1318.510Hz オフ会
さすがに飲みすぎたようで、私はビールを追加する代わりに、コップに水を入れてきた。私は酔っ払っても、水をコップ一杯飲むぐらいで大体落ち着き、またビールを飲める。飲み始めてから少しの期間しか経っていないけど、私は酒に強い体質なんだろうといった自覚がある。
「続いては、『ろくよ』さんから聞いた話を紹介しましょうか」
また初めて聞く名前で、画面には「64さんからもらった話」と表示されていた。どうやら、<64>と書いて「ろくよ」と読むようだ。
「64さんは、私のリアルの知り合い……といっていいんですかね? 近場の人を集めて飲みましょうといった目的のオフ会で出会い、大切な友人になってくれた人です」
私は配信をする際、誰かに見てほしいという目的で、リアルの知り合いに声をかけて、是非見に来てほしいとお願いした。そうして、配信に来た友人達と、私は地元トークのようなことをしてしまい、それが家などを特定された原因の一つだ。というより、一番の原因だったと思う。
だから、リアルの知り合いだという<64>を純が紹介することに、私は少しだけ否定的な考えを持った。
●: 純さんのリアルを知る方ですか?
●: 自分も純さんのリアルが知りたいです
思ったとおり、そんなコメントがあった。ただ、コメントで注意してしまうと、空気を悪くするだけでなく、逆効果になる可能性もあるから、後でメールを送ろうと、ここでは何も注意しないでおいた。
「とはいえ、最近はほとんど会うことも、連絡を取り合うこともなかったんですけど、今回、ひょんなことからメールをもらったので、紹介します。64さんの話は、オフ会にまつわる恐怖体験です」
オフ会というと、純も五月にオフ会をしたはずなのに、それについて何も言っていないことが改めて気になった。そういえば、オフ会に参加した<d¥>のコメントも全然なくなってしまった。とはいえ、遅い時間になるにつれて寝落ちする人がいるのは、どの配信でもあるものだ。これまでのフュージョンラジオでも、終わり際にコメントをしているのは本当に数人程度だったし、今夜もそんな感じになるのだろう。
「オフ会というのは、皆さんご存知だし、参加したことがある人も多いと思う。ただ、元々のオフ会がどうだったかというと、知らない人の方が多いのではないだろうか?」
元々のオフ会という表現をされて、確かにピンとくるものが私にはなかった。
●: 元々のオフ会?
●: 俺はオフ会に参加したことねえし、元々も今もわからねえな
●: インターネットが普及し始めた頃のオフ会ってことですかね?
他のリスナーも私と同じような感じで、元々のオフ会という表現を理解できている人は少ないようだった。
「元々のオフ会というのは、インターネットが普及した頃の話になる。当時の知り合いというと、学校や職場で知り合う人がほとんどで、偶然の出会いなんてものは稀だった。それが、インターネットが普及するにつれ、これまで知り合うはずのなかった人と、簡単に知り合うことができるようになった。そして、お互いにリアルを知らないからと、本音で話しているうちに、リアルの付き合いよりも深い付き合いになった時、不安を持ちながら、勇気を出して、お互いに会おうと決心した際に行われるもの。それがオフ会だった」
私がインターネットに触れた時は、スマホなども普及していたし、インターネットを通じて知り合うことを、そこまで特別に感じなかった。でも、普通なら知り合うことができない人と知り合えるなんて、インターネットがなければほとんどなかったと思うし、インターネットというものは、改めてすごいものだと感じた。
インターネットが普及し始めた頃を知っている人からすれば、それまではできなかったことができるようになると強く思えただろうし、本当に画期的な技術だと、多くの人が感じたことだろう。
「インターネットが普及し始めた時、まだ私は高校生で、周りの友人でパソコンを持っている人はほとんどいなかった。だから、パソコンでインターネットを使い、様々な情報があることを知って興奮しても、そんな気持ちを共有できる人がいなくて、自然と私は孤独感を持った。そして、私はインターネットを通じて知り合った人と、もっともっと仲良くなりたいと思うようになった」
今、そんなことをすれば、すぐに特定されて私以上に大変なことになるだろう。ただ、当時はインターネットを利用する人が少なかったから、そこまで大きな問題にならなかったのかもしれない。それか、話題になっていないだけで、当時からも様々な問題が起こっていたのかもしれない。
「そうして、お互いに本音で話ができるぐらい仲良くなってしまうと、インターネットを通じてだけでなく、お互いにリアルでも会いたいと思い、オフ会を開くことになった。当時、私が学生だったから、みんなは気を使って、私の家の近くに集まることになった。私は緊張しつつも、オフ会の待ち合わせ場所に向かった」
私は配信していた時期があるものの、オフ会に参加したことはない。ただ、配信者もリスナーも、インターネットを通じてのやり取りだけでなく、リアルで会いたいと思っているような雰囲気は感じていた。その理由が今までわからなかったけど、自分のことを少しでも多く知ってくれる人に会いたいとか、そんな思いを多くの人が持っているのかもしれないなんて考えを持った。
「オフ会当日、待ち合わせ場所に近付いたところで、私はやはり怖くて、少し離れたところから、誰が来るのか確認することにした。そうしてやってきた人を見て、私はその場から動けなくなった。というのも、やってきた人が、人に見えなかったからだ」
聞いた瞬間、何を言っているのか、私は理解できなかった。
「私は時々、人が人に見えない時がある。具体的にどう見えるかというと、真っ黒とか真っ白とか、そんなシルエットのように見えるのだ。ただ、そんな風に見えるのは私だけのようで、周りの人が普通に話しているから、私もそれに合わせるようにしていた。ただ、オフ会に来た人全員が真っ白に見えて、さすがに何かおかしいと思ったし、会おうかどうしようか迷ってしまった」
人が真っ黒や真っ白に見えると言われても、私は上手く想像できなかった。
「実は、真っ黒や真っ白に見えた人には、それぞれある共通点がある。まず、真っ黒に見えた人は、一週間も経たずに亡くなってしまうのだ。死因は様々で、交通事故で亡くなった人もいれば、元々あった病気が悪化して亡くなった人もいる。これについては、近くに亡くなる人……死期を迎えている人が真っ黒に見えるのだろうと考えている」
もうすぐ亡くなる人がわかるなんて話も結構有名だ。よく聞く話だと、その人が亡くなる前、黒い人影のようなものが近くに見えたとか、そんな話がある。これは、死神の姿を見たのではないかと言われているけど、実際のところはわからない。ただ、その人自身が真っ黒に見えるという話は初めて聞いた。
「そして、真っ白に見えた人はどうなるかというと、その後、行方不明になってしまうのだ。そして、その人達は今現在も行方がわかっていなくて、行方不明のままだ」
●: そんな能力いらない
●: 黒が死亡。白が行方不明って、救いがない
そんなコメントが流れて、私もそのとおりだと感じた。
「だから、オフ会に来た人が全員真っ白に見えた時、単なる直感だけど、このオフ会に参加してはいけないと思った。だから、私は体調を崩して行けなくなってしまったとメールを送ってから、その場を離れた。その後、オフ会に参加した人達とは、一切連絡が取れていない。いつもどおり、行方不明になってしまった」
何だか、じんわりとした恐怖があり、想像すると寒気がしてきた。思えば、大分部屋も冷えたし、私はエアコンを切った。
エアコンを切ったり入れたり、逆に電気代がかかりそうな気がしたけど、今は気にしないことにした。
「ただ、後で調べたところ、オフ会に参加したにもかかわらず、行方不明になっていない人がいた。その人は<シロ>というハンドルネームの人で、当時から様々なコミュニティに参加していたため、自然と目に入った。そうした、一つに絞らず、様々なコミュニティに参加する人は元々多かったものの、オフ会に参加した人は、他のコミュニティからも姿を消した。しかし、シロだけは別で、普通に他のコミュニティのチャットなどに参加していて、少しいつもと違うと感じていた」
その話は、行方不明にならない方法があるという期待を生んだ。ただ、純の口調というか、雰囲気から何か違うと感じた。
「その後、別のコミュニティでもオフ会を開催するという話があったけど、私は参加しなかった。そして、オフ会の後、そのコミュニティの人達とも連絡が取れなくなった。ただし、今回もシロだけは別で、また他のコミュニティのチャットなどに参加しているのを数日後に見かけた」
そこまで聞いて、私はこの<シロ>という人物が、元凶になっているのではないかと思えてきた。
「だから、私はシロのことを密かに追い続けた。正確には、シロと直接やり取りをした人がどうなっているかを追った形だ。すると、調べた範囲で全員が行方不明になっていることに気付いた。しかし、そうしてシロを追っていたものの、次第に私自身が忙しくなったことなどもあり、少しだけインターネットから離れた時期があった。それからインターネットを再開した際、またシロを捜したものの、もう見つけることはできなかった」
オフ会に参加した人が行方不明になることと、その<シロ>が何か関係しているとしたら、今<シロ>がどこで何をしているかわからないというのは怖かった。
「それから、いつの間にか私はシロのことを忘れていた。そんなある日、五月に純さんのところでオフ会があると知り、私は参加することを決めると、当日、集合場所まで行った。しかし、その時も参加者全員が真っ白に見えて、近づけなかった」
その瞬間、私は何か嫌なものを感じた。この人の話が本当だとしたら、五月のオフ会に参加した人は、全員行方不明になっているということだ。実際、オフ会に参加した人が行方不明になったなんてコメントも既にいくつか見ている。
「それと、気付いたことがあるんです。キーボードの日本語入力で『し』と『ろ』がある位置を見ればわかると思います。ただ、これ以上はかかわりたくないので、ここまでにします。すいません。……以上です」
私はキーボードに目をやり、「し」と「d」、「ろ」と「¥」が入力方法の違いで、同じキーに割り当てられていることに気付いた。
それからしばらくの間、純は何も言わないし、何のコメントもないといった気まずい時間があった。
そして、純が息を吐く音が聞こえた。
「大分前からコメントがなくなりましたけど、d¥さんが配信を見ていること、こちらからはわかるんです。是非、オフ会で何があったか、話しませんか?」
純は威圧するような口調で、そう言った。それから少しして、コメントが流れた。
●<d¥>: あなたは誰ですか?
私は<d¥>のコメントが何を意味しているのか、まったくわからなかった。




