97、ガメイ村 〜ヴァン22歳の誕生日
「ヴァン、今日、誕生日よねっ。おめでとう」
朝食の用意をしていると、早起きしたフロリスちゃんが駆け寄ってきた。この顔は、何か企んでるな。
「フロリス様、おはようございます。はい、22歳になりました。ありがとうございます」
そして今日は、僕の娘ルージュの2歳の誕生日でもある。
開店から数ヶ月、店がずっと忙しくて、僕は、デネブの家にはほとんど戻ってない。たまに大量に作り置きをして帰った日に限って、何かが起こって呼び戻されるんだよな。
「今日ね、フランちゃんが昼過ぎに来るのっ。だから、店の料理の準備は、早目にお願いねっ」
えっ? 聞いてないよ。
「フロリス様、それは初耳です。フラン様から何も連絡は来てないですけど?」
「うん、ヴァンには内緒にしてたからっ。昼までに、作り置きをお願いねっ」
「あー、はい。じゃあ酒屋さんが来るから、朝食の準備が終わったら、1階の厨房で……」
「酒屋さんは、私が支払いと注文をしておくわっ。ヴァンは、ここで作り置きをしてちょうだい。ここの調理場の方が使いやすいでしょっ」
フロリスちゃんは、僕を1階に行かせたくないらしい。涼しい顔で力説してるけど、バレバレだ。1階で、僕の誕生日祝いをしてくれるつもりなのだろう。フラン様が来るなら、ルージュや神獣テンウッドも一緒だよね。
「は、はぁ、かしこまりました」
僕がそう返事をすると、フロリスちゃんはホッと胸を撫で下ろしている。ふふっ、ほんと、隠し事ができないよね。
貴族家では、13歳の成人、そして21歳と22歳は、人を招いて祝う風習があるそうだ。
去年、海辺の町カストルで21歳の誕生日を祝ってもらったっけ。21歳は第二の成人らしく、契約の鍵をもらって、ゼクトさんの弟子にしてもらった。あの日からゼクトさんは、僕とは対等な関係だと言い、さん呼びを嫌がるようになったんだっけ。
そして22歳は、あらゆることに関する年齢制限がなくなる祝いらしい。ほとんどが21歳で制限はなくなるけど、22歳以上じゃなきゃできないのは……なんだろう?
そんなことをのんびりと考えながら、僕は、食べ放題料理の準備を始めた。
実はもう既に、数日分の営業に問題ないストックはある。マルクが、作り置きをいれた簡易魔法袋を保管するための特殊な魔法袋を作ってくれたから、以前のように料理が無くなって慌てることも、なくなったんだよな。
◇◇◇
「ヴァン、22歳おめでとう!」
昼過ぎになって、やっと僕は1階へ降りることを許された。フロリスちゃんは、僕が店に降りていかないようにするために、冒険者ギルドで人まで雇っていたようだ。階段に座り込む数人の冒険者の中には、以前、この店を襲撃してきた盗賊の顔もある。
あれからフロリスちゃんは、ファシルド家だという家名は伏せているけど、ジョブについては隠さなくなった。これは、暗殺貴族クリスティさんからの提案らしい。
クリスティさんが親しくするには、何か周りを納得させる理由が必要なのだそうだ。彼女自身は、相手の身分には無関心で、自分を恐れないということが、友達付き合いをする上での唯一の譲れない条件らしい。
だけど、周りはそうは考えない。ほとんどの貴族は、自分にとって利益のある人としか関わらないという、クリスティさんいわく、くだらない特徴があるそうだ。
そのため、フロリスちゃんがジョブ『神矢ハンター』であることを公表する形をとったようだ。
もちろん神矢ハンターには、多くの打算的な人が集まる。だが、ジョブを公表すると同時に、暗殺貴族クリスティさんが親しくしているということも、噂として流していたようだ。
フロリスちゃんが、ジョブを公表してからは、店を襲撃しようと企む者はいなくなったらしい。黒服のブラウンさんの暗殺を狙うハーシルド家の人達も、一切の刺客を寄越さなくなった。
ハーシルド家が動かなくなったのは、黒服のブラウンさんが、暗殺者ピオンと親しいという噂が、裏ギルドに流れたためだ。これは、クリスティさんの情報操作ではなく、盗賊達が広めているらしい。
以前、別件でガメイ村に来たとき、ブラウンさんが盗賊にお金を奪われる事件があった。そのとき僕が魔道具メガネをかけ、暗殺者ピオンの姿を盗賊達に見せたことを覚えていたらしい。
開店初日の深夜、盗賊達がこの店を襲撃してきたとき、暗殺者ピオンが2階から降りてきた謎を解こうとする動きが、あの後あったそうだ。盗賊達が結論付けたのが、2階に居た黒服ブラウンさんを暗殺者ピオンが訪ねていた、ということで落ち着いたらしい。
だからブラウンさんを狙うと、暗殺者ピオンに殺されると噂されているそうだ。様々な手を使ってきたハーシルド家が、こんなことでおとなしくなるなんて……噂の影響力って、ほんと凄まじいよな。
「皆さん、ありがとうございます」
1階では、やはり、僕の誕生日を祝う料理を用意してくれていた。親しい人が集まってくれている。それに、店の常連さん達も来てくれているようだ。
「ヴァン、22歳になったから、長老になれるな」
マルクが意味不明なことを言う。それが、最後の年齢制限なのか? でも長老って年寄りのことじゃないの?
「そうですねー、ボレロとしましても、ヴァンさんには是非とも長老になってもらいたいですよ、はい」
デネブの冒険者ギルドの所長であり、僕の担当者でもあるボレロさんも、変なことを言う。
「マルクもボレロさんも、えーっと、その長老って何ですか?」
僕がそう尋ねると、あちこちから鋭い視線が僕に向けられた。いや、鋭い視線というか……信じられないという視線か。
「おまえら、ヴァンが生まれ育ったリースリング村には、長老制度は無いぜ? バカにするような目をしてんじゃねーぞ」
離れた場所にいたゼクトさんが、僕を擁護してくれた!
「ありがとうございます、ゼクトさん。僕、知らなくて……」
「ヴァン、やり直しだ。店が忙しくて忘れたか?」
「へ? 何ですか?」
「その敬語は、1年前に禁止しただろ。俺達は対等な関係だということを忘れたか」
あー、さん呼びのことか。僕は苦笑いを浮かべてやり過ごそうとしたが……。
「ほれ、やり直しだ」
催促されたよ。仕方ない、やけくそだ。
「ゼクト、こんな場では普通、丁寧に喋るものでしょう?」
「くくっ、だが、おまえはルファスのことを、マルクと呼び捨てにするじゃねぇか。その呼び方は、互いに認めた対等の証だろ?」
ゼクトさんは、いや、ゼクトはそう感じるのか。
「わかったよ。22歳の誕生日を機に、ゼクトには一切の丁寧語はやめるよ。で、長老って何?」
僕がそう宣言すると、ゼクトはフフンと上機嫌に鼻を鳴らした。
「長老ってのは、年寄りのこともそう呼ぶが、いわゆる指南役ということだ。長老に就くと死ぬまでその職に関して、国王に利用されるぜ。なぁ? フリック」
ゼクトは、フロリスちゃんと楽しそうにイチャイチャしていた国王様に、突然、話を振った。ちょ、フリックさんが国王様なのは、秘密なのに……。




