第三話:茶番劇ならなおさら照れる
「これだけ近づけば充分だな。 タクト、いけそうか?」
茂みに身を隠した次女が覆面を被り直す俺に問う。
彼女の視線の先には白馬車の結界に剣を叩き込む山賊達。
距離は恐らく10メートル程度。
ここからが俺の出番だ。
「大丈夫だよさしみねえ。 それじゃあ三人とも、手筈通りに頼んだよ」
大木の影に隠れた俺は念押しがてら、両隣に座り込む三姉妹を見て。
⋯⋯いや待った。これやっぱ無理あるわ、と言って覆面の上からヒタイに手を置いた。
◇
「だいじょーぶ大丈夫! ここからならうちらの姿は見えないって!」
と、自信満々に次女が言う。
――だからタクト! そんな心配すんなよ!と。
⋯⋯⋯。
確かにだ。確かに次女の姿は茂みが邪魔をして山賊たちからは見えないだろう。
ここで問題なのは茂みから飛び出たそのネコ耳なのだ。
「その、ネコ耳だけならまだしも、だよ? シズクとあいか姉ちゃんもそろうと違和感というか――」
「んっ。 バレない。 完璧な擬態」
次女の隣にしゃがみこみ、キツネ耳をぴょこぴょこ折り曲げて満足げな三女と。
「うふふ。援護射撃は任せてね!」
左側の茂みにて、ライターをにぎりガッツポーズを俺に向ける、ウサ耳の長女。
――ああ、胃が痛くなってきた。ネコとキツネとウサギが密集して生活するなんてどこの動物の森だろうか。
「⋯⋯まあ何とかなるかなあ」
突然の異世界召喚からのテンプレ展開に俺のキャパは既にオーバー気味。
考えることを放棄した俺はため息をひとつついて無地パーカーのフードを深く被ると、三姉妹を置いて数歩前に立ち。
そのまま、与えられた役をこなすため、両手を横に高く広げた。
「いい感じだぜタクト! あいねえ、シズク。 いくぜ」
「「 了解! 」」
三姉妹の力強くも抑えた声が耳に届くと同時、
俺の背後から山賊めがけ飛び抜ける複数の光の矢と夏の夜空に聞き慣れた爆発音。
⋯たーまやあ―――
『うわあああ!? 何ダ!? アッ、アッチイ――』
『ウギャアア――』
『アチチチチッ―』
山賊たちの頭上に咲いた色とりどりな火薬の花びらはしだれ桜のように流れ落ち、その熱さに悲鳴をあげた山賊たちは一斉に振り返ると。
次の瞬間、俺の顔を見て、
『『『 ぎゃあああまじで何なんだーーーーー!? 』』』
一字一句違わずまったく同じ言葉を口にした。
飛び上がる二人と、腰が抜けへたり込む一人の山賊。
予想を遥かに超えた反応に覆面の下で思わず口元をゆるめた俺は、喉を締め上げた、粒の粗い低音ボイスで追い打ちをかける。
『ココハ我ガサズカリシトチ。キサマラノヨウナ⋯ゲホッ⋯ワカルナ?』
ごめん、もおむりノドがむり。ウエッ。
「タクト、おまえ⋯」
「たっくん」
「たくにー。 さすが。 根性ない」
見なくてもわかる。
今、彼女たちはゴミを見るような目で俺を蔑んでいるはずだ。
しかし、しどろもどろな俺のセリフから何かを察した様子の山賊達は。
『わ、わかった分かりました!お前の、いや貴方様の背後には魔王が、魔王様がいらっしゃるのですね!?ボクたち帰りますからッ! 勘弁して下さいッ!』
と、早口で言いながら後退った。
⋯⋯成功しちゃった。
「ダメだタクト!逃さすな!」焦り声の次女。
「たっくん、このままじゃ他の人が被害にあうかもしれないわ」
まだ見ぬ被害者を憂ぐする長女。
「たくにー。 相手は山賊。 解釈があまい」
妙にどっしりと、役者に指示を出す監督気分の三女。
まあ俺もちょっと楽しくなってきた、いやいや、悪人を野放しにするのはいただけない。
じわり、じわり。逃げ腰の山賊に向け歩を進めた俺は。
人差し指に見せかけた着火マンの先端を左腕のパーカーのソデから出して、それを右腕にタバで隠し持つ手持ち花火のピラピラとした着火部に接着。
いざ、着火マン――ファイアーーーーー!
刹那、ソデ先からモクモクと湧き出るケムリ。
それを山賊めがけ、ほーれほーれとふりかけた俺は。
『⋯⋯ナラバコレヲ喰ラウがヨイ――魔性ノ息』
(どうだ山賊共!これが俺の魔性の息だッ!)
意気揚々と叫んだ。
(⋯⋯息なのに手から出るのは言いっこなしだよッ!)
ケホケホと咳き込む山賊たち。
『な、何故ですかい旦那!? ボクたち帰るって言いましたよね!?』
『何だこの煙!? お、俺たちはどうなるんだ!?』
『うわあああ!うわ、うわっ、うわあああああ!』
さて、この茶番劇もそろそろ終盤か。
あとはお待ちかねのアレだけだ!
俺は考えに考え抜いたキメゼリフを高らかと言い放ち――
『ヨクキケ山賊ドモ⋯⋯貴様ラガ悪事をクワダテルホドニ我ガ魔性ノ息ハ効果ヲ増シ貴様らの肉体を(パンッ)ダ!』
――そのキメゼリフをクラッカーの爆発音がかきけした。
「ごめん。 たくにー。 わざと」
三女が謝罪するように自白する。
ここまで俺に恥ずかしい思いと命懸けの茶番劇を演じさせといて⋯⋯⋯最後にそれかあああ!
『旦那ッ!ボクたちは帰りますッ!山賊ではないんですが!帰ってこれまで通り真面目に働きます!』
思わず片膝をつく俺に山賊の一人が話しかけてきた。
(んっ?⋯⋯山賊ではないんでげすが⋯?)
『さ、三人で狩に来てみればこんな山奥にあの家紋が付いた馬車が結界張って止まってあるもんで、つい!
まさか魔族の旦那が関わっていたとは思いもせず』
(あれ?馬車が結界張って止まってアルモンデ⋯?)
『た、助けを求めて籠城しているのかと思い、どうにか結界を壊して中の御方を救出できれば、たんまりとお礼を頂けるかもなんて考えてしまい! 旦那が話のわかる御方で助かりました! これ以上は俺たち一般人が首を突っ込むべきではなさそうなんで帰らせてください』
何の話をしているのか、さっぱり理解が追いつかない俺へ山賊たちは矢継ぎ早に経緯を話す。
まるで、山賊に襲われている馬車を発見した時に長女が企んでいた、
『展開的には私たちが助けて謝礼たっぷりウハウハ王道チャンスじゃないかしらッ!』のような話をだ。
「あの、あなた方は、山賊なのでは?たしか、シベリアルとか。俺はあなた方から馬車を助けに来たんですが」
思わず素の声で疑問をぶつける。
顔を見合わす三人の男性。
何故か、安堵の表情で口々に。
「山賊? いやいやボクたちはしがない猟師ですから!
シベリアルとは我々三人の所属する酒飲みグループでしてね!いやはやお聞きしていたとは、お耳汚しでお恥ずかしい。
それよりも旦那、そっちが本当の声ですかい?魔族ってのはそんな特技をお持ちなんですねえ」
「なんだあ、旦那も馬車とは無関係なんですかい!
よかったよかった。
こんな山奥で魔族と密会が開かれているのかと。内心ひやひやしましたぜ!」
「あっ、そうそう!すぐそこでこれを拾ったので、多分、この馬車の御方の持ち物なんで! よかったら渡してあげてください」
「「「 それでは旦那! ごきげんようで! 」」」
「えっ、あっ、ちょっと待っ――」
俺の静止の声は聞き入れられることもなく。
山賊A.B.Cあらため、気の良いおっちゃんトリオは逃げるように樹海を駆け降りた。
⋯⋯拾い物だと言う、銀色のカンザシを地面に置いて。
「えっと、あれ? ⋯⋯もしかして盛大な勘違いだった?」
まだ上手く頭が回らないが。もしかしておっちゃん達は、
車内からS.O.Sを出す車の窓ガラスを叩き割る感覚で結界を破壊しようとしていた、ってこと、か。
残された俺は覆面を脱ぐことも忘れて立ち尽くし、
後ろからはガサゴソと茂みから出て来たバツの悪そうな三姉妹の⋯。
「その、なんだ、ほら。 誰も襲われてなくてよかったじゃないか」
「そ、そうよね? 一応、おじさま達も気にしていらっしゃらない感じだったし、ね?」
「たくにー。 今度。 一緒に謝ろ」
⋯混沌とした、罪悪感に溢れる空気感の中。
突如、空気感など無視するように――もはや忘れ去られていた白馬車の扉が開いた。
「ああもおさっきからうるさくて眠れないんだけどお
――――ってぎゃああああバケモノおおおーーーー!」
扉から、黒のハーフパンツにヘソだし服といった身軽な服装にも関わらず、どこか上流階級の気品を漂わす金髪金眼の色白美人が出てきた。
で、そのまま俺の顔見てぶっ倒れた。