園遊会
「あぁーーなんだか緊張してきましたわ。私どこかおかしくありませんでしょうか?」
「大丈夫ですわ、お嬢様」
「そうだ、いつも通りの可愛らしいイザベラ嬢だよ」
「もうっ」
迎えたレーゼリア公爵家での園遊会の日。数日休んで無事回復したイザベラは急ピッチで出席者の情報を頭に入れてこの日に臨んでいた。
とは言え、始めての多くの貴族が集まる場。緊張を隠せないイザベラの一言に、最近とにかく彼女のことを褒めてくれるエドワードの言葉が返り、彼女は頬を赤く染めた。
「どうした、イザベラ嬢? 実際今日の装いもよく似合っているぞ。流石母上の見立てとアンネ達の技術だ。それに足元やドレス捌きも随分と上手くなったしな」
高い踵に足を取られ、一歩進んでは転ぶ、という状態だったイザベラだが、今は話しながらでも問題なく歩くことが出来ている。
今日のドレスはエドワードの言葉どおりマイルウェル公爵夫人の見立て。始めての社交界だから、ということで初々しい薄桃色に白がアクセントになり、いくつも重ねた生地がふんわりとして可愛らしいドレスだ。
いくらなんでも可愛らしすぎるのでは? と思ったイザベラだったが、アンネ達のお化粧の技術もあり、イザベラらしい生き生きとした雰囲気と愛らしさを感じさせる装いとなっていた。
「それはそうと……今は別に構わないが、他家の皆様の前ではできるだけ緊張や不安は表に出さないようにな。上流の世界では余裕のない者から足元を掬われるのだから」
「そうですよね、肝に命じますわ」
「いや……そこまで気負わなくても構わない。今日はあくまでも練習と思ってくれてかまわないしな……」
イザベラは高い能力をもった女性だが、同時に頑張りすぎるところがある、と学んだエドワードが苦笑する。そんな話をしつつ、馬車止めから数分歩いているうちに、ついにイザベラ達は園遊会の会場であるレーゼリア公爵家の庭に着いたのだった。
庭、とは言いつつも一体その端はどこにあるのだろうか、と思うほど広大な敷地に、イザベラが圧倒されていると、先日会ったばかりの年嵩の男性がこちらへとやって来る。その後ろにはイザベラとエドワードより少しだけ年上の男女が着いてきていた。
「ようこそ! レーゼリア公爵家へ。我が家の庭師達が丹精込めて作った庭を楽しんで頂きたい。……グレンシャー伯爵令嬢には先日悪いことをしてしまったね、改めてお詫び申し上げる。元気になったようでなによりだ」
「過分なお言葉にございます。お陰様ですっかり元気になりましたわ。本日はこのような素敵な会にお招きいただき、誠に感謝いたします」
「うむ……回復したのならなによりだ。さてと、そろそろ二人を紹介しなければな。孫のプロムとその夫人のアーガットだ」
「今はブレスタット男爵の名を頂いておりますプロムと申します。以後お見知りおきを。そして彼女が妻のアーガットです」
「アーガットですわ、どうぞよろしく」
「グレンシャー伯爵の二女、イザベラですわ。どうぞよろしくお願いいたします」
初の社交の場での名のりに緊張しつつ、なんとかつつがなく挨拶を出来たことにイザベラはまず一安心する。本来ならここからもう少し歓談するところなのだが、彼らはこの園遊会の主催側。次々に招待客が来るこの時間はなかなか忙しい。すぐにこの場を去ることを謝って、別の招待客の方へ挨拶へ行ってしまう。同じく主催側のレーゼリア公爵もまた雑踏へ消えてしまったところで、エドワードがイザベラに笑みを投げた。
「よしっ、じゃあ僕たちもあちらへ向かうことへしようか……心の準備はできたか?」
「えぇ! 問題ありませんわ」
イザベラの答えにエドワードは一つ頷くと彼女の腕をそっと引き、多くの人で賑わうカトレアの花壇の方へと歩き出した。
問題ありませんと答えつつ、内心不安と緊張で一杯だったイザベラだが、エドワードが上手くリードしてくれた上、レーゼリア公爵家の人々がある程度先にイザベラの話をしておいてくれたらしい。よりにもよってあのグレンシャー伯爵家の娘だったことがわかった孤児院育ちの令嬢、という話はイザベラの想像以上に周囲の同情を買い、イザベラ達が挨拶をして回った貴族達の反応は、概ねイザベラに好意的なものだった。
なんとか主だった招待客との挨拶を終え、少しだけイザベラが胸をなでおろしていると、大人達ばかりの会場に、彼女の肩ほどの身長の男の子の姿を見つけた。
彼女の視線の先にある人物に目を向けたエドワードはそっとイザベラに耳打ちする。
「レーゼリア公の親戚のラッフォード伯爵のご令息だな。上に1人お嬢さんがいてイザベラ嬢と同い年だ。彼らにもご挨拶に行こうか」
その言葉に頷くイザベラの腕を引き、彼らの方へと向かうエドワード。ラッフォード伯爵家の面々もまた、エドワード達に気付いたらしくこちらへと社交的な笑みを向けた。
「これはこれはヴァーレンシア卿、久方ぶりでございます。そちらの素敵なご令嬢はお噂の……?」
「ラッフォード伯爵、伯爵夫人、ご令嬢にご子息もご健勝そうでなによりでございます。紹介させていただきます。私と婚約する予定で、我が家に滞在しておりますグレンシャー伯爵令嬢です」
「イザベラにございます。どうぞお見知り置きくださいませ」
「これはこれはお噂通りの可愛らしいお方だ。私はハント、彼女が妻のメリーベルです」
「メリーベルですわ。どうぞよろしく」
流石に慣れてきて、そつなくも美しい礼を披露するイザベラ。そんな彼女の手袋に軽く口付けた後、自身と妻の紹介をしたラッフォード伯爵は、妻の少し後ろにいる子どもたちに視線を移した。
「それから……子どもたちも紹介させてください。長女のアイラ、それから長男のマイケルにございます。マイケルはまだこのような場が許される歳ではないのですが、身内ばかりの会、ということで公爵閣下のお許しを頂き、この場に同行させております。ふたりとも、ご挨拶を」
「ヴァーレンシア卿、久方ぶりにございます。そしてグレンシャー伯爵令嬢におかれましては初めまして。アイラ・ラッフォードにございます。どうぞお見知り置きくださいませ」
まっすぐなブロンドの髪と、透き通るような青色の瞳が印象的な少女アイラは、イザベラと同い年というから社交界デヴューして間もない筈だが、スラスラと長文の口上を述べ美しい礼を披露する。そしてそれに続くのはこちらも同じ色の髪と瞳の美少年、マイケルだ。
「ラッフォード伯爵が長男、マイケル・ラッフォードにございます。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします」
「お二人とも久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
「こちらこそ初めまして、イザベラ・グレンシャーですわ。素敵なご兄弟でいらっしゃいますね」
マイケルは見た様子10歳ほどだろうか。明らかにこの社交の場では浮いてしまう年齡だが、やや緊張を感じさせつつも堂々と挨拶をし、イザベラの右手を取って、父と同じようにイザベラの手袋に口付けを送る。
自分より背が低い美少年が大人びた動作を取るのをみて、その可愛らしさにイザベラは思わず頬を緩ませる。一方エドワードはそんな彼女を見上げつつ言葉を続けた。
「ありがとうございます。イザベラ様もとってもお美しいです。薄桃色のドレスもよくお似合いでまるで妖精のようです」
「まあ、マイケル様ったら! ありがとうございます」
「今からすで貴公子っぷりを発揮しているな。どこでそんな言葉を覚えるんだ」
幼いながらイザベラを褒め称えるマイケルに、イザベラはさらに笑みを深め、エドワードはそんな彼を末恐ろしいとばかりに苦笑した。
その後、せっかくだから歳の近い者同士交流を深めると良い、というラッフォード伯爵夫妻の勧めに従い、4人はもう少し話を続ける。
特に大人たちの中に放り込まれてやはり緊張していたらしいマイケルは、イザベラにあっという間に懐いた。
「あっという間に仲良しですわね。グレンシャー伯爵令嬢は子供のお相手がお上手なのでしょうか?」
「ご両親から聞いているとは思うが、彼女は伯爵の庶子で数ヶ月前まで街の教会の施設にいた。彼女の年齡だと施設ではもっとも歳上にあたるから、年少の子達も面倒もよく見ていたらしい」
「なるほど……それでですね。マイケルはそこまで人見知りする方ではありませんが、それでもあそこまで懐くのは予想外でしたわ」
ニコニコと戯れるマイケルとイザベラを見守りつつ、あとの二人はそんな会話をする、とそこへ一人の従僕がやって来てエドワードにそっと耳打ちした。
「ああ……そうですか、閣下が。分かりました。すぐに行きましょう」
「どうかなさいましたか? エドワード様?」
先程までの穏やかな顔とは打って変わって、真剣な表情で従僕の言葉に頷く様子に、マイケルと話していたイザベラも心配顔で戻ってきた。
「いや、大したことではないが……レーゼリア公爵閣下がお呼びのようだ。もう少しお話したかったのだが……席を外させていただきます」
「でしたら、私も行くべきですわよね」
「えぇ!? イザベラお姉様もう言ってしまわれるのですか?」
「こら、マイケル。お二人共お忙しいのお引き止めしては駄目よ」
社交の場にもある程度馴染んでいるとはいえ、マイケルはまだ10歳。仲良くなったばかりのイザベラがすぐに何処かへ行ってしまうと聞き、不満そうな顔をする。一方そんな彼をアリアは慌てて諌めていた。
「本当にイザベラ嬢はマイケル殿に好かれているようだ。構いませんよ、イザベラ嬢。私は少し閣下と話してくるから、その間彼女たちとお話を続けていてくれるかい?」
「はい、エドワード様……ですがよろしいのですか?」
「あぁ、閣下の要件はだいたい想像がついている。私が王太子殿下から任された案件の関係で少しお願いをしていて……そのことだろう。あれこれと守秘義務があることだから、聞かせられないことも多い」
「そういうことでしたら! わかりましたわ。こちらでお待ちしております」
「そんなに時間はかからないと思う。アイラ嬢もいるから大丈夫だと思うが……困ったことがあったらすぐに助けを呼ぶんだ。アイラ嬢もどうか彼女をよろしく」
「えぇ、お任せくださいませ」
そうしてエドワードは先程の従僕と共に、やや足早に庭のさらに奥へと向かった。
「任されてしまいましたが……ここはレーゼリア公のお庭で何も危ないことなどございませんのに……愛されておいでですね」
「あ、愛されて……まだ婚約もしてませんからわかりませんが、大切にはして頂いてますわ……少々過保護な程に」
アイラの言葉にイザベラは少し頬を染めるのだった。