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27.500Hz オープニング

「聞こえる?」

 そう聞こえた後、「聞こえる?」とリピートするように同じ声が何度も聞こえた。同じ言葉を何度も繰り返し聞かされると、それこそ洗脳されているような気分になるけど、これが配信のあるあるだ。

「えっと、聞こえているみたいだけど……あれ? どうすればいいんだっけ?」

 そんな声がしたかと思うと、先ほどからリピートされている声に、それが追加された。

「ああ、ごめんごめん。どうすればいいんだっけ? ああ、こうすればいいんだね」

 インターネットを利用して、日本全国どころか、世界に向けて配信する。今は、そんなことが誰でもできる時代だ。ただ、テレビなどと違い、いわゆる素人が多いため、配信時のトラブルというのは、日常茶飯事だ。それこそ、テレビだったら放送事故として炎上するようなことも頻繁にある。

 配信を開始した時、ちゃんと配信できているか確認するため、自分の配信を実際に見るというのは、多くの人がやっていることだ。また、配信の設定で、自分のパソコンで鳴っている音声をそのまま配信に流すようにしている人も多い。

 ただ、そんなことをすると、何か話すたびにその声が配信にリピート再生で追加されてしまい、カオスな状況になるわけだ。とはいえ、配信が始まった直後は視聴者数も少ないため、こうした配信が正常に行えているかの確認をする機会として、適しているのだろう。その僅かな時間は、視聴者――リスナーに向けたものではない、本当の意味での素が見えるように感じるため、私はこうして配信開始前から待機して、この時間を楽しんでいる。

 音声の確認が済んだのか、自分の配信の音声を消したようで、同じ声がリピート再生される状況は一瞬で改善された。それから少しして、いつも聞いていたBGMが流れた。

「フュージョンラジオー!」

 音が割れるほど声が大き過ぎて、思わずボリュームを下げた。

「皆さん、こんばんは。パーソナリティーのじゅんです」

 少し活舌は悪いものの、それすら魅力に思える可愛らしい声。私はどちらかというとハスキーな声質だから、普通に羨ましく思ってしまう。

「このフュージョンラジオは、皆さんの世界と私の世界の『融合』を目的にしたラジオです。この世界には多くの人がいますが、かかわることができる人は少しだけです。そうして、お互いに存在することすら知らない人というのは、それぞれの世界に存在していないも同然です」

 いつもの挨拶。色々と考えさせられることを言っていて、いい挨拶だと思う。そんな挨拶を、どこか懐かしく……いや、こんな感じだっただろうかと疑問を持ちつつ、耳を傾けた。

「だから、私の世界に皆さんを存在させてほしい。そして、私を皆さんの世界に存在させてほしい。それは、私の世界と、皆さんの世界を融合――フュージョンさせるということです。このフュージョンラジオは、そんな目的でやっているラジオです。私一人でなく、皆さんと一緒に作っていくフュージョンラジオ。今日も私と一緒に楽しんでくださいね。えっと……じゃあ、コメント開放します」

 このフュージョンラジオは、リスナーから来たメールやダイレクトメッセージを紹介するだけでなく、リアルタイムで送られるコメントにも答える、いわゆる雑談配信に近い。ただ、雑談というと何のテーマも決めずに話すことが多いが、このフュージョンラジオは、事前に何をテーマに話すか決めて、それにちなんだメールなどを募集するようにしている。そのため、私は勝手に雑談配信を発展させたラジオと解釈している。

「あ、コメント開放できました。みんな……皆さん、たくさんコメントしてくださいね!」

 その言葉を合図に、私は早速コメントを入力した。


●<マナミ>: 純さん、お久しぶりです! 楽しみにしていました!


 ここで、私は<マナミ>というハンドルネームでコメントしている。配信を始めたばかりの人の配信を中心に巡回していた時、純が初めての配信としてテストしているのを見かけて、その際に様々なアドバイスをした。その時から、何か惹かれるものがあったのか、頻繁に見に行くようになり、すっかり古参リスナーになってしまった。

 そこで、他のコメントも次々と流れてきて、そちらに目をやっていた。ただ、そこで私は他の常連さんが少ないと感じた。それこそ、私と同じように配信開始時からのリスナーが全然いないどころか、ほとんど名前が表示されない――匿名の人ばかりで、少し寂しくなったぐらいだ。でも、それはしょうがないことだった。

「ああ、えっと……皆さん、お久しぶりです。久しぶりのフュージョンラジオになってしまいまして……というより、配信自体まったくできていなくて、本当に申し訳ないです」

 このフュージョンラジオは、各月の第二土曜日に行われていた。しかし、五月は初めてのオフ会を開くといった話があり、前もって休むと言っていた。

 問題はその後で、そのまま六月と七月もフュージョンラジオはなかった。それだけでなく、純は週に二回ほど、雑談配信として何のテーマも決めない配信をしていたのに、それもまったくなくなってしまい、しかもそのことについて何の説明もなかった。そのため、何か事故にあったのではないかと、ずっと心配していた。

「五月はオフ会があったので、元々やる予定がなかったんですけど、実はその後パソコンが壊れてしまって、配信できませんでした。一応、新しいパソコンを買って、こうして再開できているんですけど、何か不具合などあるかもしれないです。ああ、あと、マイクも変えたので、前と少し違って聞こえるかもしれません」

 こうしたこともあるあるだ。スマホでも配信できるというけど、ある程度本格的な配信をするためには、パソコンが必須になる。それが壊れたとなれば、その時点で配信ができなくなる。そうした理由で、ある日突然消えた配信者というのもたくさん知っている。

 ただ、マイクの違いにより、声がいつもと違って聞こえるという話に関しては、妙な違和感を覚えた。実際、マイクによって声が違って聞こえるというのは知っている。スタンドマイクやヘッドセットマイクなど、様々な種類があり、それによって聞こえ方が変わることもあるため、配信をするのは大変だと感じた経験もある。

 そうしたことを知ったうえで、今は純の声そのものでなく、イントネーションの違いが気になった。ただ、それも久しぶりの配信となれば、むしろ自然かもしれないと思い、気にしないでおいた。

 そこでふと、コメント欄に目をやったところで、あるものが目に入った。


●削除されたコメントです


 見ていなかったからわからないものの、何か誹謗中傷するようなコメントがあったのかもしれない。

 このフュージョンラジオは、一般的に知られている配信サイトでなく、こうしたことに詳しい知り合いが独自に配信する仕組みを構築したらしく、コメントの対処についても、様々なことができるそうだ。

 その分、マイナーになってしまうという問題点があるものの、私としては、少数の方がコメントを拾ってもらえるし、むしろいいとすら思っている。

「そんな感じですが……今日も皆さんの世界と、私の世界を融合させたいと思います。皆さんと一緒に作るフュージョンラジオ、始めていきますよー」

 久しぶりということで、グダグダしているのも私にとっては楽しいと思える要素だ。だから、今日のフュージョンラジオは必見だ。そんなことを思いつつ、私は冷蔵庫から出したばかりのビールを開けた。

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