第二話:発表会もやっぱり照れる
新緑の大樹が陽の光をさえぎる深い森の中。
不自然にも汚れひとつない真っ白な馬車と、それを守るように張られた半円形の結界がひとつ。
そして、その周りには結界めがけて剣を打ち込む山賊らしき三人の男の姿が。
『――おいビイ! もっと腰入れて本気で叩けよッ!ビクともしてねえぞ!』
『お前もだろエイ! 何だよそのへっぴり腰!それでもシベリアルの一員かよ!?』
『ああ!?何だと!?』
『そっちこそ何だ!!』
『うるせえぞお前らあ!無駄口たたく暇あったら結界たたけや!』
『『うまいこと言った感だしてもお前が一番サボってるからなシー!』』
――と、想像していた空気感とは大幅に違うのは否めないが。
つい一瞬前に、誕生日ケーキのローソクの火を消した俺と三姉妹の目に飛び込んできたのは、一昔前のネット小説でよく見かけたような光景だった。
◇
「えっと、ここは⋯⋯
俺たち、もしかしなくても異世界来ちゃった?
それに、この状況ってアレだよね?」
一本の大樹の影から。
創作物の中でだが何度も目にした光景をひっそりと眺める俺は誰にともなく思考をそのまま口にして⋯、
「ああ。⋯⋯異世界、しかもアレだな。なんか久々に見た気がするわ。
いやまあ、うちも現実では初めてだけどさ」
⋯その呟きに、赤髪を揺らすぴちぴち新鮮JKこと三姉妹の次女、門松沙清水ねえが呆然としながらも反応を見せると。
「――たっくん、さっちゃん!これは現実だよ!?
展開的には私たちが助けて謝礼たっぷりウハウハ王道チャンスじゃないかしらッ!」
「お姉ちゃん。 心の声。 だだ漏れてる」
念願の異世界に大興奮する長女、愛花姉ちゃんと。
異世界召喚を待ち侘びていた三女、雫が小声でわいわいと騒ぎ出した。
⋯⋯さすが常日頃から妄想の中に生きるだけあって危機感とかまるでないわ。
「と、とりあえず、状況を把握しない?
まず俺たちはさっきまで、俺の誕生日会をしていたはずだよね?」
「だな。 タクトの部屋に集まってコタツを囲んでたはずだ」
次女がうなずく。
「それで、三人が用意してくれたご馳走とケーキを机に並べて」
「バースデーソングを歌ったわね!
それよりも!はやくあの馬車を助けにいかないかしら!!」
まくしたてる長女は今は放置。
というより、あんな見るからに野蛮な山賊たち相手に丸ごしの地球人に出来ることはないと思う。
「それで、歌のあとみんなでロウソクの火を消したよね」
「んっ。 次の瞬間。 ここにいた」
ああ、やっぱり。
俺の記憶がすっぽ抜けていたわけではなく、火が消えた瞬間にここにいたのか。
その原因に思い当たるふしは、ある。
あるのだが、恥ずかしくて口にするのは憚れる。
神妙な顔で、俺が黙り込むのを見て次女が疑問を口に。
「うーーん、なんでだろ? 何がきっかけで異世界に召喚されたんだろうな」
「確かに。 偶然にしては。 タイミングよすぎる」
「そうねえ。
召喚されたにしては神様もお姫様もいないし⋯。
もしかしてあの、山賊に襲われている馬車の中の人が助けを求めて召喚したのかしら。
そうなるとやっぱり。今すぐに助けるべきじゃないかしらッ!」
不思議な現象に困惑する三姉妹。(一部例外あり)
これは時間が経つほどに言い出しにくくなるやつだ⋯⋯ここはさらっと言っちゃうか。
「だよね、何でだろ。異世界に行けますよーにって願いを込めてロウソクの火を消したのは確かだけど⋯。
全然わかんないや。なんでだろーね?」
瞬時に俺へと集まる三つの視線。
「いやそれだろ! どう考えてもそれしかないじゃん!」
俺を指差して小声で叫ぶ次女。
「たくにー。 十六歳で。 その願い事はちょっと」
肩をすくめる三女。
「たっくーーーん!ありがとおお! たっくんのピュアな子供のようなお願いのおかげでお姉ちゃん異世界に来られちゃった!」
感涙して俺を抱きしめる長女。
⋯⋯喜んでくれてよかったよ。16歳にもなって、ピュアな子供のような願い事、した甲斐があったよ。 グスンッ。
「お、おい、落ち込むなって! タクトのおかげなのは間違いないんだし、なっ!」
「さしねえ、ありがとう。
俺、大人になっても子供心を持つのって大切な事だと思うんだ」
「そ、そうだな! お前は立派に成長しているぞ!
それより、そろそろあの馬車を助ける方法を考えないとだな!」
そうだ。困っている人を助けてこそ大人だもんな。
⋯とは言ってもだ。
「現実的にどうしようもないんだよなあ。 助けに行って返り討ちにあったんじゃ元も子もないしさあ」
助けたいのは山々なんだけど。
「だよなー。 助けを呼ぶにもこんな樹海みたいなところに人は歩いてないだろうし」
「大丈夫よ! きっと何らかのチカラが覚醒して盗賊なんてパンパン、パアーーンなんだからッ!」
手のひらで宙を叩き、目を輝かす長女。
あいか姉ちゃん。
俺、大人になっても子供心を持つのって大切な事だと思うんだ。
「んっ。 たくにー。 いいものある」
「んっ? いいもの??」
三女が、その小柄な背中を覆い隠すほどの特大リュックサックを地面におろしガサゴソと漁り始めた。
「あった。 たくにー。 これ被る」
その手にはムンクの叫びのムンクのようなツラをした覆面マスク。
おぞましい顔が前面にあり、頭をすっぽりと覆うようにメッシュが後方に付いてある。
で。これを俺に被れと。
「えっ? 普通に嫌なんだけど。 先に目的を述べたらどうかなシズクさんや」
俺の問いにニコリと無感情な笑みをみせる三女は、
(――まずい! この笑い方)
そのまま、問答無用とばかりに俺のお腹めがけてグーパンチを埋めこむと。
「――グフォッ」
殴られた衝撃から腰が、ちょうど小柄な彼女の顔近くまで折れ曲がった俺の頭に素早く覆面を被した。
「たくにー。 油断は禁物。 これで引き分け」
「いってえ。 ⋯よりによって今かよ」
完全に油断してた。
というか異世界に来てもあのルールは継続するのかよ。
「うわあ。シズク容赦ないな。 今のは綺麗にキマった」
「あらら。 そういえばたっくんの勝ち越しでストップしてたわね」
一見、奇行に見える三女の行動にフォローを入れるとすれば――
幼少期より俺とシズクはいつか異世界に召喚された時のために反射神経を鍛えるトレーニングに打ち込んできた。
今のはそのうちのひとつ。
お互いが正面で向き合っている時にのみ、どちらかが隙を見せた場合には攻撃してよし。
シズクは打撃で。 俺はワキをこちょこちょと。
累計は数えていないが。今月の分は15対14で俺の勝ち越しだったのにこれでイーブンになってしまった。
⋯⋯クソッ。
と、それはともかく。
「それで俺は覆面被ってどうすりゃいいんだ? まさかこれにびびった山賊が逃げ出すのを期待しているわけじゃないよな?」
「んっ。 これも。 持つ」
「⋯⋯まじで俺に何させる気なの」
三女に渡されたのは季節外れの手持ち花火と着火マン。
対して馬車を襲う山賊達が持つのは俺の首ぐらいポロリと落とせそうな大剣。
ムンクと山賊のドキドキ花火大会!(ポロリもあるよ)がお望みだとすればそれに応える気は俺にはないのだが。
「大丈夫。 たくにー。 耳かして」
可愛らしく『こてんっ』と首を肩に乗せた三女が俺の耳を引っ張り下げる。
どうせロクな提案じゃない。
「⋯⋯で⋯⋯して⋯⋯ゴニョゴニョゴニョ」
――あれ。 意外と。 それならいけるかも。
「たくにー。 試す価値。 あり」
「うんまあ、俺もちょっとそう思っちゃったけどさ。
最後のゴニョゴニョは口で言うもんじゃないけどな」
どうしようか。
無茶な案ではある。
それでも、助けられる可能性が見えてしまえば賭けてみたくもなる。
「なんだよふたりでーうちにも教えてよー」
「お姉ちゃんも気になっちゃうかな〜どんな作戦なの?」
「たくにー。 だめ。 これはふたりの秘密」
確率に任せ助けるか、確実に俺たちが助かるか。
揺れ動く俺の右肩を長女の柔らかな手が揺らし。
左肩を次女の熱を帯びた手のひらが圧迫する。
⋯⋯痛い! この女、握力ゴリラかよ!!
「シズクはまた思わせぶりな言い方をして。
まあその言葉は嬉しいけどさ。これは文字通り俺の命に関わる問題だから。
すまないが二人にも話すよ」
左肩を抑えた俺はそう言ってハリウッドスターばりのキメ顔で三女の頭に右手をポンッ。
「痛っ!ごめんてっ!」
間髪入れずに手の甲つねられた。
「たくにー調子のらない」
ごめんなさい。
閑 話 休 題
「よし、それじゃみんな準備はいい?」
二人への説明と打ち合わせを終えた俺はムンクの覆面を被り直し。
地球から着てきた黒色フーディパーカーのそでを伸ばして指先まで完全に隠してから、左そでに着火マン、右そでに手持ち花火を束で忍ばせる。
これで準備完了。三姉妹の確認をするため後ろを振り返ると。
「うちも準備できたぞ! どうだ似合ってるか!」
⋯⋯打ち上げ花火とライターを持ったネコ耳次女。
「どうかなたっくん! 私も似合ってる?」
続いて、ウサ耳の長女が次女と同じ物を手にピョンっと飛び跳ねて。
「たくにー。 しずくも似合う。 こんこん」
キツネ耳の三女がライターと打ち上げ花火に加えてクラッカーを持ったまま両手を顔の横で振る。
⋯⋯癒されはするが変装の意味を為さないと思うのだが。
あと、次女のネコ耳にゃんにゃんポーズは視覚的には可愛らしいのに何故か俺には獰猛なライオンに見えた。
「三人とも似合ってるんじゃないかな。それよりシズク、なぜにクラッカー?」
「たくにーの誕生会に用意してた。 いざという時。 使う」
「そうなんだ?」
いざという時にどう役立つのか分からないけど嬉しいから黙っとこう。
「それじゃみんな準備よしな感じだし。 いきますか」
これから俺が先頭に立ち、真剣を握る山賊と対峙する事になる。
もちろん恐怖はある。 それでも逃げ出す気にはならないのは。
やっぱり、俺の後ろに三姉妹がいるからだろうか。
いつの間にか、俺にとって彼女たちは守るべき存在に――
「タクト!びびって噛むなよ!」
「たくにー。 雰囲気が大事。 思うより大袈裟でよし」
「たっくん、すぐ後ろで見てるからねっ! おっきな声で頑張るんだよっ!」
――いつの間にか、彼女たちにとって俺は見守るべき存在になっていたようだ。
ふっ。 発表会前の保育園児か俺は。