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王城からの誘い

「もうっ! どうして突然あんなことを言うんですか? おかげでせっかくのマカロンの味が分からなくなってしまいましたわ」

「だから部屋を出る直前に言ったんだろう? これを聞いたら授業にならなくなる、と思って。マカロンは……また街に出た時に買ってくる。そこまで高価なものでもないしな」


 少々拗ねたような表情のイザベラに苦笑するのはエドワード。この日二人は侯爵家の紋章が入った馬車で王城を目指していた。


「それにしても……私なんかが王太子殿下夫妻と謁見だなんてよろしいのでしょうか? 社交界にすらまだ出ていないですし、令嬢教育もまだ途中ですのに」

「何度も言ったがそこは心配ない。今日の会談は殿下夫妻の私的なスペースで行われるごく私的なものだ。出席者も殿下方と私達だけ。お二人はなんなら功績のあった市民などもよく王城に招いていらっしゃるから、そこまでガチガチにマナーを要求することもない」

「そうかも知れませんが……」

「大体、侯爵家に来てからの一月で、だいぶ令嬢としての振る舞いが板についてきたじゃないか」


 エドワードの爆弾発言から1週間程。その間に衣装の準備だ、王族に合うためのマナーのおさらいだ、と大忙しにしていたせいかイザベラの情緒はやや不安定だ。

 エドワードも王太子から突然打診を受けて、その日に彼女にこの件を伝えたのだが、とは言え可哀想なことをした自覚があるのか、柔らかい声で彼女を励ました。


「ところで今日はまたドレスの雰囲気がいつもと違うな。アンナがやってくれたのか?」

「はい。いつもはどちらかというと可愛らしい雰囲気のものが多いのですが、王宮ならすこしかっちりとした印象が良いだろうと言われまして……いかがですか?」

「とても良く似合っている。緑色を着ているのは始めて見たが、とても品が良いな」


 本日のドレスは手触りのよい絹で作られたシックな深緑色。普段あまり着ないようなドレスのため、内心どきどきしていたが、即答したエドワードの返事にイザベラは安堵した。


 走行していると馬車が速度を落とし、そしてゆっくりと止まる。外をこっそり覗くと、多くの兵が見え、御者が一言二言話しているので、おそらく城門についたのだろう。侯爵家の馬車だからかほとんど時をおかず馬車は動き出し、イザベラはいよいよだ、と気を引き締めた。






「王太子殿下並びに妃殿下。ヴァーレンシア子爵、エドワードただいま参上致しました。そしてこちらが婚約者のグレンシャー伯爵令嬢です」

「グレンシャー伯爵が二女。イザベラにございます。本日はお招きくださりありがとうございます」


 エドワードの言葉を受けてそう名乗ったイザベラはゆっくりと膝を折り、深い礼をとる。隣のエドワード共に頭をたれていると、落ち着いた男性の声、次いで快活そうな女性の声が振ってきた。


「こちらこそ忙しいのに無理を言って済まない。イザベラ嬢は初めましてだな。ハンヴェルトーン王国王太子のアランだ」

「その妻のベルーザよ。よろしくね」


 王太子の合図で顔を上げたイザベラは失礼にならない程度に始めて会う王太子夫妻を見る。

 エドワードの一つ歳下というアランはその年齡よりずっと落ち着いて見える青年。

 一方アランより3つ年上だ、というベルーザは明るい笑顔が印象的な女性だ。


「さて、早速だが立ち話もなんだろう。お茶の用意があるから座って話すとしよう」


 そう言って奥に用意されたテーブルを示す王太子の言葉でイザベラ達はテーブルに移動し、歓談は始まった。


「イザベラ嬢もなかなか大変だったね、突然貴族の子供だったと言われてこの世界に来て、その上、当初引き取ったのがあのグレンシャー伯爵夫妻とは……」

「いえ、その……今はマイルウェル家の皆様にとても良くして頂いてるので。むしろ期待に答えられていないのではないかと……」

「そうかい? 2ヶ月前まで下町で暮らしていたとは思えないほど洗練されていると思うが……相当努力しないとそうはならないだろう」

「いえ……そんな」

「殿下のおっしゃる通り、彼女は我が家に来て以来、血の滲むような努力をしてくれていますよ」


 いつものよそ行きモードのお世辞だとはわかりつつも、イザベラの努力を称える言葉にイザベラが頬を染める。その密かな表情の変化を見逃さなかった王太子夫妻は、二人の関係性を想像して微笑みあった。


 その後も王太子を中心に話しは続いたが、もともと彼はエドワードと何やら相談があったらしい。お茶を一杯飲み終わったくらいで、妻とイザベラに断ってエドワード共に中座し、テーブルには女性陣だけが残された。


「さ、もともと気軽な会のつもりだったけど、ここからはもっと気軽な気持ちで良いわよ、イザベラ嬢。あなたとは一度ゆっくりお話してみたかったの」

「ありがとうございます。妃殿下にそのように思っていただけて光栄にございます」


 気軽に、と言われてもそう簡単に出来る訳もない。またエドワードのように、オンオフをくるくると入れ替える術も持たないイザベラは、少し硬い笑顔を貼り付けたまま答える。


「もうっ! 固いわね。といっても社交デビューもまだだものね。仕方ないわね。それにしてもあのエドワードがついに婚約だなんてね、私も歳を取るわけだわ」


 そう言って天井を見上げるベルーザにずっと固い表情だったイザベラも思わずというようにクスリと笑い声を漏らす。


「歳を、とおっしゃっても妃殿下もまだ充分お若くいらっしゃいますわよね?」

「フフフ、もちろん冗談よ。私で歳をとったなんて言ってたら社交界の御婦人達に睨まれてしまうわ。でも感慨深いのは本当よ。エドワードのことは幼い頃から知ってるから」

「エドワードに聞きました。殿下と共に幼馴染のような関係でいらっしゃったのですよね」


 当時は没落していたとはいえ、由緒ある貴族であるマイルウェル家は王族とも親交が厚い。幼い頃から妃候補として城に出入りしていたベルーザにとって、そこそこの頻度でアランの遊び相手として登城するエドワードは、二人揃って弟のようなものだった。

 エドワードにその話を聞いたイザベラは、改めてとんでもない人の婚約者になるのだと戦いたものだ。


「それで……エドワードはどう? 婚約者としてちゃんと振る舞ってくれているかしら?」

「……はい。とても良くしてもらってますわ」


 本来は即答すべき質問だが、顔合わせ初日のことがとっさに頭をよぎり変な間が出来てしまう。もちろんそこを見逃すベルーザではなかった。


「なんだか怪しいわね。まあさっきの挨拶をみている限りはきちんとエスコートしているみたいだけど……あいつちょっとデリカシーがないところがあるでしょ?」

「まあ……多少そういったところも……」


 そして彼女の言う事はだいたい合っている。とはいえここ最近のエドワードは彼女のことを認めて、助けてくれているのも事実。幼馴染の評価を下げたままにするわけにはいかない! とイザベラは言葉を続けた。


「ですが最近はとってもお優しいのですよ。この前もマカロンを差し入れて下さったり、私の令嬢教育も手伝ってくださります」

「マカロンといえばエドワードの好物だったわね。自分の好物を差し入れる辺り、確かにあなたのことを気にかけてはいるのかもね」


 そう安心したように微笑むベルーザだがイザベラには少し気になったことがあった。


「マカロンはエドワードの好物なのですか?」

「ええそうよ、フォートテイルに留学していた時に食べて好きになったらしいわ。まあマカロンに関わらず、甘いものは全体的に好きみたいだけどね」

「そのことも知りませんでしたわ……。そう言えば以前好きな食べ物を聞いたした時に、オレンジの入った焼き菓子だ、と話してましたわ」


 イザベラは始めてエドワードと会った日のお茶会を思い出した。


「それは反対に私が知らなかったわ。オレンジはマイルウェル領の名産だものね。昔マイルウェル家へお邪魔した時もよくお茶の席で頂いたけど、エドワードの好物だったとはね」

「甘いものが好きだ、という話はあまり周りにしてないのでしょうか」

「どうかしら? 隠しているって程じゃないでしょうけど、プライドの高い男だから……甘いものが好きなんて恥ずかしい、と思ってるのかもね。婚約する予定の相手にくらい話しても良いと思うけど……それこそマカロンを渡す時とかに」

「あの時はそのままお茶会を模したフォートテイル語の授業となりましたので、それどころじゃなかったのかも……しれません」


 イザベラはそう話しながら、マカロンをもらった日のお茶会を思い出す。そうするとあの時は答えるのに必死で恥ずかしがる余裕もなかった、エドワードの甘い口説き文句の数々が頭の中で反芻され、今更ながら赤面した。


「あら、どうしたの? そのお茶会で何かあったの?」


 突然何かを思い出したかのように顔を赤らめたイザベラにベルーザは不思議そうに聞くが、イザベラは少し下を向いて首を何度も振りつつ


「も、申し訳ございません。それは……内緒にさせてください」


 と絞り出すように言う。その必死な姿をベルーザはさらに不思議そうに思いつつ、あまり追求しても可哀想か、と


「わかったわ」


 といって話を切る。そして、二人の間に流れた少し微妙な空気を埋めるべく別の話題を切り出した。


「そうだわ! せっかくだしエドワードについて何か聞きたいことはある? これでも20年来の付き合いだもの。何なら喧嘩した時に彼を黙らせることの出来る秘密も一つ二つ知ってるわよ」

「さ、流石にそんな秘密を教えてくださいとは言えませんが……ではお言葉に甘えて、エドワードの子供時代を教えていただくことはできますか?」


 以前マイルウェル夫妻から、エドワードが幼い頃から侯爵家の跡取りとしてのプレッシャーと戦ってきた、ということは聞いていたイザベラ。だが実際に彼がどんな子供時代を過ごしたのかは知らないし、今のエドワードからは子供時代、というのがあまり想像出来ない。そう話すイザベラにベルーザは「そうね……」と少し考える。


「幼い頃ーーまだ10にもならない頃のエドワードは結構わんぱくだったわよ。それこそ殿下といっしょになってこの城内を冒険して、陛下に怒られたりもしていたし。いたずらも色々されたわ。それこそ蛙をいきなり見せられたり……。エドワードは昔からよくマイルウェル領に行ってたから、名家の令息にしては虫だとかそういうのも平気なのよね。一緒に遊ぶ殿下も同じ。まあ私も実家も結構田舎に領地があるから私も平気なのだけど」

「蛙……ですか? 私はちょっと……」

「そう言えばイザベラ嬢は王都から出たことがないのよね」

「はい。田舎の風景、というのはとても興味があります。それにしても、今のエドワードからは想像がつきません」

「そうね。私は直接知らない世界だけど、学舎は貴族社会の縮図、というか実家の力関係が如実に現れるらしいわ。エドワードも苦労したのじゃないかしら? あの頃のマイルウェル家はちょうど復興したてくらいだったし、王家の贔屓だから復活出来た、なんて陰口はまだデビュー前の私ですら聞いたしね」

「やっぱりエドワードも色々苦労されたのですね」

「でも、確かに今は澄ました風を装っているけどそれだけじゃないみたいよ。この前のフォートテイル外遊のときも、私だけ置いて殿下と二人で下町に行っちゃうし。私も行きたいって言ったら、『危険だからだめです』だって。一体どんな場所に言ったのかしら!」

「ま、まあ確かに下町は治安の悪い場所もありますから。慣れていないと危険な目に合うこともあるかもしれませんわ」


 その時のことを思い出してだんだん語気が強くなるベルーザにイザベラが苦笑する。


「あっ、ごめんなさいつい熱くなってしまったわ。まあ……私の知ってるエドワードはそんな感じよ」

「なんだかエドワードの意外な一面を知った気持ちですわ」


 その後のエドワードの話中心に会話は盛り上がり、イザベラは彼が戻ってくるまで楽しい一時を過ごしたのだった。

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