88、ガメイ村 〜初日の営業終了後
開店初日が、やっと終わった。
店の片付けも、マルクが連れてきたドルチェ商会の人達がテキパキと手伝ってくれた。本当に感謝しかない。
「ドルチェ商会の皆さん、助かりました。ありがとうございました。あの、給料をお支払いする方が良いですよね?」
フロリスちゃんが店長らしくそう言うと、マルクがふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「フロリスさん、今日は、納品の不手際のお詫びなので、給料などは不要ですよ。そして彼らには、この店の目的についての話もしてあります。皆、高ランク冒険者でもあるので、しばらくはお手伝いしますね」
マルクは、酒屋のカフスさんがいるからか、言葉を選びながら話しているようだ。
「えっ? しばらくって、明日も手伝ってくださるの?」
目を見開いて驚くフロリスちゃんは、僕の方に確認するかのように視線を向けた。だけど、僕も初耳なんだよね。
「これほどの来店者数は、珍しいです。きっと、2〜3日は、今日と同じくらい忙しいと思いますよ」
酒屋のカフスさんがそう話すと、フロリスちゃんは彼に視線を移した。フロリスちゃんと目が合うと赤くなるんだよね、カフスさんって。
「開店初日だけが忙しいって聞いたのに、明日もなの?」
「はい、おそらくそうなると思います。俺の予想ですが」
「酒屋さんの予想なら、間違いないわね。ヴァン、明日は、早めに料理の仕込みをしないといけないわねっ。私も手伝うわっ」
うげっ、フロリスちゃんは、本気で料理をする気? 生クリームのホイップだけでは、満足できなかったのか。
いつもなら国王様がツッコミを入れてくれるのに、今はもう、グリンフォードさんと2階へ行ってしまったんだよな。
「店長さんにそんなことは……」
僕は、そのあとの言葉が思い浮かばない。マルクはそんな僕に気づいたはずなのに、何も言ってくれないんだよな。マルクも、思いつかないのか。
「店長さんは、子供のお客さんに人気があったから、子供向けの何かを用意されるといいと思います。パンケーキの大皿を見て歓声をあげていた子供が多かったですよ」
「そうなの? あっ、酒屋さんがいたワイン樽の近くにデザートを並べたわね」
「はい、子供が大騒ぎでした。あのような飾り付けをしたデザートを見たのは初めてだったみたいです」
カフスさんがそう言ってくれたことで、フロリスちゃんは何かを考え始めた。助かった、のかな?
「ソムリエさん、ワイン樽はほぼ空になっています。明日、次の樽を持ってきましょうか?」
「そうですね。市場で買った分がまだひとつあるけど、明日もお客さんが多いなら、足りなくなるかな。他のワインもあってもいいんだけど……」
「この時期は、新酒だけで良いと思います。ガメイ村の住人も、他から来た旅人も、ガメイの新酒を飲みたいはずです」
へぇ、欲がないんだな。新酒よりも、他のワインの方が高いのに。カフスさんが誠実なのかもしれないけど。あー、樽を売りたいのか。瓶詰めできないんだったな。
「そうですか。わかりました。じゃあ、明日、新酒の樽をふたつお願いします」
「えっ? ふたつですか? さっき、空だと言いましたが、まだ10杯分以上は、余ってますよ?」
「ええ、ふたつお願いします。今日の残りの新酒を使ってシチューを作ってみるので」
「シチュー? あの、スープやシチューは、食べ放題にしてもあまり減らないと思います。こちらの店では、特にそうなると思いますけど」
カフスさんは、他の多くの店にも酒を配達しているんだっけ。新規店に情報を提供することを、彼は自分をアピールする手段と考えているようだ。
だけど僕としては、ワインの劣化が心配だ。それに、いろいろと試してみたいんだよね。シチューやスープがあれば、飲み物の注文は減るはずだ。そうなれば忙しさも軽減される。
あっ、ワインが売れなくなるから、カフスさんはそんなことを言ってるのかもしれないな。
「カフスさん、僕としては、樽入りワインは翌日に回したくないんですよ。新酒ですし、何より瓶詰めするわけにいかない訳あり品だから、ワインに詳しいガメイ村の人達には、ね」
僕が最後まで理由を言わないことで、逆にカフスさんには強いメッセージとして伝わったようだ。ちょっと顔をひきつらせている。別に、脅すつもりはなかったんだけどな。
ただ、妖精の声が弱すぎるこの新酒は、通常よりも圧倒的に劣化スピードが速いはずだ。僕としては、ガメイ村の住人よりも、他から来た旅行客にガッカリされたくない。
「ソムリエさんにそう言われると、反論できないな。残ったワインは、店員用のまかないご飯として使うことをオススメしますが……」
やはりカフスさんは、シチューを出すと、ワインの売れ行きが悪くなると思ってるみたいだ。明日の夜にも、次の注文が欲しいのだろう。
僕は、フロリスちゃんに視線を移した。それに気づいた彼女は、優雅な笑みを浮かべた。ふふっ、この顔は、何もわかってない顔だな。まぁ、いっか。
「カフスさん、しばらくは、毎日、樽をひとつ届けてもらえますか?」
僕がそう言うと、カフスさんは目を輝かせた。
「ソムリエさん、毎日ですか? あの、しばらくというのは混みそうな2〜3日でしょうか」
へぇ、用心深いな。
「いえ、とりあえず10日ほどお願いします。明日は2つ持ってきてもらいますが、市場で買った分もあるので、明後日からは、ひとつずつで大丈夫です」
僕が10日と言ったことを確認するかのように、彼はフロリスちゃんの方を向いた。
「酒屋さん、ヴァンの言う通りでお願いね。お支払いは、翌日払いで良いのだったかしら? 配達に来てくれたときにお支払いできるように用意しておくわ」
「はい! 店長さん、ありがとうございます! ただ、あの、本当に10日も連続で、樽を配達してもよいのでしょうか」
めちゃくちゃ用心深いな。あっ、在庫を聞いてなかったっけ。
「ええ、ワインのことは、すべてソムリエに任せてあるもの」
フロリスちゃんに微笑みを向けられて、カフスさんはまた赤くなってる。だけど、一応、聞いておくべきだよな。僕は、少し間を置いてから、口を開く。
「カフスさん、売り物の樽の在庫は大丈夫でしょうか? もし、新酒が売り切れてしまいそうなら、他の赤ワインでも……」
「大丈夫です! 新酒は売るほどあります!」
「ふふっ、酒屋さんなんだから、そりゃ売るほどあるわよねぇ。ヴァン、何を変なこと聞いてるのっ」
いやいや、お嬢様。変なことを言ったのは、僕ではなくて酒屋さんの方ですよ?
フロリスちゃんに擁護されて、カフスさんはようやく安心したような、年相応の笑みを浮かべた。
「では、明日、またお手伝いに来ます!」
勢いよく頭を下げると、カフスさんは帰っていった。明日も食堂の手伝いをして、酒屋は大丈夫なのだろうか。初日だけって言ってたのにな。




