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小さな世界

窓から差し込む陽の光で目を覚ました。


身体を起こし、背筋を伸ばして立ち上がる。

今日も畑仕事と家畜の世話をすることになっている。

袖の短い服に腕を通し、空気を入れ替えるために窓を開いた。


心地の良い風が室内に流れ込んで俺の首筋を撫でる。

いい仕事日和だ。


「タロ、起きてるか? ご飯できてるぞ」


声とともに部屋の扉がノックされた。


「うん。今行く」


そう返事をして部屋を出る。

扉の先には、スーツ姿を身に纏った父さんの姿があった。


「遠くの仕事に行くの?」


「あぁ。だから帰ってくるのは明日の夕方になる」

 

普段、父さんは俺と同じように動きやすい服を着ていたが、

月に一度、一日家を開けるときだけはスーツを着て仕事へ向かっていた。


どんな仕事をしているのかは知らなかったが、かっちりとしたスーツを見るたびに動きづらくないのかと疑問に思う。

こんな格好では、畑仕事はおろか豚小屋の掃除をすることすら難しいだろう。


「悪いな」


「任せてよ。村の仕事は他のみんなでやっておくからさ。父さんも頑張って」


「さすがタロだ。ありがとな」


そんな会話を交わしながら階段を下り、リビングへと向かった。

蒸した穀物の甘い匂いがする。


畑で栽培した穀物は特別美味しいらしい。

少し前に父さんが言っていた。


リビングに入った俺は、水道の蛇口をひねって冷たい水で顔を洗った。

そしてコップに水を汲み、二度うがいをしてテーブルへと向かう。


父さんと向かい合うようにして椅子に座り、両手を合わせて「いただきます」と小さく呟いた。

 

穀物と焼いた鳥の肉を掻き込み、寝起きの空腹を満たしていく。

父さんの作るご飯はとても美味しい。

隣の家のおじさんが作るご飯なんかとは比べ物にならないほどだった。

 

朝食を食べ終えた俺たちは、それぞれ仕事道具を持ってリビングを出た。

父さんは腕に時計を巻いて鞄を脇に挟み、俺は農具の入った倉庫の鍵をポケットに入れた。


「行ってくるよ」

 

玄関の棚に飾られた精巧な絵を見て父さんが言った。

まるで景色をそのまま額縁に閉じ込めたかのように細かく描かれている。

そこには生まれてまもない俺と若い父さんの他に一人の女性がいた。


母さんだ。


父さんはスーツを着ており女性は白いドレスを着ていた。

 

俺が生まれてすぐに母さんは死んでしまったらしい。

ずっと昔、母さんは不治の病を患ってしまったのだと父さんが話してくれた。

 

母さんと会話を交わした記憶はなかった。

生まれて数ヶ月は面倒を見てくれていたらしいがそんな昔のことはもちろん忘れてしまっている。

 

それでも少しも寂しさ感じなかったのは父さんのおかげでもあったが、この村には同じ心境の子供たちがたくさんいたからだ。


みんな何か理由があって親を無くしている。


中には捨てられた子供もいて、それでも強く笑って生きていた。

 

家を出ると、頭に太陽の日差しが降り注いだ。

雑木林が広がっている。

木々が入り組んでいるため先は見えない。


子供たちは林へ入ってはいけないという掟が村にはあった。


「それじゃあ頼んだぞ」


「うん」

 

頷くと、父さんは笑顔を見せて足を踏み出した。

 

俺は畑へ、父さんは林へと向かった。

父さんがどこに行っているのか気になったが、ついていくことはできない。


掟を破れば、相応の罰が下されるからだ。

 

倉庫から農具を取り出して畑仕事に取り掛かる。


最初は青臭い匂いを放つ草木に水をやることになっていた。

その後は雑草を刈り、豚小屋で掃除と餌やりをする予定だ。

できた野菜を収穫することも忘れてはいけない。

 

背の高い枝の先には、開いた手の形をした葉が付いている。

父さんに美味しいのか聞いたところ「食べたら大変なことになるよ」と返答された。

特別大切に育てろと言われていたが、どうやら食べ物ではないらしい。


「なんて名前なんだろう」

 

手袋をして葉っぱを手のひらに乗せて状態を見る。


畑では様々な果物や野菜を栽培していたが、その中で唯一、この葉の名前だけは知らなかった。

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