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お見舞いと読み聞かせ

「だいぶ熱も下がってきましたねお嬢様。お加減はいかがですか?」

「えぇ、頭痛も気分が悪いのもなくなったし、とっても楽になったわ。だから少し本を開くくらいなら……」

「だめに決まってますよ、お嬢様」

「わ、わかったわ」


 イザベラの額に手を当てたままピシャリと言うアンナに、イザベラはバツが悪そうな顔で答える。

 レーゼリア公爵の訪問を受けた後、あまりにも気を張った反動で腰を抜かし動けなくなったイザベラ。彼女はさらにその翌日には熱を出して寝込むことになってしまった。


 幸い高熱、という程までは行かなかったが、診察してくれた侍医は


「もともと疲労と環境が変わったことによる負荷が蓄積していたのでしょう。それに加えて何か強い緊張状態に置かれたことで一気に体調を崩されたのでしょうな……何か心当たりは?」


 とのこと。もちろんレーゼリア公爵の件しか思い浮かばない。ーーそれはさておき、そういうことだから数日安静にすれば回復するだろう、との見立てで、イザベラも侯爵家の面々もとりあえずは胸をなでおろした。


 しかし体調の面が一安心出来ると、イザベラは令嬢教育の遅れが気になってきた。


「うぅぅ……今まで体調を崩したことなんてほとんどなかったのよ。それがよりによってこんな時に……それもこれって、つまり知恵熱みたいなことよね」


 昔孤児院にいた歳下の少年達が


「バカは風邪引かないんだって」


 などと言っていると


「私は頭が良いけど、風邪引かないわよ」


 と、少々生意気な(しかし実際イザベラは孤児院では過去にいた子どもたちを含めてもかなり勉強が出来る方だったのだ)ことを言っていたイザベラだが、その言葉どおり、昔から体調を崩す、ということはほとんどなかった。それがこの大事な時に熱を出してしまうなんて……と少し落ち込むイザベラにアンナは優しく微笑みかけた。


「きっとそれだけお疲れだったのですわ。それでなくても環境が大きく変わって、私的な空間でも気を張らないといけないことが続いてますのに、その上突然あんなことになって……レーゼリア公爵閣下には一言申したい気分ですわ」

「だ、駄目よ! 閣下には侯爵様と夫人が抗議してくださったし、謝罪のお手紙も頂いたわ。それにお見舞いの品まで……」

「当然ですわ。お嬢様があの日どれだけ大変だったか……まあ奥様がしっかり怒ってくださいましたから良いものの」


 そう言いつつも、怒りはあまり収まらないらしいアンナにイザベラは苦笑する。


「私のために怒ってくれるだけで嬉しいわよ、アンナ。それにいろいろとお世話もしてくれて……むしろあなたが倒れないか心配だわ」

「お嬢様の侍女として当然のことですわ。もちろん自身の体調管理も職務の1つと心得ております」


 いつも細かくお世話をしてくれるアンナを筆頭とした侯爵家の使用人たちだが、イザベラが体調を崩してからは更に忠実忠実しく彼女の世話をしてくれる。流石に交代しつつだが、夜も含めてずっと彼女のそばにいるアンナ達に、感謝と心配を口にするとアンナはそう言って胸に手を当てキリリとした顔を作った。


 そんな話をしていると突然ドアをノックする音が聞こえる。アンナが「誰でしょうか?」と訝しげにしつつ、ドアを開けた先にいたのはよくエドワードの傍にいる従者だった。


 彼がいる、ということは……と考えたイザベラの考えは当たっていた。


「エドワード様がお見舞いにいらしたそうですが……いかがなさいますか」

「そうなの……わかったわ。お通しして頂戴」

「かしこまりました、ではその前に少しだけ身支度をしましょうね」


 足早にドアの方に向かい従者に何かを告げたアンナ。彼女はすぐにまたこちらへ戻り、夜着のシワを伸ばすと、髪を軽く溶かして、掛布を直してくれる。そうして準備が整ってから、エドワードを呼びにいった。


「イザベラ嬢。熱は少し引いた、とアンナから聞いたが加減はどうだ?」

「エドワード様、いらしてくださったんですね。おかげ様で随分と良くなりましたわ。……こんな大事な時に寝込んでしまってごめんなさい」

「ん……あぁ今度の園遊会のことか?」

「えぇ、それに令嬢教育自体も遅れるでしょうし」

「そんなことなら気にするな。母上も数日の遅れぐらいなんの問題もない、と言っていただろう。ずっと気を張っていたのがかなり負担になっていたのだろう。私こそ気づかず申し訳ない……」

「そんな! 私だって倒れるまで気づ来ませんでしたし。エドワード様が謝るようなことでは」

「そう言ってくれると救われる」


 少し前に見舞いに来てくれた侯爵夫妻同様、イザベラの体調不良の兆しに気づかなかったことを詫びるエドワードの言葉を、イザベラは慌てて否定する。


 少しだけ沈黙が部屋を包んだが、それを破ったのはエドワードだった。


「そうだ、イザベラに見舞いの品をいくつかもってきたんだ。またあとでゆっくり見てくれると嬉しい」

「ただの疲労ですのに……でも嬉しいですわ」


 そういいつつ、エドワードの視線を追って、テーブルに並べられたプレゼント達を見つけ、そして目を見開いた。そう、彼の見舞いの品は1つではなかったのだ。


 まずは花束、今が時期の菫を中心に作られたそれは瑞々しい紫色が映えつつも、他にも小さな花が色々織り込まれとても可愛らしい。


 そしてその隣には焼き菓子。甘い香りを予感させる愛らしい缶は、おそらく王都でも有名な菓子店のものだろう。


 その横は髪を結うのに使うようなきれいなリボン。始めてエドワードに会った日を思い出すレモン色のそれは、遠目にも丁寧に作られた上質なものだとわかる。


 そのとなりはペン。これもまたおそらく良いものだろう。光沢を放つ品は、きっとイザベラが普段使っているペンが少し指に合わない、とエドワードに話したのを覚えていてくれたのだろう。


 さらにその隣には美しい装丁の絵本。とても素敵な表紙だけど私に絵本? と一瞬思ったイザベラ。だがその題名を見て納得する。それはフォートテイル語で書かれた童話の絵本だった。


 一番端に置かれたプレゼントを見て、少し訝しげにした後にパァッと顔を輝かせたイザベラ。そんな彼女にエドワードもまた顔を輝かせる。


「よくフォートテイル語を勉強するのに、向こうの物語を読んでいるだろう。絵本だったら話も入ってきやすいし、ベッドの中で読むのにも良いかと思って」

「はい! とっても嬉しいですわ、大切にします。実はこうしてお昼からずっと寝ていることはこれまでなくてすこーしだけ退屈していたのです。なので後で……」

「今日は駄目ですよ、お嬢様」


 後で早速絵本を読みたい、そう言おうとしたイザベラの言葉を遮ったのは、ここまで壁際で静かに控えていたアンナだった。


「ずっと横になっていて手持ち無沙汰なのは理解いたしますが、今日はもう一日安静になさるべきですわ」

「そ、そうよね……。みんなにも心配をかけたし……大人しくしているわ」

「辛抱なさってください」


 そんな主従の会話に笑いを噛み殺したエドワードは「そうだ」と言わんばかりに二人に声をかけた。


「じゃあ、私もあまり長居はしないつもりなのだが、イザベラ嬢の寝物語になにかお話をしようか?」

「お話!……ですか」


 その言葉に飛びつくような声を上げ、慌てて冷静な声に戻すイザベラに、エドワードはもう笑い声を隠そうともしない。


「ハハハ、もう成人しよう、という女性に読み聞かせ、というのもあれかもしれないが……フォートテイル語の物語を読めば多少勉強にもなるだろうし、聞き流すだけならそこまで負担にもならないだろう?」


 後半はアンナに向けたエドワードの言葉に、彼女は礼で同意を示す。


「もし……エドワード様が良ければ、ぜひ聞きたいですわ。エドワード様がお話されるフォートテイルの物語」

「よし、じゃあ早速始めよう。『昔々、その国にはとても勇敢な王子様がおりました……』」


 そう言って、ベッドサイドの椅子に腰をおろしたエドワードは、おもむろにある童話を語り始める、その少し普段より低い声に耳を傾けて、すぐにイザベラは驚いたような声を上げた。


「あの……いきなり、お話の途中でごめんなさい。エドワード様は本を読まれるのではないのですか」

「ああ……私もフォートテイル語を勉強したての頃は、よく向こうの童話を呼んでいてね。有名なものは暗記してしまった。だから本はいらないんだよ」

「暗記……ですか。すごいですね……ごめんなさい止めてしまって続けてくださいまし」

「きっとイザベラ嬢もすぐ覚えてしまうよ。……さて『国の外れの深い森には伝説のドラゴンが……』」


 静かな部屋にはただ落ち着いた調子のエドワードの声だけが響く。伝説の恐ろしいドラゴン、囚われたお姫様とそれを助けようとする勇敢な王子、そんなお話を心地よく聞いていたイザベラだが、あまりにも心地よく、段々とまぶたが重くなってくる。


「イザベラ嬢? 眠かったら眠って良いぞ」

「でも……せっかくエドワード様が……読んで……」


 エドワードに読み聞かせてもらうなどそうそうないことだろう。眠るなんて勿体ない。そう言いつつもイザベラはだんだんとうつらうつらとしてくる


「『王子が鬱蒼とした森を進んでいくと突如辺りが開けて……」おや、ねむってしまったようだね」


 ついに心地よさそうに眠ってしまったイザベラを見て、エドワードはささやくようにアンナに告げる。


「まだ本調子ではありませんから。眠るにこしたことはありませんわ。後は私共におまかせを」

「わかった、よろしく頼む。アンナも根を詰めすぎないように。適度に他の侍女と交代するようにな」

「かしこまりました、エドワード様」


 後をアンナに託したエドワードはもう一度少しだけイザベラに近寄り、眠るイザベラに


「お休み。この続きはまた今度」


 と告げると、そっと部屋を出ていったのだった。


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