あなたとなら
そんな訳で、この婚約披露の場でイザベラとグレンシャー伯爵家の血縁を否定すること、そしてこの場を借りてグレンシャー伯爵家を王太子が糾弾することはもとから決まっていたことだった。
ーーもっともグレンシャー伯爵夫妻の暴走により、想定よりはるかに劇的な断罪劇となったのは事実だがーー
グレンシャー伯爵家の没落、そして家とマイルウェル家の新たな繋がり。次から次に明らかになる新情報にマイルウェル家の大広間は未だ落ち着かない。
そんな招待客たちを鎮めるのもまた王太子の一声だった。
「さて諸君! 君たちの気持ちも分かるが、今日は我が友人エドワードとイザベラ嬢の祝いの日だ。私はこの場を乱した詫びとして、ファーストダンスの役目を彼らに譲ろうと思うのだが……どうかね?」
そう言いつつ王太子は会場をぐるりと見回す。社交界に置いてはもっとも身分の高い者が1曲目を踊るのが作法。とはいえ主賓が別にいる場合はその役目を譲ることも多い。
パチリ、パチリと広がりだした拍手はやがて波のように会場に広がる。王太子「さあ」と促すような視線に押され、エドワードはイザベラの手をとって会場の中央に移動した。
「では殿下、お心遣いに感謝してー」
そう言うと、スッとイザベラの前に跪く。
「イザベラ嬢。私の最愛。どうぞ婚約の証に一曲踊っていただけますか?」
「ええ、エドワード様。一曲と言わず何曲でも」
エドワードの言葉にイザベラは、満面の笑みで頷きつつ、腰を落としそれから2人は手を取り合う。同時に測ったように楽団がワルツを奏でだし、2人は視線を交わしながらゆっくりと踊り始めた。
「疲れたかい? イザベラ」
「えぇ……正直なところ。私がこれまでお伺いしてきた場所とは全く違いますね」
「まあ、今夜は今シーズンの夜会の中でも規模は大きな方だから。いつもこんなに人が多いわけじゃないよ」
所々にキャンドルが立てられ、幻想的な雰囲気を醸し出すマイルウェル家の庭。今日の夜会ではこの庭もまた、招待客達に開放されている。
次から次にやってくる人々との挨拶に、流石に疲れを見せ始めたイザベラ。そのことを感じたエドワードは両親に断って、彼女を庭のやや外れにある東屋へといざなった。
「あまり長居は出来ないけど……お客様の相手は父上と母上がしてくださるそうだから、少し休憩しよう。ずっと緊張しっぱなしだっただろう?」
そう言いながらエドワードは、彼女をハンカチを敷いたベンチに腰掛けさせ、いつの間にか手にしていた果実水をややこわばっている彼女の両手に握らせた。
甘い視線と行動に、少し顔を赤らめつつもイザベラは素直にされるがままになる。
と、同時にこれぐらいのことで疲れ果てた自分が情けなく、少し下を向いた。
「……ありがとうございます、エドワード様。まさかこんなに疲れるなんて。これまで何度も練習してきたつもりだったのですが……」
「今日はまた最初に色々あったから……きっとイザベラの心もより負担がかかったんだろう? 大丈夫、会場でのイザベラはすごく立派だった。みんな褒めていただろう?」
「ええ、そうですが……」
「あれはお世辞じゃないよ。僕ならたった半年で令息としての振る舞いを身につけるなんて出来ない。イザベラは自分を誇りに思って良い」
いつの間にか空になったグラスを、彼女の手からそぉっと抜き取って傍らに置き、そしてその手を握りつつ、言うエドワード。
彼の熱い視線にイザベラは、心の真ん中が暖かくなるのを感じた。
「ありがとうございます、エドワード様。私……エドワード様に褒めてもらうのが一番元気が出る気がします」
「それは光栄だね」
エドワードがおどけたようにそう言い、そんな彼にイザベラはフフフッと笑った。
それからイザベラは急に立ち上がり、エドワードの方に社交向けの笑みを向けた。
「さあ、エドワード様? こうしてはいられませんわ。エドワード様に励まして頂いてすっかり疲れも吹き飛びました……会場に戻りましょうか?」
「僕は構わないがーー本当に大丈夫かい?」
さっきまで疲労困憊、という様子だったイザベラにエドワードは心配げな表情を浮かべる。が、当のイザベラは腰に手を当てて、にっこりと笑みを浮かべて溌剌とした声を上げた。
「ええ! 大丈夫ですわ。いつまでも留守にするわけにも行きませんしーーそれに私、レディですもの」
「なるほど……それもそうかーーではイザベラ嬢、お手をどうぞ」
イザベラの言葉にエドワードは芝居がかって腕を差し出し、彼女もまたその腕をとる。
2人して思わず、というように笑い合い、それから2人は姿勢を正して屋敷へ向かい歩き始める。
と、そこでふと思い出したようにエドワードが足を止める。イザベラも驚きつつ、足を止め、エドワードを見上げた。
「どうしましたの? 急にーー」
「いや……今まで感じてなかったけど、ここって凄い世界だなって」
そう言うエドワードの視線の先にはぼんやりと大広間の明かりが漏れ、音楽が聞こえる。そこはとびきり華やかで、厳しい世界だ。
「ふふっ。私もそう思いますわ。一緒に頑張りましょ?」
「そうだね、イザベラ」
そう言って微笑み会う2人。視線が混じり合い、特別な予感にイザベラの鼓動が高鳴りだした。
「嫌ならやめる、良いかい?」
いつかと同じように、優しくおとがいをつまむエドワード。イザベラは何も言わずただ頷いた。
夜風に包まれて、ほんの一瞬2人の影が重なる。そうしてから、2人は再び歩き始めたのだった。




