93、ガメイ村 〜暗殺貴族クリスティが来た理由
「クリスティさん!? いつの間に? えっ、結界をすり抜けた?」
僕は、思わず叫んでいた。魔道具メガネをかけて、暗殺者ピオンと呼ばれるイケメンに姿を変えているのに、ピオンらしくない言動だ。
「うふふ、いま来たの。この店の結界は入るのは簡単だったよ〜。私以外は入れないみたいだけど〜」
暗殺貴族レーモンド家の当主クリスティさんは、盗賊達には顔を知られていないようだ。魔道具メガネは、彼らに心理的な変化がないと教えてくれる。あっ、魔族だという男だけは、強い恐怖に染まっているか。
「クリスティさん以外ってことは、同行者がいるのですね」
「そうよ〜。狂人と異界の住人よ〜。気合いを入れないと入れないから、異界から見てるって〜」
ゼクトさんとグリンフォードさんか。異界サーチを使ってみると……ひゃっ、目の前にいるじゃん。影の世界から、店の中を見ているようだ。
ブラビィが張った結界の種類はわからないけど、もしかすると壊さないと入れないのかもしれないな。魔族だという男達を逃がさないための結界だろうから、ゼクトさんでも、すり抜けられないんだ。
クリスティさんは、僕の腕にピッタリとくっついたまま、盗賊達に妖しげな視線を向けている。
「なんだい、姉ちゃん。俺達を誘っているのか?」
「偽物ピオン、もう芝居はやめろ。どこから女を呼び寄せたか知らんが、その付近の床に転移魔法陣でも仕込んであるのだろう?」
盗賊達は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。完全に、僕が偽物ピオンで、クリスティさんの登場は僕の芝居の一部だと思っているらしい。なぜ、そんな思考になるんだろう?
「うふっ、もうそろそろわかったかしら?」
クリスティさんは、ゼクトさん達がいる方向に視線を向けた。当然、クリスティさんにも異界の様子が見えているんだな。ゼクトさんがオッケーサインをしている。異界から、何かを調べていたのだろうか。
軽く頷いたクリスティさんがパチンと指を鳴らすと、その空間に僅かな歪みが生まれた。ゼクトさんとグリンフォードさんが、その歪みから姿を現す。ん? あれ? グリンフォードさんか?
異界サーチをしたときはグリンフォードさんに見えたけど、こちらの世界の店内に入ってきた彼は、黒縁のメガネをかけた学者風の少し太った男に見える。グリンフォードさんはイケメンなのに、まるで別人だ。
あー、黒縁メガネは、クリスティさんの魔道具か。
ゼクトさんが現れたことで、盗賊達は一気に緊張したようだ。彼を知らない盗賊はいないと思う。最年少で極級ハンターになったあと、神官家に利用されて心を失い狂人と呼ばれるようになった彼は、裏ギルドでも超有名人だ。
「よぉ、ピオン、こんなとこで何してんだ?」
ゼクトさんは、僕をピオンと呼んだ。
「ちょっとね。貴方達は、なぜこちらに?」
僕は、ピオンとして振舞う。
「あぁ、それについては、クリスティに聞いてくれ。俺はクリスティに雇われて来ている」
はい? ゼクトさんがクリスティさんに雇われた?
狂人と呼ばれるゼクトさんが、僕をピオンと呼んだためか、盗賊達が恐怖の色に染まっていく。それに反して、魔族だという男を染める色が変わってきた。目を見開き、信じられないものを見るような顔。そして魔道具メガネは、彼をだんだん……ちょっと待って、この色って、恋愛感情?
いやいや、誤作動かな。これを作ったクリスティさんが近くにいるから、彼女がイタズラしているのかもしれない。
「狂人と異界の人、対象者は、この中に何人いる?」
クリスティさんが突然、意味不明な質問をした。
「線が繋がっている人間は16人ですね」
グリンフォードさんらしき人が、人数を答えた。線が繋がっている?
「スキルを半分以上失っているのは、そのうちの……とりあえず1人見つけた。もうちょっと待ってくれ。まだ、半分しか調べられていない」
えっ? それって、愚蟲の眷属を探しているってこと? 僕は、あのギルドでの出来事を思い出した。僕も、スキルを奪われそうになったんだよな。スキルをひとつでも奪われたら、あとは接触するたびに次々と奪われると言っていたっけ。そして半分以上を奪われたら、愚蟲の眷属にされてしまうとか。
「まぁ、そうよね。ジョブボードを開かせる方が早いわね」
「ジョブボードを開くと消えているスキルは見えないから、本人にしかわからねぇぞ」
「あら? 貴方、極級ハンターなんじゃないの?」
「おまえなー。極級ハンターだからって、すべてのハンタースキルが極級なわけねぇだろ。神矢ハンターはジョブだからな、まだ超級だ」
「へぇ、だっさ〜い」
ちょ、クリスティさん……。
「クリスティさん、極級ハンターになるための条件は定期的に変更されるようですが、今は、必須選択を含む5種類の超級ハンタースキルを揃えることですからね」
僕は、ゼクトさんの名誉のために、思わず反論していた。
「やだ、ピオンに叱られちゃったわ〜」
ペロッと舌を出し、楽しそうに笑う彼女は、暗殺貴族には見えない。
「とりあえず、線が繋がっている奴に印をつけておくか」
ゼクトさんがそう言ったとき、魔族だという男が動いた。
「一体、おまえ達は何なんだ? 人の仕事を邪魔しやがって」
「は? 邪魔者はおまえらだろ。この店の扉を蹴破って侵入したことを、冒険者ギルドに報告してやろうか?」
ゼクトさんの声が大きい。だけど、ブラビィが張った結界の効果か、外を通る人は気づかないようだ。フロリスちゃんが目を覚ますこともないかな。
「ガメイ村のことに、よそ者が口を出すなよ! おまけに、俺の手下に何の印を付けるって?」
「クリスティ、説明してやれ。コイツと話してると、俺は、いつまでたっても調べられねぇぞ」
ゼクトさんに話をふられて、クリスティさんは妖しげに微笑んだ。彼女の行動すべてに、意味があるはずだ。盗賊達が暴れないのも、ゼクトさんへの警戒だけではないと思う。たぶんクリスティさんが何かの術を使っている。
「うふふっ、じゃあ私から話すわ。ピオンも知らないもんね」
僕に少女のような笑みを見せた後、魔族だという男の方を向いたクリスティさんは、別人のように冷たい表情をしている。
「私は、王命でこの村に来たわ」
凛とした彼女の声は、言葉の刃のように突き刺さる。
魔族だという男が、何かの術を使ったようだ。だが、小さな舌打ちをすると、短剣を構えた。術が発動しなかったのか。
「あら、過剰な反応ね。私は魔族狩りに来たわけではないわ。蟲退治よ」
クリスティさんに下品な視線を向けていた盗賊達も、もう誰一人として笑っていない。魔族の男の反応から、彼女が本物の暗殺貴族だと理解したようだ。僕のことも本物のピオンだと結論付けたのか、盗賊達は絶望の色に染まっている。
「蟲退治? それがなぜ、王命なのだ?」
「異界の蟲だからね。もう宿主は捕らえてあるわ。ただ、眷属の数が多くてね〜。詳しくは話せないけど、私は、その眷属をすべて狩るように指示されているわ」
えっ? 王命ってことは、いま3階にいる国王様の命令だよな? 眷属を狩ることをクリスティさんに依頼した? スキルを奪われた被害者をすべて殺せだなんて、国王様が……フリックさんが命じたのか?
「俺の手下に、その眷属がいるということか?」
「ええ、眷属候補が16人、完全に眷属化しているのが……今のところ、2人見つかったみたいね。愚蟲の眷属になった人には悪いけど死んでもらうわ」
次回は、2月15日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




