91、ガメイ村 〜静かなる脅し
コツコツコツ
僕は、2階から、静かに階段を降りていく。魔道具メガネをかけている僕には、真っ暗な店内でも、どこに何人の人間がいるか、よくわかる。
泥ネズミ達の情報通り、ほんと大量にいるな。扉を蹴破って入ってきたのは、おそらく下っ端だろう。店の前にも二階に上がる外階段にも、さらには裏の勝手口の方にも数名ずついるようだ。完全に取り囲まれている。
魔道具メガネは、そんな彼らを同じ色に染めている。自信たっぷりな余裕からか、この襲撃は遊び感覚らしい。その大半は好戦的な色だな。この屋敷の主人を蹂躙しようと、ほくそ笑んでいるのか。
「おい! 初日から派手に稼いでるらしいな。何の挨拶にも来ない新参者さんよぉ。どこかの下級商人貴族のお嬢様かぁ?」
奴らの目にはまだ僕の姿が見えていないのか、性別まで間違えてるよ。
僕は、階段下の灯りをつけた。
「ヒッ……あ、あんた……」
魔道具メガネは、店の奥まで入ってきた奴らの感情の変化を教えてくれる。あぁ、僕に『盗賊』の神矢を押し付けた人もいるな。襲撃者は、転移屋付近でウロウロしている盗賊か。
僕は、無言で襲撃者達を見回した。この顔が知られているのは、裏ギルドに出入りする人達にだけだ。だから、知らない人も少なくない。しかし、コソコソと囁き声が聞こえると、皆、ガラリと染める色が変わる。
魔道具メガネは、ほんと、便利だよな。
暗殺貴族レーモンド家の当主クリスティさんが、以前作ってくれた自信作だけど、全然壊れないし、それどころか僕に馴染んできている気もする。
「あ、あの、あんた、なぜここに……」
僕が話さないことに耐えられなくなったのか、以前会った盗賊の一人が口を開いた。外にいる奴らも店の前に移動してきたみたいだな。サーチ魔法を使わなくても、夜だからか、彼らを染める色が浮き上がって見える。魔道具メガネが僕に馴染んできたから、なのかもしれない。
「お、おい、兄貴を無視してんじゃねぇぞ!」
僕の近くにいた一人が、僕を威嚇するつもりか、手に持った短剣を振り回した。
キン!
カランカランカラン
ノリノリの堕天使ブラビィが、わざと僕に張った結界に短剣を当てたみたいだ。結界に当たって弾き飛ばされた短剣は、入り口の方まで飛んでいった。
『すかさず、睨め!』
ブラビィがそう言ってお尻を蹴るので、仕方なく従う。彼は堕天使になる前は悪霊だったし、その前は闇属性の偽神獣だった。人間の感情コントロールには長けている。
短剣を振り回した男に視線を向けると、それと同時に、まがまがしい闇のオーラが、僕の身体から放出された。これは、僕の契約精霊デュラハンの闇だ。
ちょ、なぜデュラハンさんまで参加してるの?
『面白そうじゃないか。それに、外に一人、変な奴がいるからな。闇の精霊も召喚したらどうだ?』
そんなことしたらバレるじゃん。僕は、素性は明かさないよ。今の僕は、暗殺者ピオンだからね。
『闇の精霊を呼ばないなら、俺達だけだな。じゃあ、全力でいくか』
全力は出さなくていいから。あれ? なぜ襲撃者達は、死にそうな顔してんの? デュラハンさんの加護ってこんな強い効果あったっけ?
『お気楽うさぎが、威圧系の術をのせたみたいだな。ヴァンが口を開くまで、奴らのメンタルはどこまでも押し潰されるぜ』
ちょ……はぁ、もう。
僕は、店の入り口の方へと歩いていく。襲撃者達は、必死に道を開けてるんだよね。身体の自由も奪われているのか。
そして落ちた短剣を拾うと、それを振り回していた男の方へ戻る。店の前にいた一人が僕に鋭い視線を向けたが、気にせず背中を見せてやった。だけど、何かを仕掛けてくる気はないようだ。
短剣の所有者を魔道具メガネは、僕が今まで見たことのない色に染めている。あー、死を悟ったのか。暗殺者ピオンが短剣を握ったからかな。
「キミ、これ、落としたよ。店内で剣を振り回すなんて、下品な盗賊だな」
僕が口を開くと、彼らの表情は少しだけ緩んだように見える。たぶん、デュラハンとブラビィが、術の強さを調整してるのだろう。
「あっ、あ、あぁ」
震えながらも手を伸ばす男の右手に、僕は短剣をぽとりと落とすように渡してやった。彼はビクッとして手を引っ込めている。
カランカラン
床に短剣が落ちる音が響くと、それを合図に、襲撃者達は何か行動を起こそうとしたらしい。だけど、あぶら汗を流しつつ微動だにしない。僕の身体から放たれる、まがまがしいオーラが強くなったためか。
『メリハリが大事なんだぜ。おまえがボスになるしかねーだろ』
ブラビィから、得意げな声が届いた。これは、ブラビィの術なのか?
『ヴァンではなく暗殺者ピオンなら、全力でいけるな』
デュラハンも楽しそうだな。でも確かに、この村に暗殺者ピオンがいれば、盗賊達は絶対におとなしくなる。いや、ダメだな。逆に、暗殺者ピオンを討とうとする厄介な人達を集めてしまう。
うん? 厄介な絶対的強者がいればいいのか。必ずしも居る必要はない。ここに居ると思わせれば、それで治安は安定するかもしれない。
ふふっ、いいことを思いついた!
僕は、目の前にいる襲撃者に視線を移した。するとダラダラと、彼の額を汗が流れる。
「キミ達、何の用? 扉を蹴破ったのは、やりすぎじゃないかい? 夜中だよ」
僕は、あちこちに視線を移しながら、そう問いかけた。襲撃者達は、誰も返事をしない。返事をすると殺されるとでも思っているのか。魔道具メガネが染める色は、目まぐるしく変わる。
「二階への外階段をまた上がろうとしている4人、そして裏の勝手口に待機している2人に、離れるように指示する方がいいよ。夜中に大きな音を立てるのはダメだからね」
「な、何……」
人数を言い当てられたからか、入り口付近にいるリーダー格の男が、初めて声を発した。デュラハンのオーラは、外にまで及ばないのか、僕に殺気を向けている。
『ヴァン、そいつは魔族だ。だから全力でって、さっきから言っているだろう?』
デュラハンさん、変なのが一人いるって言ってたのは、人間じゃない人がいるってこと? 確かに濃い殺意の色に染まってるけど。
『純血な魔族じゃねーだろ。没落貴族の坊やじゃねぇか? おまえの友達のことを追ってたからな。たぶんドルチェ家だ』
ブラビィ、それって、いつのこと?
『ずっとだぜ。だからマルクは、夜は村から出るんじゃねぇか? この村には変な奴が多いからな。おまえがボスになるしかねぇんだよ』
ふぅん、そっか。でも暗殺者ピオンがいると、この村はさらに治安が悪くなるでしょ。
『ぜんぶ俺達が蹴散らしてやる』
ブラビィもデュラハンも、戦闘狂だよな。だけど、ここは農村なんだ。僕は、外にいる男に視線を戻した。
「キミ達に言っておく。この店にこれ以上の危害を加えるなら、命はないと思っておきなさい。この店の店長は、クリスティさんと親しいからね」
「クリスティ? 誰だ?」
盗賊達は知らないみたいだな。いま、デュラハンがオーラを緩めているのか、コソコソと話す声が聞こえる。
『メリハリだぜ』
やはり弱めてたんだ。まぁ、任せておこう。僕は話を続ける。
「クリスティさんを知らないのか。裏ギルドに出入りする者としては失格だな」
僕が冷たくそう言うと、動揺の色に染まっていく。デュラハンとブラビィがワクワクしてるんだよね。オーラを強めるタイミングをはかっているらしい。
「クリスティ・レーモンド。彼女は、暗殺貴族レーモンド家の当主だよ。あっ、もうひとつ言っておく。この店の店長は、クリスティさんの素性を知らない。バラしたら確実に死が訪れると思うよ」
僕が話し終わる直前に、まがまがしいオーラが濃くなったようだ。このメリハリの効果か、魔道具メガネは、魔族だという男まで恐怖の色に染めていた。




