329.628Hz 録音されてはいけない音
ふと、用意したビールとポテトチップスに手を付けていないと気付いて、私はポテトチップスを数枚食べた後、ビールを飲んだ。
「それでは、次に行きたいと思います。今日は来ていませんが、77さんからもらったメールを紹介します」
純の言った<77>も、ここの常連だ。<77>と書いて、そのまま「なななな」と読む。また、この配信のリスナーであるだけでなく、普段ギターの演奏動画を投稿するなどの活動をしている、動画投稿主でもある。
●: そういえば、今日77いないけど、動画の投稿も全然ないんだよな
●<マナミ>: 77さんもホラー好きだから、いないと寂しいですね
●: 77さんもオフ会に参加してましたっけ? 動画の投稿、それ以来ないんですよね
私は普段、そこまで音楽を聞くこともないため、あまり気にしていなかったけど、最後のコメントが気になり、<77>の動画を見に行った。すると、確かにオフ会のあった五月を最後に、動画の投稿が止まっていた。
そういえば、オフ会に参加して行方不明になった人がいるなんてコメントも先ほどあった。そんなことを思い出しつつ、コメントに目を戻して、私は驚いた。
●削除されたコメントです
いつの間にか、そう表示が変わっていた。こうしてコメントが消されるのも先ほどと一緒だ。
「えっと……すいません、メールを捜すのに手間取りました。改めて読みますね。ちなみに、77さんの話も、先ほどと一緒で、音にまつわる怖い話になります」
そして、純がオフ会の話に触れないのも相変わらずだ。そのことを気にしつつ、私はキーボードを叩いた。打った内容は「77さんの話、どんな内容だろう?」という、当たり障りのないものだ。しかし、そのコメントは表示されなかった。
「この話は、自宅でギターの演奏を録音してた時に起こったことです。今は数万ほどで購入できる録音機材でも様々な機能があり、特に複数の楽器の演奏を同時に録音できるのが特徴です。しかも、それぞれ録音したものが別のファイルで保存されるため、例えばバンドの演奏を録音した後で、それぞれのパートごとに音量などを調整することもできるんです」
相変わらずコメントが表示されなくて、一瞬、全部のコメントをブロックしているのかと思ったけど、少ししてコメントが流れた。
●<マナミ>: 77さんの話、どんな内容だろう?
それは、私の打ったコメントだけど、さすがに表示されるまでの時間がかかり過ぎだった。もしかしたら、来たコメントをそのまま表示するのではなく、許可したコメントだけ表示する設定に変えたのかもしれない。そうすることで、オフ会について触れるコメントを許可せずに表示させないことが可能になるからだ。
ただ、何でそんなことをするのかは、まったくわからなかった。<d¥>もオフ会については触れないし、やはり何かあったのかもしれない。
「ただ、自宅でギターだけ録音する時は、当然一つの演奏だけ録音できればいいので、ギターを接続したところだけ録音可能にしてから、それ以外はすべて録音不可の状態に設定します。ところが、その日は手がボタンに当たってしまったのか、録音不可にするつもりのところが、一つだけ録音可能になってたんです」
コメントが気になって、あまり話が入ってこなかったけど、配信をする際にも何の音を配信に乗せるか、その音量のバランスはどうするかといった設定をする必要があり、それを確認するために一旦録画して、それを見返すといったことをやった経験がある。そのため、この話はそれと似たようなもので、録音したい楽器だけを接続した後、そこだけを録音可能にして、何も接続していないところは全部録音不可にするとか、そんな設定をしているということなのだろうと理解した。
「録音可能にしてたとはいえ、そこには何の楽器も接続してなかったので、大きな影響はなかったのですが、録音機材の方は何の楽器も接続されてない、無音の状態でも録音してしまうので、そうすると余計なファイルができてしまいます。しかも、何度か録り直しをしたので、そうした無音のファイルがいくつもできてしまったんです」
無音を録音するというのは、ちょっと不思議な表現だった。何か、無を形にするというか、上手く表現できない、変な感覚を持った。
「どの演奏が良かったか聴くため、ファイルを開いてく際も邪魔になってしまうので、先に無音のファイルをすべて削除することにしました。この時、ファイル名からある程度、どれが無音のファイルかはわかったので、それを開いては軽くシークバーを動かし、無音であることを確認してから消してました」
ファイル整理というのは、大体流れ作業でやるものだし、恐らくそれも流れ作業でやっていたのだろうと容易に想像できた。
「ところが、あるファイルを開いた瞬間、女性の大きな悲鳴が聞こえたんです。あまりにも大音量で、当時自分はイヤホンを着けてたのですが、当然すぐに外しました。そうして耳から外しても、まだイヤホンから聞こえてくるほどの大音量で、自分は少しの間、何があったのかわからずに呆然としてしまいました」
●: こっわ
●: さっきの話もだけど、音に関する怖い話はゾッとする
それらのコメントはすぐに許可されたのか、自然なタイミングで表示されたように感じた。
「結局、そのファイルは、最初から最後まで女性の悲鳴が録音されてました。また、不思議なことに、それ以降に録音したファイルも確認したのですが、そちらは無音で、女性の悲鳴が録音されたのは一つだけだったんです。また、ギターを録音した方は、特に何の問題もなく演奏が録音できてました。ただ、そんな一件があってから、女性の声が録音された部分だけ常に録音不可にして、今後絶対に録音可能にはしないと心に決めました。……以上です」
●<マナミ>: 女性の悲鳴は嫌ですね……
●: 録音機材の故障であってほしい
●<d¥>: 何か録音した時に変な声が入っていたという話はよく聞きますけど、何も録音されないはずなのに声が入っていたという話は珍しいですね。
●: 怖い話を中和するため、今自分は純さんの声に癒されたいです
「私も配信をするうえで、音のバランスとか気になったし、今は私の声とBGMだけが配信に乗るようにしているけど、そこに私が想定していない、変な声が追加で入ってくるってことだからね。それと、確かに何も録音されないはずなのに、何故か音が入ってしまっているというのは、珍しいかもね。ほら、よく曲の中に変な声が入っているって話があるけど、あれって複数の音を編集で重ねた結果、そう聞こえてしまったとか、消し忘れたコーラスだったとか、そんな結論が出ているものがいくつもあるんだけど、今回の話はそもそも音が録音されていることがおかしいんだもんね」
純の話は当然、私も知っている。違法なのかもしれないけど、昔の心霊番組らしき動画がインターネットにアップされていて、時々見ることがある。その中に、「CDに紛れ込んだ謎の声」なんて名前で、曲に紛れ込んだ変な声を紹介する特集みたいなものがあった。ただ、そのほとんどが純の言うとおり、関係者の話や、声紋鑑定の結果などから、怪異ではないとわかっている。
「でも、こうした変な声が入ったって話だと、何だったかな? 昔、いも……友達が見ていて、私も一緒に見たんだけど、何か古いグループの解散コンサートとかだったのかな? それを録音したものに女性の声が入っているんだけど、逆再生すると、全然違ったことを言っているように聞こえるっていうのがあって、すごい怖かったんだよね」
●<マナミ>: それ、知っています! 有名ですよね!
●: 私も聞きたいとか、そんな感じだっけ?
●: あれは怖い
●: 自分は絶対に聞きません。それを聞くぐらいなら、可愛い女の子の癒しボイスを聞きます
「やっぱり詳しい人が多いね。私はこういうの……ああ、ごめんごめん、そうだね」
急に、純は誰かとやり取りしているのか、変なことを言い出した。
「うん……今日は77さんが来ていないんですけど、この話もゾッとしたので、紹介させていただきました。コメントにもあったけど、音に関する怖い話はゾッとしますよね。それでは、まだまだたくさん来ているので、ドンドン紹介しますよ!」
そこで、またポテトチップスにあまり手を付けていないことを思い出した。しけってしまうと思うし、私はこの間を利用して、一気に数枚ずつポテトチップスを口に運んだ。