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55.000Hz 片思い

 今夜も暑く、扇風機を回しているだけでは耐えられなくなってきたため、電気代が気になりつつ、私はエアコンのスイッチを入れた。

「そういえば、メールを紹介していませんでしたね。ただ、先ほどコメントであったのと同じような内容だったり、メールをくれた方がいなかったりなので、誰のを紹介しましょうか……」

 マウスやキーボードを操作する音がしばらく聞こえ、純は本当に迷っている様子だった。いつもはここまで迷わないが、パソコンが故障したとのことだし、メールを確認する時間もあまりなかったのかもしれない。

「先ほど助けてくれた、マナミさんのメールを紹介しましょうか。少し相談に近い内容でもあるので、皆さんで一緒に考えてもらえればと思います」

 メールを送ったからには、是非読んでほしいと思っている内容だ。しかし、少しリアルのことも絡めた相談を送ってしまったため、また特定される危険などがあるかもしれないと今更心配になった。そういえば、このメールを送った時は酔っ払っていて、勢いで送った気もする。

 それから期間も空いてしまったし、改めて考え直すと送らなければ良かったと感じたが、そんな後悔をしても、もう遅かった。

「私は同じ大学に通う男子、ここではDとします。このDに私は片思いしています。Dとはバイト先も一緒で……これは私がDと一緒にいたくて、後から同じバイトを選んだんですけど、そうした経緯もあり、普段から話す機会は多くあります」

 アルバイトを始めたのは、ビール代の確保という理由が大きいけど、せっかくなら彼と同じ所がいいと、私は喫茶店でのアルバイトを選択した。それより、私はみんなからのコメントが気になった。


●: 恋バナキタ――(゜∀゜)――!!

●: マナミさん、自分もフリーですよ! 自分じゃダメですか!?

●: 女子大生って、青春真っ盛りじゃん

●: バイト先まで一緒のとこにするとか、一途だねー


 コメントの内容は、ある程度予想していたものだ。以前、配信していた時は、こうしたコメントに反応して、さらに身の回りのことなどを教えてしまった。それだけは絶対しないようにしようと、改めて心に誓った。

「ただ、Dは私とは別のバイト仲間、ここではSとします。このSに元々好意を寄せていました。Sは容姿が可愛らしく、性格も優しい、女性の私ですら好きになってしまうような素晴らしい人で、とても私では敵わないと諦めていました」

 Sは同い年だけど、高校生の頃から喫茶店でのアルバイトを始めていて、すっかりベテランといった感じだった。でも、それを自慢することなく、むしろ私やDに対して対等どころか友人になりたいとお願いしてくるなど、謙虚な人だった。

 そんな素敵な人をDが好きになるのは当然だし、私は自然と諦めると、Dの恋を陰ながら応援するぐらいしかできなかった。

 しかし、ある日突然、大きな変化があった。

「でも、何の前触れもないまま急にSがバイトに来なくなり、私やDだけでなく、みんな心配していました。それから少しして、Sが自宅で自殺していたと、警察から知らせが来ました。何か悩んでいる様子もありませんでしたし、本当に突然のことで、ビックリしました」

 気付けば、先ほどまで茶化すようなコメントがあったのに、すっかりなくなってしまった。空気を読まずに重すぎる相談をしてしまったかもしれない。そう感じて、改めて心配になった。

「それから、Dはずっと落ち込んでいて、元気がないんです。それで、このままは良くないと思って、今は少しでもDのことを元気付けられないかと、色々考えているところです。何かいい方法はないでしょうか?」

 これが、私の送ったメールの内容だ。これは二ヶ月前、酔っ払った勢いで送ったものだけど、多少やけになっていた部分もあったかもしれない。とにかく、誰かに聞いてもらいたいと思い、送ったような記憶もある。

 実際、この問題は今も解決していないけど、純にメールを送った時、少しだけ心が軽くなったような気がした。そうしたこともあり、私はキーボードを叩いた。


●<マナミ>: 重い相談ですいません! 今も解決はしていないんですけど、ただ聞いてもらえるだけでいいと思って送ったものなので、スルーしてください!


 配信の空気を悪くするのも良くないし、そんなコメントをした。というのも、純はメールやコメントで何かしらか相談を受けた時、失礼ながら真面な回答をしたことがないからだ。

 それにもかかわらず、こんなメールを送ってしまった。考えれば考えるほど、メールを送らなければ良かったと後悔が大きくなっていった。

「マナミさん、そんなこと言わないで。私はマナミさんのメールを読むまで、マナミさんが悩んでいることすら知らなかった。それは、私の世界にマナミさんの悩みが存在しないのと同じ意味だったってことだよ。でも、今は違うよ。私の……ううん、みんなの世界にも、マナミさんの悩みは存在している。それは、このフュージョンラジオの目的そのものだよ」

 そんなことを純が言うのは初めてで、私は真剣に耳を傾けた。

「マナミさんの悩みを解決する答えを見つけるのは難しいけど、まずは自分自身の気持ちを落ち着かせることが一番じゃないかな? メールをもらって、すぐに返せれば良かったんだけど、大切な人が突然自殺してしまって、気持ちの整理が着いていないのは、マナミさんも一緒でしょ? だから、彼を元気付けるより前に、マナミさん自身が元気になってほしいと私は思うよ。そうだね……怖いかもしれないけど、彼女のことで今も悩んでいること、彼もマナミさんも一緒なら、そのことでお互いに話し合ってみたらどうかな? そうすることで、少しかもしれないけど、お互いに気持ちを整理できると思うの」

 純の話を聞きながら、自然と涙が零れ落ちた。思えば、私はSが自殺してしまったことを、まったく整理できていない。それなのに、悲しむことすらろくにしないで、Dのために何ができるかと悩んでいた。でも、純の言うとおり、私が悩むべきこと、整理すべきことは、私自身がSの死を受け入れることだと気付いた。

 そこでふと、私は流れるコメントに目をやった。


●: うん、私達の世界にもマナミちゃんはいるし、悩んでることもわかったよ!

●: 自分なら今すぐマナミさんを慰められますよ!

●: よし、今すぐみんな集合して飲むか!

●: このタイミングでキモいコメントとか、よく書けるな。まあ、それがここらしいんだけどw

●<d¥>: 純さんの言うとおり、恋愛の悩みとして考えてしまうのは違うように思います。私達がいますし、この場所も気分転換の場にしてほしいです。


「ああ……私も同じ気持ちです。ここは私が配信しているラジオですけど、何度も言うように皆さんと一緒に作っていくものです。そうして、皆さんと一緒に作ったこのラジオが、マナミさんの……癒しというのは違いますかね? とにかく、気分転換の場にしてほしいです。マナミさんには先ほどもそうですけど、いつも助けてもらって、感謝しています。だから、私達の世界にお互いが存在していること、決して忘れないでください」

 まさか、私が送ったメールから、こんな流れになるなど思ってもみなかった。ただ、今は嬉しいという気持ちを素直に受け入れ、みんなへ感謝の気持ちを送りたかった。


●<マナミ>: 皆さん、本当にありがとうございます! 少しずつでも、気持ちを整理していきたいと思います!


「……うん、久しぶりの配信になったこと、改めてごめんなさい。でも、こうして集まった人達の世界は、もう完全に融合しています。今のところ、配信はできていますけど、今後はお互いにどうなるかわかりません。そのことを、今回パソコンが壊れて、配信ができなくなって、本当に自覚しました。でも、たとえ『フュージョンラジオ』が終わってしまったとしても、皆さんの世界にはずっと残るはずです。皆さんの世界に……私も、皆さんも存在し続けると思います」

 純は、何だか別れの挨拶のような雰囲気だったけど、そんな挨拶すらできずに配信ができなくなってしまった人はたくさんいる。というか、私がその一人だ。

 だからこそ、常に配信者もリスナーも、この配信が最後になるかもしれないと思うべきなのかもしれない。大げさかもしれないけど、私はそう思わずに何となく配信を見て、それが結果的に最後の配信になってしまったというのを何度も経験しているから、純の言葉が理解できた。ただ、他のリスナーはそうじゃないようだ。


●: フュージョンラジオがなくなったらやだ!

●: またパソコンが壊れた時は、自分のパソコンをあげます! むしろ、自分もあげます!

●: なくなるなんてイヤ――('Д')――!!


 そんなコメントが流れると、純はため息をついた。それを聞いて、私は色々と察した。

 純は、何か別の事情があって、配信をやめたようだ。でも、何も報告せずに配信をやめるのは、リスナーに対して申し訳ないと思い、最後の配信として、今日の「フュージョンラジオ」を始めたのだろう。

 そう感じると、私はキーボードを叩いた。


●<マナミ>: 久しぶりの配信なのに、みんなに話を聞いてもらえて、私は救われました。私の世界にみんながいてくれて、本当に救われます! そんな気持ちを、みんなが持ってくれたら、私は嬉しいです!

●<d¥>: 私は既に皆さんの世界に存在していると思います。そして、皆さんも私の世界に存在しているはずです。そのことを全員が意識することは大事だと思いました。


 そうしたコメントを打つと、少しの間、純は反応を待つように言葉を止めた。そして、すぐにコメントが流れてきた。


●: フュージョンラジオは、永遠に不滅だ!

●: ここで出会えた人は、みんな私の世界にいます!

●: みんな( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ

●: 自分、いつもキモいコメントしていますけど、どうか皆さんの世界にいさせてください……


 匿名だけど、何となくそれぞれのコメントが誰なのかわかった。それは、この匿名のリスナーも私の世界に存在するという意味だと感じた。

「何だか、変な流れになってしまって、ごめんなさい。ジューンブライドの話はこれぐらいで終わりにしていいかな? というのも、今日どうしてもやりたいことがあって……まあ、みんなわかっているよね?」

 かなり強引に感じたが、純はそんな風に言うと、マウスを操作する音が聞こえた。それから、何だかおどろおどろしいBGMが流れ始めた。

「それじゃあ、今日のメイン、ホラーナイトを始めるよ!」

 BGMとは真逆の明るい声で、純はそう言った。

 私は何だか様々な方向に感情を揺さぶられて、どう落ち着かせようかと悩みつつ、缶ビールを手に取った。

 しかし、既にこれも飲み干してしまったようで、私はまた冷蔵庫へ行き、追加のビールを取り出すと、急いで戻った。

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