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少年の暮らす村

二人のやりとりが頭から離れず、あれから一睡もすることができなかった。


目を覚ましたアポロ君は開口一番「帰るね」と言った。


俺は何も知らぬふりで、「家族も心配してるだろうし、それがいいよ」と返事した。

本当は引き止めたかったが、廊下で聞いた緊張感の篭った父さんの声が頭の中で反響して離れない。


あんな感情的に話す父さんを見たのは初めてだった。

 

父さんに許可を貰い、見送りに出ることになった。


今日はアポロ君と出会った時とは反対に晴れている。

降り注ぐ陽の光を浴びながら二人横に並んで歩いた。

 

家の裏側の林をひたすら真っ直ぐ進むとアポロ君の村にたどり着くらしい。

アポロ君が村の名前を言うと、父さんは「その村なら何度か行ったことがあるよ」と言って教えてくれたのだ。


「今までありがとね」

 

アポロ君が呟いた。

左手には本を、右手には閉じた傘を持っている。


「俺の方こそありがとう。色々知れて楽しかった」

 

この三日間で様々な知識を得た。


林の先には広い世界が広がっている。

大きな村はお金という紙を中心に回っており、そこでは様々な機械や食べ物が開発されている。

この村にはない技術力で生活を豊かにしていた。


「ねぇ、アポロ君の住んでいる村はどんなところなの?」


「どんなところって?」


「やっぱり車がたくさん走ってるの?」


「うん」


「いいな。楽しそう」

 

本に載っていた写真を思い浮かべる。


数えきれないほどの人が道を行き来し、背の高い建物がそこら中に立ち並んでいた。

車や自転車が広い道を走り、空には飛行機が飛んでいる。


「ねぇ、アポロ君の村まで行っていい?」


「だめだよ。タロ君のお父さん心配しちゃうよ」


「大丈夫だよ。話してたら遅くなったって言えばいいんだから」

 

一度でいいから車や飛行機を見てみたかった。


日が暮れる前に戻ってくれば怒られる心配もない。

正確な距離はわからなかったが、歩いて帰ることができるのだからそれほど遠い場所ではないのだろう。

 

掟を破ることには抵抗があったが、それでもアポロ君の住む村への好奇心の方が優っている。


これを逃したら二度と林の先の世界を見ることはできない。


そんな感じがした。


「誰か来る前に早く行こう」

 

アポロ君の肩をトンっと叩き、周囲を見回して林に足を踏み入れる。


大人たちはいない。


目を盗んで村を出るなら今がチャンスだ。

 

真っ白な手を引いて林の中を直進する。


木々が入り組んでいるせいで奥は見えない。

ある程度先に行けば、大人たちに見つかる心配はなくなるだろう。

なるべく足音を立てないように、それでいてできるだけ早足で歩いていった。


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だって」

 

この先に本に書かれていた大きな村があると考えるとワクワクが止まらなくなった。


着いたら何をしよう。


一番の目的は車や飛行機を近くで見ることだったが、こちらの村にはない食べ物を食べてもみたい。

大きな建物の天辺から外の景色を眺めるのもいい。

 

思いを巡らせながら草木をかき分けて足場の悪い道を進む。


前方にも後方にも同じような景色が広がっていた。


直進すると言われていなかったらきっと迷っていただろう。

太陽の光が木々の葉っぱに遮られているため、辺りは薄暗い。

 

アポロ君の心配など気にも留めずに足を動かした。


父さんが心配することも子供二人で林を歩くことが危険なこともわかっている。


それでも肥大化していく好奇心を抑え込むことはできなかった。

人でごった返した大きな村や優れた技術をこの目で見てみたい。


初めて本で写真を見たあの瞬間から、大きな村に行くことが夢になっていた。


「……やっぱり帰った方がいいと思う」 

村を出てしばらくしたあと、じんわりと背中に汗が滲み始めた頃にアポロ君が立ち止まって言った。


「ここまで来て今更何言ってんの」


「……僕の住んでいる場所はタロ君が思ってるような凄いところじゃないから」


「それは住み慣れてるからだよ」


「そうじゃなくて……」

 

アポロ君が釈然としない様子でこちらをチラと見る。


「僕の村はお金がないと何もできないから来ても楽しくないと思うよ」


「車を見ることもできないの?」


「いや、見ることはできるけど」


「じゃあ何も問題ないよ」

 

できれば車や飛行機に乗ってみたかったが、お金とやらがないと利用できないことはなんとなく想像がついていた。


「本当に楽しくないと思うよ」


「よくわかんないけど、もしつまんなかったらすぐに帰るから大丈夫だよ」

 

そんなやりとりを交わしたあと、俺たちはそれぞれの家族について話して歩いた。

 

俺は父さんの話をした。


若い頃は畑仕事のリーダーを担い、若くして村の役人の一人になった。

村長までもが信頼を置いている。

自慢の父さんだった。


「……凄い人なんだね」


「うん。もちろんお金はないけど、尊敬できる立派な人なんだ」

 

特に取り柄のない俺にも誇れることが二つだけある。一つは絵を描けることで、もう一つは父さんの子供ということだ。


「僕の家族とは大違いだ」


「そうなの?」


「僕の両親はちゃんとお仕事をしてお金を稼いでるけど、尊敬できるような人じゃないよ」

 

そう言ったあと、アポロ君は自身の家族と日常について話した。


両親は共働きで帰ってくる時間は遅い。

休みの日が週に二回あったが、何をするわけでもなく家でダラダラしているらしい。

そして時たまお茶を持ってアポロ君の部屋に来て、勉強しているのか確認するそうだ。


「……待って」

 

アポロ君が制するように俺の前に腕を伸ばし、小声で言って足を止めた。


「どうしたの?」


「……誰かいる」

 

咄嗟に木の影に身を潜め、前方を指差した。


「本当だ」

 

視線の先に全身黒色の服を身に纏った男性が二人いた。

身長や顔つきから大人だとすぐにわかった。


何かを探すように周囲を見回している。

手首にはきらりと光るものを巻いていた。

 

息を殺して二人を観察した。


アポロ君が目を細めている。

目が悪いのだろう。

長時間の勉強が原因で視力が落ちていると昨夜話していた。


「警察の人だ」


「警察?」

 

その言葉の意味を確かめるよりも先に、アポロ君は木の影から出て行ってしまった。


咄嗟に手を伸ばして白い腕を掴んだが足は止まらない。

躊躇いもせずに、大人たちへと近づいていく。


「ちょっと」


「あの」

 

アポロ君の声が林の先まで伸びていき、警察と呼ばれた男たちが一斉にこちらを見た。


「危ないよ」

 

アポロ君の腕を力任せに引っ張る。


「大丈夫だよ。あの人たちは悪い人じゃないから」

 

一人の男がポケットから黒い何かを取り出して耳に当て、「午前十一時、林の北東部で男の子二名を発見」と呟いた。

二人の影が俺たちの方に向かってくる。


「アポロ君かな?」


「はい」


「そっちは?」


「タロ君です。このずっと先の村で仲良くなりました」

 

背後を指してアポロ君が言う。

怖がることもなく、至って冷静だった。


「そうか……この先の村の……」

 

口に左手を当てながら呟いたあと、男は腰を落としてこちらを覗き込んだ。


青い瞳に俺の戸惑った顔が映し出されている。

アポロ君と同じ瞳の色をしていた。

父さんよりも背が高く、手足は木の幹のように太い。


「とりあえずここを出よう。詳しい話はそのあと聞くからね」


「はい」

 

アポロ君はリズム良く頷いて差し出された男の大きな手を握った。

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