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踊りたい相手

「良い? ベル。どこかへ誘われてもついていかないこと、ダンスや話の途中でも怪しかったら切り上げて良いからね、男は狼だってことを忘れずに」

「もう! エドったら……私は子供じゃないのよ。大体男がみんな狼ならエドはどうなのよ」

「そりゃあもちろん狼さ、ベル限定だけどね」

「もう! 調子が良いんだから」

「まあ、冗談ーーじゃないんだけどそれはおいといて、今日は普通の夜会じゃないからね。本当に気をつけて」


 すこしおどけて見せたエドワードはそれから急に真面目な表情に戻り、イザベラに言い聞かせる。今度はイザベラも神妙な様子でそれに頷いた。


 社交シーズンも終わりかけた秋の初め。今日二人がいるのは王宮の大広間。社交シーズンには幾度も夜会が開かれる場所だが、今日は普段と雰囲気が違う。


 ランプの明かりが絞られ、代わりに広間を照らすのは無数の燭台。赤いカーテンはわざわざ妖しげな紫に取り替えられている。そして何よりフロアを埋め尽くす人々は皆、仮面で顔を隠している。


 そう、今日は年に一度だけ開かれる仮面舞踏会の夜なのだった。


 孤児院時代から名前だけは聞いていた行事が実際に開かれる、ということを聞いて、好奇心に瞳を輝かせたイザベラ。そんな彼女を見て、王太子夫妻が二人を招待してくれたのだ。


 そんな訳で今日の二人が来ているのは普通の夜会服ではない。


 イザベラが扮するのは妖精。レースをふんだんに使ったふんわりとした桃色のドレスに羽を模した飾りを付け、細身の杖も持っている。


 一方エドワードは、おとぎの世界の登場人物に扮したイザベラに合わせて魔王の姿だ。とはいえ普段の夜会服にマントを重ね、手には大きな杖、そして動物の角を付けた仮面をかぶる、という姿でイザベラほど凝ってはいない。


 それでも普段の優しい貴公子、といった風貌から比べるとずいぶん厳しく、その姿を一見したイザベラはずいぶんと胸を高鳴らせることになった。


 そんな過保護な魔王に守られつつ、会場の中心近くまでやってきたイザベラ。彼女に最初に声をかけたのは、国王夫妻が欠席しているこの場で最も地位が高く、だが同時にイザベラと仲の良い二人だった。


「あら! イザベラちゃん! とっても可愛いわ……それは妖精ね、ほら、もっとこっちへ来てちょうだいな」

「エドワードは魔王かーーまた面白い取り合わせだな」


 イザベラを見るなり、興奮を隠さないのは仙女に扮した王太子妃ベルーナ。やや早足で近づき、イザベラの腕をエドワードから奪い取る。一方「クック」と笑いを噛みしめるのは古い時代の騎士の姿をした王太子だった。


「王太子殿下、並びに王妃殿下。本日はお招きいただきありがとうございます。……ですがいきなり我々の下へ来てしまってよろしいので?」


 今はまだ夜会が始まったばかり。挨拶の順番、というものもあるだろう、と心配するエドワードにベルーナは「ふふふっ」と笑った。


「まあ! お硬いこと。今日は仮面舞踏会よ、無礼講じゃない! ……それに、イザベラちゃんはこういった場に不慣れでしょう。さっさと不埒な男どもを牽制しておくべきかと思って」

「それはまあーーお気遣い感謝いたします」

「良いってことよ」


 彼女の言う通り、素性がわからない、という建前で行われる仮面舞踏会は、普段の夜会に比べれば随分とマナーに寛容。しかしそれは風紀が緩い、ということも意味している。


 そういった点では、あわよくば一夜の思い出を、などといったことを考える男たちに、イザベラが何者で、誰の庇護を受けているのかを知らしめるのは相当意味のあることだと言えた。


「さて……じゃあそろそろ私達は行くわね。また今度ゆっくりお茶でもしましょ。せっかくなんだし楽しんで帰ってね」

「エドワードもしっかり婦人を守るんだぞ」


 二人はそうエドワードとイザベラに笑いかけて去っていく。短い時間だが、王太子夫妻はしっかりとお気に入りアピールをしていったのだった。






 ところが王太子夫妻があれだけ周囲に釘を刺し、エドワードが独占欲全開でイザベラにピッタリと張り付いても、無謀な挑戦者、というものは現れるものだ。


 夜会が始まって1時間程経った頃。エドワードが隣国フォートテイルの大使に耳打ちされ、イザベラの側を離れる時間があった。


 その時もかなり逡巡していたようなのだが、エドワードが王太子の頼まれてしている仕事には、どうも諜報めいたものがある、ということを知っていたイザベラは


「少しくらい一人でも大丈夫よ。ほら、大使様をお待たせしてはいけないわ」


 と送り出す。しかし、その僅かな隙を狙うかのように、彼女をダンスに誘う男がいたのだった。


「紳士様。ご存知かと思いますが、私社交は不慣れでして……」

「ええ、存じておりますとも、素敵な妖精さん。ですが百戦錬磨のレディの集まる中では、逆にあなたのような野薔薇が輝く、というものなのですよ」

「まあ! ふふふ……お上手ですのね」


 そう言いつつ、イザベラは内心では「ケッ」と下町にいた頃のような悪態をつくーー彼女がいた教会の孤児院でそんな言葉を使おうものなら院長先生の長いお説教が始まるのだがーーそれはさておいても、彼の言いようでは、まるでイザベラが洗練されていないようである。


 口説いているつもりだろうが、イザベラにとって一番気に障る部分をピンポイントでついてくるあたり、碌な男ではない。


 そんなことを頭の片隅で考えつつも、顔には笑みを、声音は柔らかく。そういったことが出来る程度にはイザベラも場数を踏んでいた。


「それにダンスもお上手ですね、イザベラ嬢。ーーただ少々真面目すぎるご様子だ。せっかくでしたら『仮面舞踏会』向きのダンスをお教えしましょうか?」

「興味はありますが……まだ、羽目を外すには早すぎますわ、基本のステップがやっとですもの」

「おやおや、ご謙遜を……」


 そう言いつつ、男は少しずつイザベラとの物理的な距離を詰めようとしてくる。そんな彼の様子に、イザベラは会話を楽しんでいる風を装いつつ、内心ため息を付きながら、そっとイザベラをホールドする男との間を距離を開けた。


 そうして攻防を重ねること、数分間。ようやく1曲踊り終えたところで、イザベラは礼とともに男のもとから去ろうとする。やや強引な気もするが、こういう男には、可能性を感じさせてはいけない、と習っている。


 ところが、イザベラの思惑など百も承知らしい男は、


「おや? もう去ってしまわれるのですか」


 といって、彼女の手をそっととった。その手つきはあくまでも紳士的だが、どこか有無を言わさぬ強引さもある。イザベラは思わず立ち止まると、男はスッとイザベラとの距離を詰めた。


「せっかくなのです。もう一曲踊りませんか? それとも慣れない場所でお疲れ? ーーでしたらバルコニーにでも行きましょうか?」

「いえそんなーーお気遣いは嬉しいですが、夫が心配しますので……」


 そんなことを言いつつイザベラはそっと周りを見渡す。今のところ助け舟を出そう、という人はいないようだが、視線は多い。強引なことは出来ないだろう、と思っていたところで、視界に待ち望んだ人影が飛び込んできた。


「これはこれはフレイル卿。妻が大変お世話になったようで。ーーしかし御存知の通り妻は社交に不慣れでして……少し休ませたいのですが」


 そう言いつつ、男の腕からスルリとイザベラの腕を取り返すのはエドワード。その有無を言わさぬ態度に男はあからさまに不満げな表情をした。


「おやおや、随分狭量な。それに仮面舞踏会ですよ。どうして私の名を?」


 マナー違反では? と尋ねる男にエドワードは不敵に笑う。


「仮面をしていても有名な人物、というのはわかるものでしょう? それに嫌がる女性を無理やり口説くのも十分マナー違反では?」


 そう言ってエドワードは笑顔を冷たくする。こういうときのエドワードの表情はなかなか迫力がある。それはきっと王太子と危険な橋を渡ってきた経験のなせるものだろう。


 何やら薄ら寒いものを感じたらしい。結局フレイル卿とエドワードが呼んだ男は、


「それでは妖精さん。またいつかの夜に出会いましょう」


 と言って去ってしまう。その後姿をイザベラは内心舌を出しつつ見送った。


「エド! 来てくださって助かりましたわ。正直ちょっぴり油断してました」

「いや、僕こそ本当にごめん。やっぱりちょっとでも傍を離れるべきではなかったね。ーーでもベル、随分とあしらいがうまくなったよ。僕がいなくても十分乗り切れたんじゃないかい?」

「まあ! 光栄なお言葉ですわ」


 エドワードの言葉にイザベラはちょっぴりおどけつつ、頬をゆるゆると緩める。


 そう、彼はいつだってイザベラが欲しい言葉をくれるのだ。それに甘えてはいけない、とは思いつつも。やっぱり彼の褒め言葉は嬉しいのだった。


「ねえ、エド? 私達も踊りませんか? 私せっかくの仮面舞踏会の思い出があの男っていうのはちょっと……」


 ちょっぴり甘えたようなイザベラの言葉に、エドワードがニコリと微笑み、頷く。それから軽く礼をして、彼女の腕を取った。


「私と踊っていただけませんか? イザベラ嬢」

「喜んで! エドワード様」


 気取った風に言い合って、笑みを交わす。それから器用に曲の途中からワルツに入るエドワードに腕を引かれて、イザベラはホールに出来ているダンスの輪に入った。


 普段よりかはずっと密着して踊る二人。しかし仮面舞踏会では誰も顔を顰める者はいない。


 彼らが何者なのか? に気付いている人も多いが、彼ら彼女らもそっと微笑ましげな笑みを送るだけだ。


 秋の初めの夜は短くも長い。


 二人はお互いしか瞳に入れないまま、ダンスの時間を楽しむのだった。





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