誰かに取られる仕事
次の日、俺たちは仕事をするために畑へと向かった。
今朝、アポロ君から「タロ君と一緒に仕事がしたい」と言われたからだ。
父さんに相談したところ条件付きで許可が降りた。
それは俺が仕事を教えることだった。
畑に到着した俺は、一緒に仕事をする子供たちにアポロ君のことを紹介した。
彼の持っている本には、この村にはない知識や技術が詰まっていることも伝えた。
村の子供たちも本に興味を持ったようで、アポロ君を取り囲んで一斉に質問を投げかけていた。
アポロ君が自己紹介を終えたあと、俺たちは倉庫に向かい農具を取り出した。
まずは水やりだ。
アポロ君は今まで一度も農具に触れたことがないらしく、釜やスコップや除草具をまじまじと見ていた。
水を汲み、広い畑に撒いていく。
二人でやっている分、仕事の進み具合も早い。
アポロ君は仕事をするのは初めてと言っていたが、そうとは思えないほど効率よくテキパキと動いていた。
「本当に初めてだったの?」
畑の水やりを終えた頃、俺は倉庫の前でアポロ君にそう訊いた。
実は畑仕事の経験があるのではないかと思ったからだ。
「本当だよ」
「そうなんだ。じゃあ普段はどんな仕事をしてるの?」
「仕事なんてしてないよ。まだそんな歳じゃないし、できることだってないもん」
「じゃあどうやってご飯を食べるの?」
「タロ君と同じだよ。僕の場合はお母さんが作ってくれる」
「母さんが畑仕事をしてるってこと?」
「違うよ。そもそも畑なんてないし」
「それじゃあ何も食べられないじゃん」
どうにも会話が噛み合わない。
農作業や家畜の飼育をしなければ、食べ物を採取することはできないはずだ。
「食材はどうするの? 隣の家から貰ってくるの?」
「昨日話したお金で食べ物も買えるんだよ。だから育てなくたって、買ってきて調理すればご飯が食べられるの」
「便利な村だね」
あんな紙切れ一枚に長い時間をかけて育てた食材と同じだけの価値がある。
アポロ君と出会う前であれば、そんなこと言われても信じなかっただろう。
しかし今こうして簡単に受け入れられているのは彼の持っていた本が影響していた。
この林の先には俺の知らない世界が広がっている。
水の中で呼吸ができる生き物がいるのだから、そこらに食料が売っている村があっても不思議ではない。
「それに子供を雇ってくれる会社なんてないよ」
「そうなんだ。うちの村では畑仕事は子供がやることなんだけどな」
子供の頃から畑仕事や動物の世話をして経験を積み、その技術を次世代の子供たちに繋いでいく。
ここでは、子供は村の将来を担う大切な存在だ。
誰もが畑仕事を経験している。
父さんも子供の頃は畑仕事をしていたらしいが、今は体力の問題で違う仕事をしているようだった。
「そもそも大人ですら仕事を探すのに苦労してるんだ。毎年たくさんの人が職を失ってる」
「どうして?」
「そこまではよくわかんないけど。少ないお金でたくさん働いてくれる人がいるんだって」
「だったらその人と一緒に働けばいいのに」
「僕もそう思うんだけどね。そうはいかないみたい」
せっかくたくさん人がいるのだから、みんな手分けして仕事をすればいいのに。
そうした方が早く終わるはずだ。
どうして人を選んで、少ない人数で働くのか理解ができない。
「だからお母さんは僕にお医者さんになれって言ってるんだと思う。お医者さんは頭良くないとなれないから、そういう人に取られる仕事じゃないんだって」
「じゃあいつか俺の仕事もなくなっちゃうのかな」
牛に餌を与えつつ呟く。
この牛は俺が仕事を覚える前からずっといるが、あの頃と比べてだいぶ大きくなった。
朝早く起きることは苦手だったが、仕事自体は嫌いではない。
仕事を失った日常を想像することができなかった。
休みの日は好きなだけ絵を描くことができるが、農具を一度も持たないとどうにも落ち着かなかった。
俺から畑や飼育の仕事を引いたら何が残るだろうか。
アポロ君のように頭がいいわけではない。
少し考えを巡らせると、昨日アポロ君が言っていた一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
「絵を描く仕事はどうなの?」
「どうって?」
「誰かに取られる仕事なのかなって思って」
「わからないけど大丈夫じゃないかな。みんなが絵を描けるわけじゃないから、代わりはそうそういないと思う」
「じゃあ俺絵描きになる。絵を描くのも仕事をするのも好きだから」
この世界のどこかには、俺の知らない仕事があるらしい。
強く意気込んでみせると、アポロ君ははにかんで「そうだね」と言った。