89、ガメイ村 〜ブラウンの蘇生の代償
その夜、開店で張り切り過ぎたフロリスちゃんが早々と寝た後、黒服のブラウンさんが戻ってきた。やはり彼は、店に迷惑にならないようにと、冒険者ギルドで時間を潰していたようだ。
「店を手伝えなくて申し訳ありませんでした」
ブラウンさんは力なく微笑み、僕に頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ。ブラウンさんの方こそ、冒険者ギルドにずっといてお疲れですよね。何か軽く召し上がりますか? 今、明日の仕込みをしてるんですよ」
僕は、2階の厨房でシチューを始め、いろいろな料理の仕込みをしていた。今日、よく食べられた卵料理も作り置きをして、簡易魔法袋に入れている。
今夜の深夜に何かが起こると、バンシーが予告していたから、国王様はフロリスちゃんの隣の部屋で待機しているようだ。
マルク達は帰り、ゼクトさんとグリンフォードさんは、この屋敷に部屋はあるけど不在だ。
そのためか、国王様の側近であるアラン様が来ているらしい。アラン様は、フロリスちゃんのお兄さんだ。僕が初めてファシルド家に黒服として派遣されたときに、彼が毒殺されそうになっていたところを救った縁で、今でも親しい付き合いがある。
アラン様は僕と同い年で、国王様も同い年だから、気楽に接することができると言ってくれるんだ。たぶん、国王様が、僕の妻フラン様の教会で神官見習いをしているのも、僕が同い年だからとか言ってたっけ。
たぶん、それが本当の理由ではないだろうけど、同い年ということが、様々の理由というか言い訳には使いやすいらしい。そう言い切られると、聞いた方はそれ以上の質問というか追求はできないもんな。
「ヴァンさん、じゃあ、温かい何かをいただけますか」
疲れた顔をしたブラウンさんは、そう言うと近くのテーブル席に崩れるように座った。
「ちょうど、ワイン樽の余りを使ったシチューができたので、味見をお願いしますね」
僕は、パンを添えたシチューをブラウンさんの前に置いた。すると、くぅ〜っと、ブラウンさんのお腹の悲鳴が聞こえた。
「あはは、いい匂いですね。いただきますね」
「はい、どうぞ。これはよく作っているので、自信作です」
おどけるような口調でそう言うと、ブラウンさんはふわりと笑ってくれた。やっと本当の笑顔が出たね。1階の襲撃事件以降、ブラウンさんはずっと笑えてなかった。口を開けば謝罪の言葉ばかりだったんだ。
ハーシルド家の後継争いで、子供の頃に彼は暗殺されたという。ただ、その場所がボックス山脈だったのが、彼にとって幸運だった。ボックス山脈に住む獣人に救われ、蘇生されたみたいだ。だけどそのせいで、彼はジョブボードが使えなくなっている。あー、忘れてた。フラン様に、なんとかしてもらわなきゃな。
「美味しいな。お代わりが欲しいくらいだ」
あっ、口調が、いつものブラウンさんに戻った。
「ふふっ、じゃあ、シチューのお代わりを入れますね。売るほど作ったので、たくさんありますよ」
「はい? 売り物として作ってるなら、売るほどあるのは当たり前じゃないのか?」
「そう、おっしゃる通りなんです。同じようなことがさっきありましてね〜」
僕は、お代わりを用意しながら、営業中の酒屋さんの言葉や、フロリスちゃんになぜか僕が叱られた話をした。ブラウンさんは、ケラケラと声を出して笑ってくれた。
「フロリスさんは、ヴァンさんに懐いているからだな。二人目の伴侶に、彼女を選ぶんじゃないかという噂も聞いたことがあるぜ」
はい? 僕の二人目の伴侶?
「ブラウンさん、何を言ってるんですか。僕は、平民ですよ? 何人も伴侶を得るのは貴族や神官でしょう?」
「ヴァンさんは、神官家ドゥ家の旦那様じゃないか。それに、歩くラフレアだ。ラフレアは、神獣と同じく神に近い存在だからな。神官家よりも高位だろう?」
へ? 何を言ってんの? 初耳だ。以前、神獣テンウッドが、ラフレアは自分が作ったみたいなことを言っていた。そんなテンウッドが僕の従属になっているのも、彼女が自由を得るための単なる契約だ。
「ブラウンさん、それはないかと。ラフレアは種族名であって、人間の地位とは関係ないですよ」
「だが、ボックス山脈の獣人や魔族は、ラフレアを神に近い存在として畏れているよ」
「へぇ……僕は、魔族って会ったことないですが、確かにボックス山脈のラフレアの森は大きいですもんね。すべて地下茎で繋がる同じ株だけど、王都横のラフレアの森とは、花の量も性格も違うみたいですし」
「そんなラフレアから株分けされた存在が、歩くラフレアだ。ボックス山脈にいる歩くラフレアは、皆、畏れ敬われているよ」
確かに、ボックス山脈にいる歩くラフレアは、ほとんどが魔石持ちの魔物だ。ラフレアでなくても、普通に恐れられると思うけど。
「そうなんですね。ただ、僕としては、そんなバケモノ扱いされるのは困るなぁ。ジョブ『ソムリエ』ですからね。お客さんが来なくなりそう」
「あはは、ヴァンさんと話していると、なんだか悩んでいることがバカらしくなってきたよ」
「うん? よくわからないけど、元気が出てよかったです。笑ってくれなければ、スキル『道化師』を使うところでしたよ」
僕がスキルと言ったからか、ブラウンさんの表情はくもった。僕は、続ける。
「ブラウンさん、ジョブボードの件は、ドゥ教会にお越しください。たぶんフラン様がなんとかしてくれます」
「あぁ、そうだな。フラン様は、アウスレーゼ家に生まれた神官だから、ジョブの印を司る能力が高いことはわかっている。それに、アウスレーゼ家から独立したドゥ教会の祖でもある。だが……」
ブラウンさんは、フラン様が失敗すると思っているのかな? ジョブの印の陥没とは違って、蘇生によるジョブ無しは本人には落ち度がないから、きっとジョブボードは復活するはずだ。
「フラン様なら大丈夫ですよ?」
「あぁ、わかっている。一度は復活させられると言われたよ」
「うん? もう、フラン様に相談されたんですか」
「あぁ、だが、二度目はできないと言われた」
「えっ? ブラウンさん、蘇生は二度目だったんですか」
そう尋ねると、彼は首を横に振った。
「この村でも襲撃されただろう? 俺は常に狙われているようだ。いま、ジョブボードを復活させてもな……。俺には、ボックス山脈の獣人の里長の加護がかかっている。俺が死ぬと、その里に帰ることになるようだ」
「じゃあ、再び蘇生を?」
「おそらくな。俺は、その里長が死ぬまでは、死ねないらしい。行動制限は一切ないが、里の危機には、俺達のような里長に救われた者が呼ばれるみたいだ」
僕は、返す言葉が見つからない。ブラウンさんは、再び、たぶん今夜、殺されると思ってるんだ。そして、獣人の里を守る義務もある……。それが蘇生の代償か。
ヌガーという商人貴族は、この屋敷を襲わせるために、死石種を用意したり、襲撃者の仲間を配達員に紛れ込ませたりしていた。
でも、愚蟲に乗っ取られている彼は、今は牢の中らしいし、死石種の対処薬もマルクがたくさん作っているだろう。
バンシーの言う悪意は、わからない。でもあの襲撃事件とは別だと思う。あー、彼に……愚蟲にスキルを奪われて眷属化された人達が、再びブラウンさんを襲うということなのだろうか。
『我が王、た、たた大変でございますです!』
泥ネズミのリーダーくんが、ぽてっと僕の頭の上に落ちてきた。