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9、商業の街スピカ 〜従属の使用許可

「旦那様、この1年のことだとおっしゃいましたよね? もしかして、だから、ひと月前に、後継者に関する宣言をされたのですか」


 僕は、気になっていたことを尋ねた。


 すると旦那様は、ガクリとうながれたまま頷いている。旦那様は、後継者候補を選ばないと宣言することで、この奇妙な事件が無くなると考えたのか。


 確かにファシルド家は、もうすでに内密に、後継者が決まっているという噂も流れている。だから公表前にと、急いで潰しに来ているのだと、旦那様は考えたのかもしれない。



「成人の儀を迎える前の子ばかりが狙われている。特に、母親が武闘系貴族の子ばかりな」


 旦那様は、握りしめた手を震わせている。当然だ。怒りと……恐怖もあるのかもしれない。誰にもわからない方法で、しかも屋敷内で、人がどんどん魔物に喰い殺されていくんだからな。


 僕も、強い怒りを感じる。こんなことに魔物を利用するなんて……。従属は、殺人道具じゃないんだ!



「旦那様、僕に何をお望みですか?」


 そう尋ねると、彼は、ゆっくりと顔をあげた。


「こんな手段を使う暗殺者を捕らえてほしい。依頼者を吐かせる」


「その依頼主が奥様の誰かなら……」


 意地悪なことを尋ねた。だが、これは聞いておく必要がある。


「そうだな……考えておくよ、ヴァン」


「わかりました。後始末の手際の良さから考えて、単独ではないはずです。同じ手段が裏で流行っているなら、何組も居るかもしれません」


 僕がそう伝えると、旦那様は目を見開いた。


「確かにそうだな。後継者問題のお家騒動に見せかけた、他の貴族家からの潜入者だとも考えられる」


 そうか。それなら、ターゲットが誰に変わるかわからない。だから、存続の危機だと言っていたのか。


 卑怯だな、あまりにも卑怯だ。それに、一度、人間を喰うことを覚えた魔物は、主人のいないときにも人間を襲うことになる。そうなると、その魔物は討伐するか、人間が足を踏み入れない場所に追いやるしかない。


 だが、人間が足を踏み入れない場所……ボックス山脈の奥地は、とんでもなく強い魔物がウヨウヨしている。人間の従属にされていたような魔物が、そんな場所に追いやられたら餌になるだけだ。


 だから結局、死なせることになる。


 最悪だ! 魔物をそんな風に……。僕は、怒りで頭がチリチリしてきた。そんな『魔獣使い』は、絶対に許さない!



「旦那様、監視のために、僕の従属を使っても構いませんか?」


 僕が顔をあげると、旦那様はハッとした表情を浮かべた。


「ヴァン、顔が怖いよ。従属によるが……教えてくれる気はなさそうだな。必要であれば構わない」


「泥ネズミを使います」


「えっ? ネズミ?」


「はい、この街スピカにも、かなりの数がいますが、ほとんど見たことはないと思います。泥ネズミは、王都の多くの貴族が諜報活動に使っています。姿を隠すのが上手いんですよ」


 旦那様は、側近達の方に視線を向けた。でも、側近も知らないみたいだな。ファシルド家は、王都にもデネブにも屋敷を持たない。


「諜報活動に、人間ではなく、ネズミを使うのか?」


「はい、野ネズミとは違って、泥ネズミは知能が高いですから」



 実際に、見せる方がいいのかな。そう考えると、僕の頭の上にポテッと柔らかいものが落ちてきた。まだ、呼んでないんだけどな。


『我が王! お仕事でございますですねっ!』


 泥ネズミのリーダーくんの声が聞こえた。泥ネズミは会話には念話を使う。だから、他の人には、ただのネズミの鳴き声に聞こえるようだ。


 このリーダーくんには、スキル『魔獣使い』の従属だけでなく、覇王という技能も使っている。この技能は、一度使うと術者が死ぬまで有効だ。そして、その効果は一族に波及する。彼らは僕のことを王と呼ぶんだ。


 覇王を使うと、絶対的な命令ができるだけでなく、従属の能力の底上げ効果もある。泥ネズミの寿命はあまり長くないはずなのに、僕の従属は、年を取らないのか全然変わらない。



「えっ? ヴァン、その頭に乗せている小動物が、泥ネズミか? なぜ、頭の上に現れた?」


 旦那様は、やっと気づいたようだ。


「この子は、いつも僕の頭の上に落ちてくるんですよ。まだ呼んでないのに来ちゃいましたが、構いませんか?」


 僕が手のひらを出すと、リーダーくんは、僕の手のひらに飛び移った。それと同時に、もう1体、賢そうな顔をした個体も現れた。そして、泥ネズミ達は、旦那様にペコリと頭を下げている。



「へぇ、こんな目をしたネズミは初めて見た。野ネズミとは明らかに違って、確かに魔物だな。しかし、随分とよくしつけられているな」


 旦那様が顔を近づけようとするのを、側近が危険だと阻んでいる。確かに、結界のある部屋に入ってきたから、警戒されるのもわかる。


「この子達は弱いですから、大丈夫ですよ。それに、僕の意に反することは、絶対にしません」


「そうか、ヴァンは極級『魔獣使い』だからだな」


 僕は、適当な笑みを浮かべてごまかしておいた。極級だからというわけではないんだけど、あえて説明はしない。


 覇王という技能は、レア技能だ。だから、僕がこの技能を持つことは秘密にしている。洗脳系の特殊な技能だから、人間に対しても他のスキルと組み合わせれば、使える。そのため、覇王持ちは必要以上に警戒されるからだ。



「旦那様、この子達を、屋敷内およびその周辺に放つことの許可をいただけますか? 今回の件が片付けば、デネブに戻しますので」


 僕がそう尋ねると、旦那様はフッと笑った。


「最も警備の手厚いこの部屋に侵入できるのだから、わざわざ、許可を取る必要はないだろう?」


「ここは、敵地ではありませんから」


 僕がそう言うと、旦那様の表情は和らいだように見える。


「ふっ、ヴァンは、俺の面子めんつを立ててくれるのだな。わかった。ヴァンの従属の屋敷への立ち入りを許可する。よろしく頼む」


「はい、かしこまりました。あぁ、やはりある程度は、目撃させる方がいいですね。その方が牽制になります。新たな事件を未然に防ぐことができるかもしれません」


「いや、だが、そうなると、犯人を捜せないのではないか」


 旦那様は、さらなる犠牲者が出ても仕方ないと考えているのか。そんなおとりは、必要ない。


「絶対に見つけますよ。魔物を殺人道具にするような『魔獣使い』を野放しにはできませんから」


 僕が立ち上がると、泥ネズミ達はスッと姿を消した。最近、泥ネズミ達はワープを覚えたんだよな。僕にはできないのに。



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