92、ガメイ村 〜闇の妖精バンシーの仕業?
「この店の店主は、成人になったばかりのガキだろ。暗殺貴族レーモンド家の当主と知り合いだなんて、そんなのは嘘だ。騙されるな」
なぜか突然、僕が嘘つき呼ばわりされた。すると盗賊達の雰囲気がガラリと変わった。これが集団心理か。自分達が信じたい情報に同調していくようだ。魔道具メガネは、彼らから僕への恐怖心が薄れていくのを教えてくれる。
「それに、コイツが暗殺者ピオンだと言い張っているのも怪しいもんだ。なぜ、ピオンが食堂の2階から降りてくる?」
僕は一度も、ピオンだとは名乗ってないけど?
「あちこちに偽物が出現しているのに、本物はここ最近現れていないらしい。暗殺者ピオンは、暗殺貴族レーモンド家に殺されたという噂を聞いたぜ」
嘘だとひとりが言い始めたことで、盗賊達の感情はコロコロと変化していく。魔道具メガネがなくても、明らかに彼らの表情が明るくなり、自信に溢れてくることがわかる。
さっきまでとは違って、デュラハンはオーラを弱めているようだ。ブラビィも威圧系の術を解いたのだろうか。
『人間って、ここまですぐに忘れる生き物なんだな』
デュラハンが、まるで感心したかのように呟いた。まぁ、そうかもしれないな。
ざわざわと少し騒がしくなってきた。僕が何も反論しないためか、襲撃者達は、すっかり元気を取り戻したようだ。
『闇の名持ち精霊が、そんなことも知らねーのかよ。だから、メリハリが大事なんじゃねぇか』
また、堕天使ブラビィは、メリハリを主張している。だけど、どうしようか。盗賊達は、さっきの威圧もすべてが幻覚だと言い始めている。集団心理が悪い方に作用しているようだ。
ブラビィ、どうするんだよ。デュラハンさんにオーラを抑えさせるから、奴らが騒ぎ始めたじゃん。
『あ? 面白いじゃねーか。もうちょっと見てようぜ』
いやいや、夜中だよ? フロリスちゃんが目を覚ましてしまう。それに、天井には……あっ、バンシーが笑ってる。もしかして、バンシーに餌やりをしているわけ?
『確かにバンシーは、奴らの悪意を食っている』
デュラハンさん、食われたら悪意は減ってくるのかな?
『は? 何を言っている? 人間の悪意だぜ? どんどん増えて濃くなるに決まっているじゃねーか。だから、おもしれーんだよ』
デュラハンに尋ねたつもりが、ブラビィが答えている。ほんと、お気楽うさぎは自由すぎるよな。
『ヴァン、襲撃者達が、どんどん騒がしくなっているのは、バンシーの仕業だ。だが、もうそろそろ十分だろう』
デュラハンがそう言うと、天井から逆さにぶら下がってニヘラニヘラと笑っていたバンシーは、スッと消えた。デュラハンの殺気を感じたのか。
国王様の契約妖精バンシーの予言は、この盗賊達の襲撃のことらしい。確かに、死人が出てもおかしくない事件だ。
襲撃者達は知らないらしいが、ファシルド家の屋敷を襲撃したんだ。ブラウンさんを2階に待機してもらわなかったら、きっと激しい交戦になっていた。
今は、ゼクトさんもグリンフォードさんも不在だ。3階にいるフロリスちゃんと国王様を守る責任は、僕達、黒服にある。まぁ、国王様の側近でフロリスちゃんのお兄さんのアラン様が、こっそりと護衛に来ているようだけど。
「何も反論しないってことは、図星らしいな。幻術系の魔道具を仕掛けてあったんだろ。もう、その効果が切れてきたようだな」
店の外にいた魔族だというリーダー格の男が、店の中に入ってきた。彼だけではない。店の周りにいた襲撃者達が皆、ぞろぞろと店内に入ってきたようだ。
『やっと、かかったぜ』
ブラビィはそう言うと、店を何かの結界らしきもので覆ったようだ。全員が店内に入るのを待っていたのか。
『ヴァン、お気楽うさぎは時間稼ぎをしているだけだ。捕まえておけと言われたからな』
デュラハンさん、誰にそんなこと言われたの?
『おい、ヴァンにバラすなと言ってただろ。ヴァンが驚かなかったらどうすんだよ』
はい? ブラビィ、何を言ってんの? 時間稼ぎって何? あっ、ゼクトさんが戻るまで拘束しておけってこと?
「手の内がバレて、ビビってるんじゃねぇか? 暗殺者ピオンのふりをするバカは、消すことにしているんだよ。目障りだからな」
魔族だという男がそう言うと、盗賊達が一斉に武器を構えた。店内で暴れる気だよな。このままでは、明日の営業の妨げになる。
デュラハンがオーラを強めてくれないなら、僕が自力でやるしかないな。僕は、地下茎に向かって根を伸ばす。ラフレアの根は、人間の目には見えない。だが、強力な武器になる。
『ラフレアの根を使うと、おまえの素性がバレるぜ』
僕の素性がバレるより、店が壊される方が困るよ。
『バケモノがいる店に、客が来るのか? フロリスは、ファシルド家だということも隠しているだろ』
た、確かに……。じゃあ、毒薬を使う! 僕は、魔法袋から近くのテーブルに薬草をどっさりと出した。
「なんだなんだ? その草で幻術系の術を使っていたのかぁ? イヒヒ」
げっ、奴らが盗賊だということを忘れていた。せっかく出した薬草は、店の入り口近くへと移動してしまった。
店の外に放り出したつもりだったのか、盗み取った男は、壊した扉の方を見て首を傾げている。ブラビィの結界か何かに阻まれたようだが、それには気づかないらしい。
「さぁて、偽物ピオンは、次は何をしてくる気かな」
「幻術の草も、無くなっちまったなぁ? クハハハ」
この状況を、まるで楽しんでいるかのような盗賊達。冒険者達とはタイプが違うな。冒険者達なら、剣を抜いたらすぐに斬りかかってくる。だが、盗賊達は、相手を追い詰めることが楽しいのか。
ブラビィもデュラハンも動きがない。はぁ、もう、いいよ。この距離でも、床に散らばっている薬草は毒薬に変えられる。
だが、その前に一応、確認しておこうか。
「キミ達、さっきから何を言っているんだい? この店にこれ以上の危害を加えるなら命はないと、さっき教えたよね?」
僕がそう言っても、デュラハンは加護を強めない。あぁ、デュラハンの意識は別に向いているのか。毛玉のフリをして僕の腰にぶら下がっているブラビィも、反応がない。まぁ、いっか。
「ふっ、もうさっきのような幻覚は使えてねぇぞ。偽物ピオン、そこまでそっくりな顔に変えるスキルの高さは認めてやるがな。リクロス様は、暗殺者ピオンを崇拝されている。だからこそ、偽物ピオンは許されないんだよ!」
うん? リクロスって、リーダーの名前か? どこかで聞いたことのあるような無いような……。
「キミ、リーダーの名前を簡単に明かすのは、どうかと思うよ。最後通告だ。この店に危害を加えるなら命の保証はしないよ」
僕は、僅かに口角をあげ、その男を真っ直ぐに睨んだ。
「な、何を……。ふ、ふん、偽物ピオンの分際で……それに、何がレーモンド家だ。その名前を出すと、俺達がビビるとでも思っていたか」
そう言いつつ、震えてるじゃん。へっ!?
「そうよねぇ。ピオンの分際で、レーモンド家当主の名前をバラすなんて許せないわよね〜」
いつの間にか現れた暗殺貴族クリスティさんが、僕の右手に腕を絡ませていた。




