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98、ガメイ村 〜ヴァン、泣きそうになる

「長老を利用するのは、その職の人達だろう? なぁ、フロリス」


 国王様は、ゼクトから振られた話題をさらりと受け流している。一方で、フロリスちゃんは、キョトンとしてるんだよね。


「うん? 長老って、尊敬する偉大な師のことよね? 利用するという言葉は馴染まないわ。長老は、導く者よ」


 フロリスちゃんにビシッと反論され、国王様は苦笑いだ。


「長老制度って、冒険者ギルドとは無関係なんですか? さっき、リースリング村には無いから知らないだろうと、ゼクトが言っていましたけど」


 ゼクトさんのことを、さん呼びしないことに抵抗を感じつつも、少し嬉しいような複雑な気分だ。僕は、長老制度のことより名前の呼び方に、意識が向いていた。



「ギルドは関係ないわっ。それぞれのジョブを含めたスキルごとの風習かしら。王宮が指定するのよ」


 フロリスちゃんは、僕の疑問に答えつつ、国王様にも説明しているようだ。もちろん、フリックさんが国王様だとは知らないからなんだけど。


「国王様ではなく、王宮からの指定ですか」


「ええ。主要な街ごとに長老がいるわ。だけど小さな村には、その制度自体がないみたい。ガメイ村は大きいから、長老制度があるの。だから、貴族の別邸も多く建てられているのね」


「へぇ、じゃあ、デネブにも長老制度ができるのかな」


 僕が住むデネブは、新しい町だ。あまり大きくはないけど、王都に近いためか貴族の別邸が多い。


「デネブは、大半が元奴隷や獣人だから、長老制度はできないと思うよっ。ジョブ無しの人も少なくないし」


「そもそもデネブは、ドゥ教会のある町だから、長老制度なんかいらないだろ。それに何より、長老制度って、俺は好きじゃない」


 国王様がドゥ教会をどう思っているのかが気になる。長老制度が不要だということと、どう繋がるのだろう?


「そうね、フランちゃんが目指す第4の神官家は、長老制度とは馴染まないわね」


 フロリスちゃんが深く頷きながら、僕の方に視線を移した。うん、全く意味がわからない。



 あっ、店の入り口近くで、遅れて来たフラン様が、この店の常連さん達に囲まれている。ほんと、最近のフラン様はすぐこんな風に、多くの人に囲まれてしまうんだよな。


 神官として成長したからかも、と彼女は笑っていたけど、僕としては少しモヤモヤする。やきもち、だろうか。


 娘のルージュは、神獣テンウッドと手を繋ぎ、臆することなく店内に入ってくる。最近は反抗期なのか、すぐに大人から離れたがるんだよね。



 フラン様が立ち上げたドゥ家は、あちこちの町にあるベーレン家よりも、優しい教会を目指していると思う。何かに失敗した人の再出発を見守り助ける、というのがフラン様が掲げているポリシーだ。


 統制のトロッケン家の正義感と、成人の儀を司るアウスレーゼ家の慈愛、そして民の声を聞き導くベーレン家の親しみやすさ、その神官三家すべての長所を兼ね備えたいと、フラン様はよく言っている。


 僕は神官三家には、良い印象はない。だけど、アウスレーゼ家に生まれた彼女は、神官三家が理想とする信念を知っているのだろう。


 はっきり言って、今の神官三家は…………やめておこう。僕も神官のスキルを持つドゥ教会の人間だ。



「ヴァンが、わからなくて拗ねてるぜ」


 ゼクトが、長老制度について議論を続ける二人に、目配せと注意をしてくれた。こんな場所で、長老制度の悪口にも聞こえる話は良くないと思う。常連さん達の中には、貴族もいるからな。


「うん? ヴァン、何がわからないの?」


 キョトンとするフロリスちゃん。


「えっ、あー、あの、なぜデネブには不要なのかなって思って」


「デネブは、長老制度なんかいらないじゃない。フランちゃんのドゥ教会があるもの」


 だから、そこがわからない。



「フロリス、何でもかんでも自分を基準に考えるな。神矢ハンターなら、いろいろな人間と関わる。相手の位置まで目線を下げるべきだぜ」


 ゼクトがそう言うと、フロリスちゃんは、僕の方を見てゆっくりと首を傾げていく。何をしてるんだろう?


「あはは、フロリス、その目線じゃねぇよ。あははは」


 国王様が爆笑している。僕と目が合うと、フロリスちゃんはニッコリと微笑んだ。


「これでいいのっ。ヴァンと目が合ったもんっ。ねーっ」


「ふふっ、目が合いましたね」


 僕がそう答えると、フロリスちゃんは満足げに頷いた。ゼクトの言葉の意味を勘違いしたのかな。


「ヴァンは、長老制度にピンときてないのねっ。えーっと、ちなみにゼクトさんは王都で、神矢ハンターの長老だよっ。だから王都で神矢ハンターが困ったときには、ゼクトさんに相談するのっ。あとは、お父様はスピカで、ナイトの長老だよっ。それから、バトラーもスピカで、執事の長老なのっ」


 そっか、長老は指南役だと言ってたっけ。ファシルド家って凄いのかな。商業の街スピカには、多くの貴族の屋敷がある。そんな中で、執事の長老を雇えているなんて。いや、執事長バトラーさん自身が凄いのか。



「フロリス様、なんとなくわかってきました。でも、ドゥ教会があるからデネブには長老制度はいらないという点が……あっ」



 ぱちゃっ!


 僕から離れた場所で、床に座り込む小さな影。


 テーブルから何かを取ろうとして、テーブルクロスを引っ張ったのか。ジュースを床にぶちまけ、床に溜まったジュースをぺちゃぺちゃと叩いて、なぜかご機嫌だ。僕が視線を向けると、素知らぬふりをしている。


 ここは、叱るべきか?


 僕はモップを持って、小さな影の方へと近寄っていく。



「ルージュ、服も床もジュースだらけだよ」


「ふぅん」


 ちょ、ふぅんって……。


主人あるじぃ、ルージュは悪くないよ。テーブルクロスが引っ張りたくなるような魅惑的な姿をしているのが悪いんだよ」


 神獣テンウッドは、当然のようにルージュをかばう。


「テンちゃ。ルージュを甘やかしてばかりじゃダメだよ。お行儀の悪い子になってしまうでしょ。ルージュ、床はプールじゃないんだよ」


「ふぅん」


 僕が床をモップで拭いていると、ルージュは、モップにかじりつこうとした。美味しそうに見えたのか。僕は、慌ててモップを背に隠す。


「ルージュ、モップは食べ物じゃないよ。それにテーブルクロスは、引っ張っちゃいけません。今日は、ルージュの2歳の誕生日だよ? もう赤ん坊じゃないよ?」


「そうね。ルージュは、お嬢ちゃまになったのよねっ。すごいね、ルージュ」


 テンウッドは、ルージュの頭を撫でて、褒めている。いま、僕が叱ってるんだけどな。


「テンちゃ、あたし、えらい?」


「うんうん、ルージュはえらいよっ」


 ルージュは、キャッキャと笑い、別のテーブルクロスに手をかけた。その上には、たくさんの料理が並んでいる。


「ルージュ! 引っ張っちゃダメだよ。怒るよ?」


 僕がそう言うと、テーブルクロスの端を持ったまま、ジッと固まっている娘。理解はできているみたいだな。



「まぁっ、可愛いお嬢さんね。ソムリエさんの娘さん?」


 店の常連さんがそう声をかけてくれた瞬間……。


 ガッチャーン!


 やりやがった……。



「ルージュ! ダメって言ったでしょ!」


 僕は、思わず強い言い方をしてしまった。神獣テンウッドは、ルージュが泣くと思ったのか、オロオロしている。だが……。


「パパ、きらいっ!」


 娘は、泣かなかった。


「えっ……」


 僕の方が、泣きそうだよ。



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