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お茶会

「本日はお招きいただき光栄にございます、レーゼリア公爵令嬢」

「こちらこそ、忙しい中お越しくださいましてありがとうございます、ラッフォード伯爵令嬢」


 社交シーズン真っ只中のマイルウェル侯爵邸。この日のイザベラは友人である、アイラ・ラッフォード伯爵令嬢を呼んで小さなお茶会を開いていた。


 国有数の古参貴族、レーゼリア公爵の孫であるアイラ。レーゼリア公爵の養女となったイザベラにとっては義娘に当たる。……がしかし、そんなことを除いても、2人は以前にレーゼリア侯爵家で開かれた園遊会で出会って以来、すっかり意気投合し、今や親友同士。


 挨拶こそ、形式張ったものだが、それが終わるとすぐに、その距離は友達同士のそれになった。


「何を言っているの? イザベラ姉様と会えるならどんな予定より優先するわ」

「まあ! 嬉しいことを言ってくれるのね。さ、じゃあ早速お茶にしましょうか? 料理長が存分に腕を奮ってくれたの」


 アイラの言葉に頬をゆるゆると緩めたイザベラは、そう言ってテーブルの方を示す。そこには今が季節のさくらんぼのタルトを始め、美味しそうな菓子や軽食が並んでいた。


「本当ね! 素敵だわ」


 そう言ってアイラが席につくと、イザベラは用意されていたティーセットを使いお茶を淹れ始める。ドレスの長い袖を引っ掛けないようにお茶を淹れるのも、今では随分と様になってきていた。


「さあ、どうぞ。今日はシェディリア産のものを用意したわ、お砂糖はいくつかしら?」

「そうね……一つで良いわ? それにしても良い香りね」


 カップにそそがれたお茶から漂う、芳醇な香りにアイラが目を細める。それぞれのカップにお茶が注ぎ分けられ、二人きりの小さなお茶会は始まったのだった。


 友人同士、義理の親子関係とはいえお互い忙しい身の上。2人は、そうよく会える訳でもない。こうして会えば、話すことは山程ある。


 あれこれと話題を変えつつ、一通り話したところで、急にアイラが少し真面目な表情を作った。


「そうーーところでイザベラ姉様? 実はね、私今度お見合いをすることになったの」

「お、お見合いを!? ……でもこの世界じゃ早い、という訳でもないのかしら」


 そういうイザベラだって、まだ成人したばかりの18歳だ。2つ歳下のアイラだが、婚約期間のことを考えれば、決して早すぎるわけでもないのかもしれない。それでもイザベラは少し心配げな表情をした。


「もう……イザベラ姉様ったらそんな顔をしないで。どういう顔をして言えば良いかわからないから、深刻な感じになったやったけど、ちゃんと納得済みよ。それに相手もよく知ってる方だし」

「あら? そうなの?」

「ええ、斜向かいに昔から住んでいるカートリー伯爵のご令息よ、ルーベル様。今は外交部へ勤めていらっしゃるわ」

「まあ! 外交部に? エリートじゃないーー」


 海外との交渉などを担う外交部は王国政府の中でも重要なポジションの一つだ。婚約者であるエドワードも働きたがっていた部署の名前を聞き、イザベラは少し興奮気味に声を上げた。


「本人はそうでもないって言うけどね……でもやっぱり何ヶ国語も話せるのは、素直に凄いと思うわ。それに誠実で優しい方ですし。良い縁談だと思ってるの」

「そう……それは良かったわ!」


 少し心配したものの、アイラの話を聞く限り悪い話ではなさそうだ。そうホッと胸をなど下ろすイザベラに、アイラは「それでね……」とすこしいたずらな瞳で問いかけた。 


「いくら顔馴染みとはいえ、お見合いをするとなると緊張するわ。だからイザベラ姉様とエドワード様の出会いのお話をお聞きして参考にできたらなっ、て思ってるの」

「私の!? どうしてまた……」

「どうしてって……お二人は今シーズンきっての話題の婚約者じゃない? お聞きしたわよ。エドワード様があなたの手をとって、『たとえあなたが何者でも妻にする』って啖呵を切ったお話。素敵よね。きっと歌劇になると思うわ」

「やめて! 恥ずかしいわ」


 自分たちがモデルの歌劇なんて見ていられない。思わずイザベラの声が裏返り、アイラはクスクスと笑った。


「まあ、それは多少冗談として……そんな素敵なお二人が近くにいるのだもの。参考にしない手はないわ。で? お二人の出会いはどんな感じだったの?」

「え、えーとね……ハハッ……それがーー」


 エドワードとイザベラの初対面は一言で言えば口喧嘩だ。しかも冷静に考えたってあれはエドワードに結構非がある、と思う。婚約者の評判をなるべく落とさないように、と一瞬逡巡したイザベラ。しかし結局、まあ、あのときのエドワード結構酷かったし良いか、とありのままを話すことにしたのだった。


「ひどいわ! まさかエドワード兄様がそんな事言うなんて! ちょっととっちめてやーー」

「待ってアイラ! 今日はエドワード屋敷にいるけど、とっちめたら駄目!」

「でも! イザベラ姉様……」

「駄目よ」


 きっぱりと言われて、ようやくアイラは腰を落ち着ける。それから気持ちを落ち着けるように少しお茶を飲んだ。


「まさかそんなことがあったなんて……でもどうしてそこから今みたいな関係に?」

「それは……最初はいけ好かない奴だと思ったし、なんとしても見返してやるっ、としか思ってなかったのだけど……」

「うんうん」

「エドワード様も苦労されたことがわかってきたし、マイルウェルの嫡男としてのプレッシャーは、端から見てても可哀想な程だったし、ーーそれにエドワード様が実は優しい人だってことも分かってきて……いつの間にか絆されていたわ」

「そうだったのねーーでもそれで納得だわ」


 イザベラの言葉を微笑ましげに頷きつつ聞いていたアイラが、不意に物わかりげにそう言う。一方イザベラは突然のアイラの言葉に疑問符を飛ばした


「どういうこと? アイラ?」

「ほら、エドワード兄様ってすっごくイザベラ姉様のこと褒めるじゃない。見た目だけでなく、振る舞いとか言葉選びとかもーー」

「確かに……そういえば」

「きっとその時のことがあるから、少しでもイザベラ姉様が頑張ったら、たくさん褒めようって思ってるんじゃないかしら」

「それは……そうかもね。でも私エドワードに褒められるの好きよ。頑張ろうって気持ちになるの」

「まあ! 惚気けられちゃったわね。でもやっぱりーーあなた方みたいな関係憧れるわ」


 そう言ってアイラは少し天井を見上げる。気丈にしているがやはり見合いに対する不安はあるのだろう。今こそ『姉様』の出番だ、とイザベラはとびきりの笑顔を作る。


「大丈夫よ! ルーベル様はきっとアイラと素敵な関係を築けるわ。だってあなたはとっても素敵な女性だもの」

「そう……かしら?」

「ええ、私が保証する。自信を持って!」

「フフーーそうね。ありがとう、やっぱりイザベラ姉様とお話出来て良かったわ」

「まあ、そんな。私は何もしてないわ」


 そうして2人のおしゃべりは続く。時々どこからか漏れ聞こえるイザベラの楽しそうな声を耳にして、屋敷で執務に励むエドワードは、ニコリと微笑むのだった。


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