第一話:誕生日会はやっぱり照れる
「たっくん、ローソクは小さいの16本にする? それとも大きいのひとつと小さいの6本にしよっか?」
コタツに座り込んだ俺にそう尋ねる美女。
その手には白いチョコペンで――
『タクトくん、16歳の誕生日おめでとう!!』と書かれたホールのチーズケーキがある。
余談だが、この痛々しいチョコプレート付きのケーキは手作りではなくお店に頼んだと言うので俺は今後そのケーキ屋さんへは絶対に行かない。
「えッ、もうローソクなんていいよ恥ずかしいから。ケーキだけで充分だよ。 あいか姉ちゃん、ありがとね」
姉ちゃん。と言っても彼女は実の姉ではなく、義理の姉という訳でもない。
この、物語の中から出てきたような美女は俺が生まれた頃からの付き合いである幼なじみ三姉妹の長女、門松愛花。
顔もスタイルもとびっきりの、街を歩けば誰もが視線を奪われる美人お姉さんだ。
今日も見慣れていなければ目のやり場に困りそうな、ボディラインがくっきりと浮き出た白のニットワンピースを上品に着こなし。スラリとくびれた腰には銀髪が浮く。
この美貌で、十八歳の現役女子大生。
その妖艶さから男女問わずを魅了し、同じ授業に出る誰もが勉強を忘れ、彼女を眺める。
ゆえに、大学では『赤点の女神様』と呼ばれ崇められているらしい。
「うちら相手に今更なに恥ずかしがってんだよタクト! アイねえ、どうせならローソク全部さしちゃって!」
「さしねえ、それだと俺、一気に成人男性だよ?
いいの? 今日から俺がお兄ちゃんだよ」
ふざけた事を言いながらも人数分のコーラをコップにそそいでくれる白ロンTにオーバーオールの活発系美女。
彼女は冬休み始めに染めた赤髪を肩あたりで揺らす十七歳ぴちぴち新鮮JK、門松沙清水。ワサビが苦手な三姉妹の次女だ。
「タクトがお兄ちゃんなあ。まあ、たまにならアリかもな?」
「サシねえ。 それはだめ。 たくにーはしずくだけ」
誤解を招きそうな言い方だが。妹ポジションは私だけ、と言いたいのだろう。
この、長々と言葉を発する事を嫌う少女は三姉妹の末っ子。
十四歳中学三年生の三女、門松雫だ。
シズクも例に漏れず見た目は二次元クラス。
つやのある黒髪をつむじあたりでお団子に丸めた奥ゆかしい大和撫子系美少女。 まあ⋯⋯その見た目だけは。
「しーちゃん!? 女の子がスカートでソファーに足だけ乗せて寝っころがったりしちゃダメでしょ! ああもうパンツが丸見えじゃないの」
「なあシズク、せめてリュックはおろしたらどうだ? 子連れのラッコみたいになってるぞ」
自由奔放な末っ子に苦言を申す姉二人。
たしかにサシねえの言う通りだな。お腹にパンパンに膨らんだリュックサックを乗せ仰向けで寝転ぶ三女の姿は子供をお腹に乗せたラッコと被って見える。
まあ。天井に向けて伸び切った両手に、三女愛用のヌンテンドスイーチが持たれていなければの話ではあるが。
「んっ。 いつ異世界召喚されるかわからない。 リュックとスイーチは持つ」
「はいはい。そん時はうちも連れてってな。 じゃあせめてパンツは隠そうな?」
「そうよ、しーちゃん! 異世界召喚に備えるのはナイス判断だけど!パンツは隠しなさい!」
⋯⋯とまあ、ご覧の通りで。
少し諦め気味の次女はともかく、母性全開お淑やかお姉さんの長女とパンツ丸出し三女は根っからのファンタジーオタクだ。
俺も同じ部類の人間ではあるが。
「さあ、ケーキも料理も並べ終わったし!あとはタクトがフーするだけだぞ!」
と、いつの間にか俺の誕生日パーティーの準備は次女が終えてくれていたようで。
普段はマンガやゲームで溢れかえった俺のコタツ机に、三姉妹が用意してくれた料理やケーキが並べられている。
毎年の事ではあるが。
⋯⋯ちょっと、いや、かなり嬉しい。
「さっちゃん、ありがとう! じゃあ私は着火マンでローソクに火をつけるから、しーちゃんは電気消して来てね」
「んっ。 わかった」
チーズケーキに立てられたローソクに火が灯され、カーテンの閉められた部屋からはLED照明の明かりも消え去った。
ボンヤリとした暗闇のなか三人も俺と同じようにコタツへと入る。
16個の小さな火によって照らされた三姉妹の、祝福を告げる顔。
こうなると俺も、恥ずかしいなんて言ってられないか。
「――⋯いややっぱり恥ずかしいからみんなで吹かない?」
「何言ってんだよ! 主役なんだから思いっきり吹いちゃえって!」
「そうよ、たっくん! お願いごとも忘れちゃダメだよ!」
そう言って誕生日会で定番のあの歌を手拍子とともに歌い始めた姉二人。
どうやら覚悟を決めるしかないようだ。
「まじかあ⋯わかった。 三人とも今日はありがとね」
楽しげに歌う姉二人と、ささやくように口ずさむ妹の顔に笑みが浮かぶ。
⋯⋯さあ、そろそろバースデーソングも終盤か。
ローソクの火を消すため、俺が大きく息を吸い込むと――
「んっ。 しずくも。 ふく」
最後の最後で歌うのをやめた三女の宣言を皮切りに。
「トゥーユー⋯⋯ えっ!?それならうちも吹く!」
「たっくんおめでとう! ⋯⋯ならお姉ちゃんも吹いちゃう!」
ノリノリで参加を表明する姉二人。
ははっ、結局こうなるか。
「それじゃみんなで、せえーーーの!」
にこやかな顔を見せ合った俺と三姉妹は、ローソクの火に息を吹きかける。
願い事か⋯⋯そうだな。
(三姉妹と――異世界に行けますよーに!)