかって? セックスを反転させて裏返して折り曲げて折り曲げて折り曲げて……そのちょうど厚みの分ぐらいましだ。セックスには厚みがない。『セックス』には厚みがある」
「厚みのある『セックス』? 」
「そう、厚みのある。ただし重厚である訳ではない。あくまでも軽やかなもの。持ち歩き可能なもの。見たまえ、こうも見事に手のひらの上で踊っている。セックスが1枚の紙であるとすれば、『セックス』はそれをきっかし42回折り曲げたものだ」
「はぁ……」
「困惑するなよ。すぐそばにあるだろう。ほら」
「どこ? 」
「君のすぐ目の前に」
「……? 」
「見えないか。仕方ない。『セックス』とはそういうものだからな。セックスは分割出来ないが、『セックス』は分割出来る。後払いもできる。粉々に分割された『セックス』のかけらが足元に散らばっているではないか」
「……散らばってるって、もしかしてこの桜の花びらのこと? 」
「……なるほど。確かに、そうかもしれないな。素晴らしい。素晴らしい着眼点だ。散りゆく桜から『セックス』を連想するなんて。君は『セックス』の天才だ。君は私の助けなしに独力で今『セックス』しているんだ」
「その言い方全然嬉しくないな」
「セックスとは大抵相手を必要とするものだが、『セックス』とは誰かとするものではない。ひとりでするものだ。これがどういうことか分かるか? 」
「……分からない」
「私にも分からない」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
「『セックス』マスターの君なら分かるかと思って」
「マスターしてる訳ないだろ。今さっき聞きかじったばかりなんだぞ。セックスは、セックスと『セックス』で出来ている、っていうアホみたいな謎の概念を。こんなの押し付けられる身にもなってみろ。迷惑千万極まりないだろ。私の純粋なセックス観を返してくれ」
「そんな冷たいこと言うな。それは元々持っていただろう。私がたまたま鉱脈を掘り当てただけで、湧き出すのは時間の問題だった。素質はあったってことだよ」
「……はぁ。そう、なのか? あまり良いことのようには聞こえないけどな」
「そんなことない。それと『セックス』は見えないのではなく、見ようとしていないのだ。ミミズを求めて凧をあげる。とんちんとんちん頓珍漢だよ。セックスが分からないから、『セックス』を見落とす。逆もまた然り」
セックスとは融合であり、「セックス」とは離脱することである。セックスに過程はあるが、「セックス」には過程がない。セックスは全てを変える力があり、「セックス」には何の力もない。セックスには意味があるが、「セックス」は無意味だ。「セックス」とはセックスからセックスである要素を全て脱落させたもの。セックスは「セックス」の具現化にすぎない。だから当然「セックス」はセックスと引かれ合う。だけど「セックス」にセックスは必ずしも必要不可欠ではない。何言っているか全然分からない? どうか自分の目を疑わないで欲しい。残念ながらこれ以外に言う方法がないのだ。ひょっとしたら海の絵を描いたら分かるかもしれない。あるいは、潮の遠鳴りを聞けば。たとえ今分からなくてもそのうち「セックス」の方から喜んで教えてくれるさ。君がそれを望めば。私が「セックス」の名にかけて保証する。とにかくセックスと「セックス」の境界線上に風雅を見るのだ。幽霊を見るのだ。霧に包まれた静かな森を見るのだ。セックス仙人の奏でる琴が聞こえるか? そこには我々よりももっとセックスに精通している、セックスの仙人がいて、私はその者らの代わりに歌っているだけなのだ。彼らは私の口を通して我々に何かを告げる。果たして一体何を語っているのか? 私の言葉の端をなぞるより、彼らの口ぶりを、音色を、愛を思い出すのだ。もうそこにはいない彼らを。眠ったように佇んでいる彼らの腹の中を。
我々を規定するのは、単純な想像力はなく、想像できることを想像しようともしない怠惰な「セックス」なのである。そしてしっぽを掴ませない、かつ想像もできない「セックス」なのである。驚くにはまだ早い。何と素晴らしいことに「セックス」はセックスに内包されている。そして「セックス」はセックスを外包してもいる。こんなに美しいことが未だかつてあり得ただろうか! ただ「セックス」を思え。それがセックスであろうとなかろうと関係ない。そんなことは「セックス」のみぞ知るのだから。