87、ガメイ村 〜細長い芋の悪意
「あぁああ! 妖精の声が聞こえなくなると、ガメイ村の存続に関わってきますな。確かに、そうです! ルファス様のおっしゃる通りだ」
大きな食堂オワリーの旦那さんは、マルクに、素直なキラキラとした表情を向けている。ほんと、子犬みたいだな。それほど、ドルチェ家の存在は、彼にとって憧れが強いのだと感じる。
そんな彼の豹変っぷりに、酒屋のカフスさんは怪訝な表情を浮かべている。まだ未成年のカフスさんから見て、親のような年齢の彼の表情には違和感があるのかもしれない。
僕はオワリーの旦那さんに、少し好感を抱いた。商人だけど、商人貴族のような嫌らしさがない。マルクの話術もあるかもしれないけど、損得を考えない純粋な少年のような目ができるのは、彼が汚れのない人の証拠だと感じた。
マルクは、そんな彼との会話には、無言の時間をあえて挟んでいるようだ。感情の読めない笑みを浮かべている。
そして、彼の表情に不安そうなかげりが見えた瞬間、口を開いた。
「オワリーさん、貴方の店で、細長い芋のフェアをしてみればいかがですか? 様々な食べ方を提案することで、この村全体に影響を与えることができるでしょう?」
マルクが口を開いたことで、彼の表情にはキラキラが戻ってきた。
「ルファス様! はい、やってみます。えっと、皮を厚くむいて使用するのですよね?」
「そのようですね。俺には料理はわからないから、この店の料理長フリックさんに尋ねるのが良いかと」
「そ、そうですな。えっと、フリックさん、皮をどのくらいむけばよいのでしょうか」
そう尋ねられても、国王様は無視している。まるで拗ねた子供のような顔を……装っている。
「フリック、ライバル店の旦那さんが貴方に尋ねているわよっ。何よ、まさか拗ねてるの?」
フロリスちゃんにそう言われて、国王様は微かに口角が上がってる。また、フロリスちゃんをからかってるのか。
「俺は料理長じゃねぇよ。それに、さっき話したじゃねぇか。それを平民だからっつって、無視してたのは、そのオッサンの方だろ」
国王様の拗ねてます発言に、フロリスちゃんは、ふーっと小さなため息をついた。そして、彼女は厨房に行って何かゴソゴソして、戻ってきた。
「オワリーの旦那さん、これが捨てる皮です。かなり厚くむいてあります。ヴァン、この皮は毒なのよね?」
フロリスちゃんは、むいた芋の皮をオワリーの旦那さんに渡した。
これ自体が毒なのかな? 僕は、薬師の目を使って見てみた。あぁ、なるほど、これは厄介だな。人工的に作られた交配種か。
「その皮自体が毒ではありません。だから、村の皆さんは気づかないのです。薬草を調べるスキルのある人がサーチをすれば、その皮の怖さがわかります」
僕が話し始めると、芋の皮をこわごわ持っていたオワリーの旦那さんだけでなく、国王様やカフスさんも興味深そうに僕の方を向いた。
「だろ? だから、触れても毒が身体に入るわけじゃねぇからな」
国王様はそう言いつつ、知らなかったという顔だ。たぶん、この芋に触れるときには、バリアか加護か、何か身を守る技能を使っていたのだろう。
「えっ? 毒じゃないのに毒なのですか?」
オワリーの旦那さんは、マルクがいるためか、僕にも子犬のような表情を向ける。
「はい、その芋の皮に、マナを付けてみてください。ゆるい風魔法がわかりやすいかな」
すると、彼は泣きそうな顔に変わった。あー、風魔法を使えないのか。農家なら子供でも使えるんだけどな。
だが彼が持つ芋の皮は、変質し始めた。あー、彼の手汗にマナが含まれていたみたいだな。
「えっ? あれ?」
慌てる彼は、手から芋の皮を落とした。そして、自分の手を不安そうに見ている。
「オワリーの旦那さん、体液に含まれるマナに芋の皮が反応したみたいですね。触れても大丈夫ですよ。食べなければ、その毒は身体に吸収されません」
「そ、そうですか。あ、落としてしまってすみません。色が変わったから驚いて……」
彼が芋の皮を拾うのを待ち、再び口を開く。
「その皮に、さらにマナを付けてみてください。どんどん吸収していきますよ。その毒成分が、体内のマナの流れを邪魔するのです。だから、だんだん妖精の声が聞こえなくなる。妖精の声は、体内にマナが流れていないと感知できませんからね」
「じゃあ、魔法も使えなくなるのですね」
「いえ、農業に使うような種類の魔法は使えます。だから、厄介な毒なんですよ。思念系の技能だけが妨害される毒ですが、強いスキルの発動はできます。なので、気づかない」
僕がそう説明しても、オワリーの旦那さんは呆けた顔をしてしいる。魔法を使わない人には、話が難しかったんだな。えーっと……。
「ヴァン、それなら、精霊使いのスキルがあれば、解決かしら?」
フロリスちゃんが、難しい質問をしてきた。僕は、精霊師だけど、精霊使いのスキルはない。技能としての精霊使いのことしかわからないな。
「フロリス様、僕は、精霊使いのスキルはないので、わかりません。でも農家のスキルは妨害されるから……」
「確かにそうね。精霊使いでも、極級にならないと無理かもね。だけど、そんな思念系の技能を阻害する芋があるなんて、かみ……んにゃ、私は知らなかったわ」
いま、神矢ハンターの知識にはないと言いそうになったよね。だけど、たぶん、彼女の素性を知らない人は気づいてない。国王様は、ニヤニヤしてるけど。
「この芋は、人工的な交配種です。誰かが作り出したようですね」
「旅の人が、3年ほど前に持ち込んだ芋らしいですよ。育ちやすく美味しいからと、ガメイ村に提供してくれたそうです。まさかこんな欠点があるなんて、思いもしなかったのだと思います」
オワリーの旦那さんは、旅の人に悪意がないと思っているのか。彼は冒険者をしていないから、そんな平和な言葉が出てくるんだな。
「あぁ、その旅人もびっくりだろうぜ。ガメイ村は大きいから、ここからその芋の食べ方を発信していけば良いんじゃねぇか?」
国王様は、あえて彼の言葉を否定しないんだな。僕は、その旅人に悪意があったと言いそうになっていた。あぶない。
「そうだな。しかし、こんなに危険ならすぐに、明日からでも、この芋のフェアをしないといけない。俺は、店に戻る。あっ、変色していない皮を少しもらえないか? 料理長に説明するのに使いたい」
「あぁ、ゴミだからな。いいぜ、勝手に持っていけ」
「ちょっと、フリック! 言葉遣いっ!」
フロリスちゃんに叱られて、拗ねたフリをする国王様。でも、その目は穏やかだ。細長い芋の件は、これで解決しそうだね。
こんな芋を作り出すのは、一瞬、ベーレン家の神官ではない人達かと思ったけど、芋農家なら可能か。犯人探しは困難だろうな。
国王様が、この店の店員をすると言い出したのは、ガメイ村に、様々な悪意が集まっているからか。そういえば、バンシーが、変な予言をしていたよな。
バンシーの姿を探すと、いつの間にか、天井付近から消えていた。
次回は、2月1月(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




