丸い地球
仕事を終えた俺たちは家に戻り、いつも通り風呂に入って晩御飯を食べた。
父さんはまだ帰ってきていない。
家を開けて帰ってきた次の日の仕事はいつも長引くのだ。
仕事の内容を村長に話しているらしい。
帰ってくるまであと三十分くらいだろうか。
食器を片付けた俺たちはリビングの机で本を読んでいた。
世界には様々な食べ物や文化が存在する。
住む場所によって人々の顔や体つきにも特徴があるみたいだ。
本を読んでいるうちに、林の先に広がっている世界をこの目で見てみたいという思いが募っていった。
高い滝に掛かる二つの虹や夜空に浮かび上がる七色の光、広い空の景色を映し出した大きな湖も雲に触れることができるほど高い山もあるらしい。
写真を一度見たきり、それらの景色は頭から離れなくなった。
「二人ともただいま」
リビングの扉を開きながら父さんが言った。
今日もスーツ姿だ。
「父さん見てよ、これ」
腰を上げてテーブルから離れ、父さんの服の袖を掴む。
アポロ君の持っている本を見せたかった。
「どうしたんだい、これ」
「本って言うんだ。アポロ君が持ってたの。俺の知らないことがたくさん描いてある」
ページを捲っていき、世界の文化について描かれた箇所を指差してみせる。
この本の中で俺が一番気に入っているページだ。
大きな家が立ち並んでおり、真ん中の道を車という機械が走っている。
人力ではなく、ガソリンとやらの力で動いているらしい。
村を行き交う人々は俺のようなボロボロの服ではなく、豪華で暖かそうな服を着ていた。
「この世界のどこかにはこんな大きな村があるんだよ」
林を抜けた先でこんな世界が待っていると考えると、ワクワクが止まらなくなった。
この本を読むまで、俺たちの住んでいるこの場所が地球と呼ばれていることすら知らなかった。
地球はとても広く、丸い形をしているらしい。
空を越えると宇宙という場所にたどり着くようで、その先はまだ解明されていないと言われていた。
宇宙には空気がないが、ぷかぷか浮くことができると書かれていた。
そんな宇宙に憧れを抱いていたが、アポロ君の言っていたお金をたくさん集めればこの夢を叶えることもできるのだろうか。
「本当なのかい?」
父さんが机に手をかけて本を覗き込んだ。
やはり本のことを知らなかったのか、齧り付くようにページの隅から隅まで眺めている。
「アポロ君」
本の左端に載っている工場の写真を見ながら父さんが言う。
「……なんですか?」
「よければ私にもこの本を貸してくれないか? 少し気になってしまって」
「いいですけど……」
「ありがとう。すぐに返すよ」
父さんが本を閉じて脇に抱えた。
「まだ最後まで読めてないんだから早く返してよ」
「明日には返すよ」
「約束だからね」
帰ってくるまで自由に本を読めなくなってしまうのは残念だったが、それ以上に父さんが興味を持ってくれたことが嬉しかった。
父さんはふっと笑顔を見せると、リビングを出て階段を登っていった。
足音が遠のいていき、少しして扉の閉まる音が聞こえた。