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ドレス

 2人が遠乗りに出かけた翌日からもマイルウェル領での滞在は続く。今日のイザベラは地元の有力者達が集まる茶会へと、エドワードや侯爵夫妻とともに招待されていた。


 言ってみれば、イザベラのマイルウェル領でのお披露目のようなもの。どうしても緊張はしてしまうが、一方で今日もまたエドワードとともに出かけられるのは、少し嬉しい気持ちもある。


 ところが突然予定が変わり、エドワードはこの茶会に出席できなくなってしまった。王太子から呼び出しを受けたのだ。それも海の向こう、フォートテイルへ。


 なんでもエドワードが王太子と共に調査していた、とある貴族の不正に関わる件で進展があったのだとか。王太子とは船の中で落ち合うらしく、エドワードは朝一番にマイルウェルを立つ列車で港へと向かうことになった。


「エドワード様! その……お身体にお気をつけて、あとーーお仕事頑張って下さい」


 こういう時はどういう声をかけるべきなのか。一瞬戸惑った後に、イザベラはエドワードを応援する気持ちを口にする。


 その言葉に彼はフワリと微笑んだ。


「ありがとう、イザベラ嬢。あなたにそう言ってもらえると何でも出来る気がするよ。……婚約披露の夜会までには必ず戻るからね」

「はい。お待ちしております」


 最近はよく見るようになった、甘い笑みで視線を絡め取られて、イザベラの鼓動は早くなり、頬は熱くなる。

 それでも下を向いてしまうのはもったいなくて、エドワードの瞳を見つめる。すると、彼も同じ気持ちのようで、2人の視線が交錯する。と次の瞬間、彼が一歩踏み出し、フワリとイザベラの身体は、エドワードに包まれた。


「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 包容はほんの一瞬で、触れるか触れないか程度の軽いもの。すぐに腕を解くと、車掌の声に押されるようにして、エドワードが汽車に乗り込む。


 突然のことに、少し呆然としつつも、イザベラは走り出す汽車を見えなくなるまで見送るのだった。


「あらあら、エドワードったら。イザベラさんも嫌ならそう言って良いのよ?」


 汽車が完全に見えなくなったところで少し呆れたような、からかうような調子で声をかけたのはメアリー。その声に今の今までその存在を忘れかけていたことに気付き、イザベラはピョンと跳ね上がった。


「侯爵夫人! い、いえ……その、嫌ではないので。少し驚いただけで……」

「なら良いけど……さて、じゃあ私達も戻りましょうか。午後に向けて準備をしないと」

「はい、侯爵夫人!」


 エドワードが外国へ言ってしまった今、次期マイルウェル侯爵としての彼の評価はイザベラにかかっている。茶会ではうまく振る舞わなくてはーーそう決意を新たに、イザベラはメアリーを追いかけた。






 もともと、現マイルウェル侯爵夫妻への評価が高いからだろう。庶子であり、訳アリで侯爵令息の婚約者となったイザベラへにも、マイルウェルの人々は好意的で、ひとまずイザベラをほっとさせた。


 そして、なぜか今朝の駅での一幕が知られているらしく、イザベラは幾度となく赤面することになったが、おおらかなマイルウェルの人々は婚約者らしくて可愛らしい、と受け取ってくれたようである。


 後で専属侍女のアンナに


「もしかして……私、はしたなかったかしら?」


 とやや不安げに訪ねたイザベラだったが、彼女はそんな不安を


「口づけしていたわけじゃありませんし、港とかだっともっと熱い別れのシーンも一杯見れますよ。皆様おっしゃるとおり、婚約者らしい素敵な甘いシーンだったと思いますよ」


 とややからかいつつも一蹴するのだった。


 その後も孤児院を訪問したり、もともとの目的である、新しいマーマレード工場を視察したり、となんだかんだで予定は目白押し。


 慣れないながら、『次のマイルウェル侯爵夫人』としてイザベラは精一杯過ごし、一週間程マイルウェル領に滞在した後に、彼女は侯爵夫妻と共に王都へと帰ってきた。


 王都へ戻れば、その先にあるのはついに婚約披露の夜会だ。イザベラにとっては正式な社交界デヴューの場でもある。


 令嬢としての教育もひとまず大詰めを迎え、これまでの内容をおさらいしつつ、同時に夜会の招待客に関する知識を詰め込んだり、と当日に向けた準備も始まる。


 忙しい日々を、数日ごとに届くエドワードから手紙を糧にして過ごすイザベラ。そんな彼女にある日、嬉しい贈り物が届いた。


「本っ当に素敵だわ……。私、これを着てエドワード様と踊るのですよね。夢みたいです……」


 言葉通りイザベラは夢見心地に息を吐き、うっとりとトルソーにかけられたドレスを見る。贈り物ーーそれはエドワードが約束していた、婚約披露のためのドレスだった。


「ええ、素晴らしいドレスにございます。ですが、まさか本当にこのお色になさるとはーー少々お坊ちゃまのイメージが変わってきております」


 ふわふわとした様子のイザベラに返事をしつつ、アンナは少しだけ苦笑する。なにしろドレスの色は少し青みがかった紫色ーーエドワードの瞳の色だ。


 イザベラの年齢にしてはやや落ち着いた色合いだが、そこはマイルウェル家御用達の仕立て職人が、レースや刺繍を駆使し、控えめながら、可愛らしさも感じられるよう仕上げている。


 これまでの『予行演習』のドレスは淡く可愛らしさを大きく表に出したものばかりだったから、このドレスは良いギャップを生むだろう。


 これから次期侯爵夫人となる者として必要な落ち着きも感じさせるデザインだ、ともいえる。


 エドワードのもはや隠そうともしない独占欲には若干顔をひきつらせつつも、その優秀さはやはり認めざるを得ない、とアンナは考えるのだった。


と、2人がドレスを眺めていると、急に部屋のドアがノックされる。やってきたのは侯爵家の従僕だった。


「突然ですが、レーゼリア公爵閣下がいらっしゃいました。お嬢様も同席するように、と奥様が仰っています」


 美しいドレスとその送り主に思いを馳せ、意識を彼方に飛ばしてしまったのようなイザベラだが、彼の言葉を聞いて、瞬時に現実へと戻って来る。


「分かったわ。ありがとう。すぐ向かいます、と伝えてくれる?」

「かしこまりました、お嬢様」


従僕が出ていった後、イザベラはアンナに苦笑い混じりの視線を向けた。


「また閣下は急なご訪問なのね。アンナ? このドレスならーー閣下の前に出ても問題ないわよね?」

「はい、問題ないかと。お御髪だけ結い直しましょう」

「ありがとう、お願いするわね」 


 姿勢を正して柔らかく微笑みつつ、アンナに指示する姿はしっかりと侯爵家の令嬢だ。


 これまた優秀な女性だ、と嘆息しつつアンナはイザベラと共に鏡台へと向かったのだった。

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